第139話あらやだ! 悪女だわ!
「わ、私の夢を、終わらせに来た……? どういうことですか……?」
教皇が驚愕の表情で彼女を見る――いや、これは怯えとる。年老いて狂気に駆られた権力者がまるで子供のように怯えとるんや。
「あなたは昔と変わらないわね。本当に変わらない。悲しいほどに――変わらないのね」
妖艶な笑みを見せながら、あたしの横を通り、一歩ずつ教皇に近づく。
「あたしを知っているから、そんな夢を見てしまったのね。可哀想」
「そ、そうです! 姉上の存在は希望なのです! 永遠に生きるという夢を、見させてくれた!」
彼女は教皇を見とった。せやけど彼女は教皇を見とらん。まるで遊び飽きた玩具を見る目やった。
「あたしは特別なのよ。あなたみたいな凡夫には無理なの」
「そ、そのようなことはない! 私は、私はこうして教皇になれた! それにヒントを貰えた! ビクトールさえ居れば、私は永遠に生きられる!」
泡を吹きながら必死に訴える教皇に彼女は悪意を込めた笑みで言うた。
「ビクトールでも無理よ。脳の移植手術なんてできっこないわ。そうでしょう? そこの可愛いお医者さん」
急に話を振られたので驚いたけど、あたしはなんとか答えた。
「そ、それは無理です。いくらなんでも脳を移植して生き長らえるなんて……」
「何故だ! どうして無理なのだ!」
「適合する肉体があっても、神経をつないだり血管をつないだりするんはできないです。それにそれまで脳や肉体を保存しとく技術は、この世界にはありません」
理路整然と説明したつもりやけど、それでも教皇は「嘘だ!」と聞き入れてくれへんかった。
「でたらめだ! ビクトールはできると言ったのだ! それに目の前で臓器の移植を成功させた! お前は、嘘つきだ!」
子供のような言い方。言葉遣い。
ああ、この人はもう――
「マーロック。聞きなさい」
呆れたように教皇の名前を言うた彼女。そして近づいて顔を合わせた。
「あなたは大事なことを失念しているわ。よく考えれば分かるじゃない」
「な、何がですか!?」
「いい? 臓器を交換するのはどうして? 古くなったものを新しくするんでしょう?」
そんときの彼女は悪意を込めた笑みやった。耳元で囁くように教皇に言うた。
「どうして脳が古くならないと思っているの? いずれ使えなくなるわよ。そのとき、あなたの死が訪れるのよ」
それを聞いた教皇は、これ以上ないくらいに目を見開いて――
「う、嘘だ。そ、そんなことは――」
「どうして? このあたしが言っているのよ? 嘘なわけないじゃないの」
クスクス笑って彼女は離れた。
「…………」
教皇の目から生気が無くなって。
魂の抜け殻のようになってしもうて。
――絶望しとった。
「さあて。この子の夢を終わらせたわ。行きましょうか。可愛いお医者さん」
何故か嬉しそうに言う彼女。あたしは教皇が心配やったけど、もうどうしようもないくらいに絶望してしもうた老人にかける言葉が見つからへんかった。
「どうしたの? 行きましょうよ」
「あ、ああ……分かりました」
目の前で人が壊されたんは初めてやった。
あたしは彼女に手を引かれて、その場を後にした。
教皇がどうなるのか、あたしは考えられへんかった。
「へえ。あなたユーリちゃんって言うのね。いい名前じゃない!」
馬車ん中。手枷を外してもらったあたしは彼女に自己紹介しとった。何が楽しいのか知らんけど、まるで子供のようにはしゃいどる。
「あたしはアーリって言うのよ。よろしくね!」
「アーリさん、ですか」
「さん付けしないでよ。敬語も要らないわ」
ほんまに子供みたいやな。さっきの妖艶な感じはどこに行ったんや?
