第138話あらやだ! 教皇と会うわ!
またもや牢屋暮らしが続くと思うたけど、普通に船室を与えられた。しかも船ん中を自由に歩いてもええと言われた。警戒しなさすぎやなと考えたけど、大海原を行く船からどうやって逃げればええのか、あたしには見当もつかん。
おそらく魚人たち――ログマやろな――は人間が逃げられへんと分かった上で、不快な言い方やけど、こうして泳がしとるんやろ。
まあええわ。自由が与えられとるなら。
こんな状況であたしに何ができるかちゅうと、魚人たちと仲良くすることやった。
「いや、それにしても美味いなあ。この料理は」
「そうだろう! 人間にしては味が分かってるじゃないか!」
魚人の料理人、サロメは嬉しそうに言うた。見事なカルパッチョに舌鼓を打ちつつ、あたしはにっこりと微笑んだ。
「あたしの友人にも食べさせたいわ。その子料理人なんやけど」
「ほう。料理人か。俺も陸の料理はどんなものか、知りたいな」
「小麦粉とオコパってあるか?」
「小麦粉はあるが、オコパはないな。というかオコパは魔物だろう?」
「それがあれば、たこ焼きが作れるで!」
サロメと仲良く話しとると「船長が呼んでるぞユーリ」とトビットが声をかけてきた。
誘拐されて三日も経てば名前で呼んでもらえるようになった。
「ログマが? どこに居るんや?」
「船長室だ。ついて来い」
「ああ、船長室なら一人で行けるけどな」
「……なんで船内に詳しくなってるんだ?」
そら三日も経てばそうなるやろ。
とは言ってもトビットも一緒に行くことになった。
「あんまり俺たちと馴れ馴れしくするなよ」
「ええやんか。暇でしゃーないもん」
「……こっちに情が移るんだよ」
ああ、そうか。あたしは教皇に引き渡されるんやったな。
「まあそうやな。あたし、配慮足らんかったわ」
「……船長の傷を治してくれたのは感謝している」
おっと。まるでデリアみたいやな。ツンデレちゅう奴やろか。
船長室の前に立ったトビットはノックして「船長、ユーリを連れてきました」と言うた。
「ああ。中に入ってくれ」
返事のとおり、中に入るとログマが椅子に座っとった。すぐ近くにはもう一つ椅子がある。
「よく来たな。そこに座ってくれ。トビット、お前は下がっていい」
「了解しました船長」
トビットは一礼して、そのまま部屋を出た。
「単刀直入に言う。お前は教皇のお抱えの医者ではないのだろう」
「そうや。よく分かったな」
否定せえへんあたしにログマは溜息を吐いた。
「そうだろうな。お前には悪いことをしたと思っている」
「別にええ。そないに酷い目に合うてないし、攻撃をしかけたのはこっちの身内やしな」
「あの船に本当の医者が居たのだろう」
うわ。めっちゃ賢いやん。
「どうして分かったんや?」
「お前の連れ――確かミリアと言ったな。彼女はお前を売るような人間に見えなかった。それにあのときのお前の反応もおかしかった。まあ疑惑に過ぎなかったが、今の反応で確信できたな」
「……嘘吐いてごめんな」
謝るとログマは「どうして謝る必要がある?」と不思議そうに言うた。
「悪いのは誘拐した俺たちだろう」
「……なんであんた海賊なんてしとるんや?」
これは皮肉でもなんでもない、素直な疑問やった。ログマは「我らの海を取り戻すためだ」と案外あっさりと言うてくれた。
「我らの海? どういう意味や?」
「セントラル周辺の海は元々『我らの海』と呼ばれる魚人の支配水域だった。しかし数百年前、初代の教皇によって魚人の勢力は追い払われてしまった。そのとき、愚かなことだが、魚人の王は金によって我らが海を取り戻そうとしたのだ」
そういえば、教皇は水の魔法の使い手やったな。ハギオスを水の都にしたほどの強力な使い手やったら、海で無双できるやろ。
「それが今でも続いとるのか。大変やな……」
「同情することはない。結局、悪いのは俺たちなのだから」
そうは言うても同情してまう。数百年も借金を返しとるわけやろ? 大変や。
三日間で魚人たちと仲良くなってしもうた。話してみると豪快で気のええあんちゃんのように思えて好感を持った。
「なあ。あたしができることは限られとるけど」
あたしはログマに言うた。
「あんたらに協力してもええ。心からそう思える」
するとログマは少しだけ驚いて。
それからにっこりと笑うてくれた。
「ふっ。お前はおかしな人間だな、ユーリ」
それから五日経って。
あたしは火山の国、ディーンスタークに着いた。深夜で今は誰も使うてないような港で船を下りた。
「ユーリ! 元気でなあ!」
「また会おうぜ!」
「たこ焼き、いつか作ってみせるからな!」
引き渡されるとき、教皇の私兵は、甲板の上から手を振り、別れを惜しむ魚人たちに驚いたようやった。
「よくもまあ、魚人なんぞと仲良くなれたものだな」
鼻を鳴らす私兵にムッとしながらも、あたしは魚人たちに大声で応える。
「またいつか会おうな!」
誘拐した相手やのに、なんでやろ。愛着が湧くわな。
私兵と一緒に馬車で教皇の別荘に向かった。さっきから地鳴りが凄い。火山が活動をしとるからや。流石、火山の国やな。
「こないなところ、危なくないのか?」
「まあな。それでも人は住めるさ」
私兵に話しかけるとそないな素っ気無い返事が返ってきた。まあそういうもんやろな。
教皇の別荘は意外とこじんまりとしとって、まるでペンションみたいやった。まあ一人きりになりたいときに使うって私兵も言うてたし、こんぐらいがちょうどええのかもしれん。
「教皇に会う前にこれを付けてもらう」
教皇が居る部屋の前で差し出されたのは手枷やった。あたしはしゃーなしに頷くと、私兵は手馴れた手つきで付けた。するとずっしりと身体が重く感じた。
「うん? これは……」
「魔力を抑える魔法がかけられている。さあ行け」
そして扉が開けられた。
「……なんだ。ビクトールではないのか」
落胆した声。そこには今にも死にそうな老人がベッドで寝とった。真っ白な髪。仙人のような口髭。頬がこけとる。枯れ木のような人間。これが教皇か。
「あたしはユーリ・フォン・オーサカといいます」
「……ノースの、英雄だな」
「英雄なんてもんちゃいますわ。あたしは医者です」
すると教皇は「医者か。ではビクトールのようなことはできるのか?」と訊ねてきた。
「ビクトールって人がどんなことをするのか、分かりません」
「……臓器移植だ」
あたしはやっぱりと思うた。この老人は死ぬのが怖いんや。せやからなんとか生きようとしとるんや。
「ビクトールは言った。新しい肉体を用いれば、長生きできると」
「……それにも限度があります」
「分かっている。ならば全てを移し替えてしまえばいいのだ」
教皇は狂気染みた笑みを見せた。
「人間は頭で考える。脳というらしいな。それを若い青年と移し替える。そうすれば何年も何十年も何百年も生きられる。まさに不老不死だ」
吐き気がしてきた。そないな冒涜的なことはできひん!
「教皇、それは――」
「できぬのなら、お前は用済みだ。誰か、この者を片付けよ!」
やばい! 手枷を付けられしもうたから魔法が使えんし、柔道もできひん!
どうしたら――
「あら。そんなことしちゃ駄目よ。可愛い女の子じゃない」
扉がゆっくりと開いて、出てきたんは