「はあ。なら敬語なしで話すで」
「あなたのこと、よくは知らないけど、知っていることはあるわ。ビクトールちゃんに会いに来たんでしょ」
どうして知っとるんか分からんかったけど「ええ、まあ。そうやけど」と肯定してもうた。
「ビクトールさんの知り合いなんか? アーリ」
「そうよ。仲間と言っても過言ではないわ。まあ、あんな変態と一緒だなんて、嫌になるけどね」
仲間? アーリとビクトールの共通点なんて――
「多分、あなたも一緒でしょう? 転生者さん」
ずばり正体を言い当てられたあたし。驚いて「なんで分かったんや!?」と言うてまう。
「分かるわよ。長年生きているんだから」
「……あんた何歳や?」
気になってしゃーないことを訊ねるとアーリは「うーん。百は超えてるわね」と信じられへんようなことを言うた。
「百歳!? で、でも見た目が……」
「女神の加護よ。『二十五歳になったら不老』ってミルフィーユちゃんに頼んだの」
しかも同じ子やった。あたしは動揺して「じゃあ少なくとも七十五年間は姿形は変わらないんやな」と訳の分からんことを口走ってしもうた。
「そうねえ。あなたの女神の加護は?」
「あたしは飴ちゃんをポケットから好きなだけ取り出せる能力や」
「まあなんて素敵なの! 一つちょうだい!」
てっきり馬鹿にされると思うたけど、逆にはしゃいどる。あたしは「何味がええんや?」と訊ねた。
「苺ミルクがいいわ!」
「分かった。ほれ、苺ミルクや」
手渡すと嬉しそうに包みを開けた。そして頬張るアーリ。
「おいひい! 懐かしいわねえ!」
飴ちゃんが好きな人に悪人は居らん。それがあたしの持論やったけど、この人は善人とは思えへんかった。
「なあ。あんたはどうして教皇を追い詰めたんや?」
「うん? ああ。もう要らないからよ」
要らないから? あたしはアーリの次の言葉を待った。
「長生きしているとね。暇潰しが壮大になるのよ」
「はあ。暇潰し……」
「とある王族に取り入って、その子供を教皇にする遊びは、まあまあ暇を潰せたわ」
「……そないなことが可能なんか?」
アーリは「遊びよ遊び」と言うて微笑んだ。
「敢えて神童と言われてない子供、それも能力が劣ってる子供をセントラルの最高権力者、教皇にするのは骨が折れたわ。ズルは嫌いだから、何年も何十年かかってしまったわね」
「どうしてそこまでしたんや?」
するとアーリは「面白いからよ」と素直に答えた。
「人に影響を与えるのは面白いわよ。どういう風に歪んで育つのか。見てて楽しいわ」
「……悪趣味やな。ちゅうか教皇が不老不死を望んだんは、あんたの影響か?」
「そうね。不老の姉。見てたら憧れてもおかしくないわ」
あたしはアーリをどう評すればええのか、分からんかった。
「さて。着いたみたいよ。行きましょうユーリちゃん」
馬車が止まった先には、小さな建物があった。ちゅうか街中や。人々が歩いとる。時刻は夕暮れ。建物をオレンジ色に染めとる。
「ここに入るんか? 何の店や?」
「実はね。あなたに見せたいものがあるのよ。きっと気に入るわ」
手を引かれて小さな建物の中に入るあたしたち。中には地下への階段があった。
「なんやここ。地下に行くんか?」
「そうよ。ちなみにこの街はセントラルでも有数な観光地よ。でもここのことは一般人には知られてないわ」
ウキウキしながら地下の階段を下りるアーリに続く。なんだか嫌な予感がした。
下りた先には屈強な男たちが居って「ようこそアーリさま」と深く礼をした。
「ご苦労様。特別室は空いてるかしら?」
「ええ。二部屋空いてます」
「じゃあこっちの部屋を使わせてもらうわ」
特別室? なんやろ。
「さあ、こっちよ。はぐれないように気をつけてね」
またも手を引かれて案内されたんは大きな窓がある一室やった。
窓の外。
そこで行なわれとったのは――
「な、なんやあれは!」
あたしは窓の外を凝視した。
二人の子供が――殺し合っとる!
両方とも剣を持って、相手を殺さんとしとる!
「ふうん。どうやら借金のカタで売られた兄弟らしいわ。あたしは兄が勝つほうに懸けるけど、あなたはどうする?」
傍に置いてある羊皮紙を読むアーリ。あたしはそんな彼女に訴えた。
「な、なにさせとんねん! 急いで止めなあかん!」
「はあ? 何言っているのよ?」
アーリは不思議そうに言うた。
「まだ死んでないじゃない。楽しみはこれからよ」
「ふざけ――」
「やっぱり子供同士が殺しあうのは見てて楽しいわ! ここを作った甲斐があるわねえ!」
く、狂っとる。この女は――
「あたしはね。こういうことを全世界でさせたいのよ」
アーリは子供同士の殺し合いを見ながら言うた。
「兄弟姉妹が殺し合い、親子供が互いの血肉を食らう。誰も信用できない、誰もが疑いを持つような悲惨で非情な世界を、異世界で作りたいのよ」
そして最後に言うた。
「同じ転生者同士、協力してくれないかしら」
あたしは、その言葉に対して――
「ふざけるな! あんた頭がおかしいんか!」
怒鳴って否定した。いや拒絶した。
「そんな地獄のような世界、真っ平ごめんやわ!」
「えー、どうして? 楽しいじゃない」
あたしは侮蔑を込めて言うた。
「この世界に転生して、初めて思うた」
あたしはアーリに向かって言う。
邪悪にして最悪である、狂乱の悪女に言うた。
「あんたは悪女や。生きてはいかん存在や」
聖女の言葉に悪女はこう返した。
「もちろん、知ってるわ。だから世界を変えるのよ」
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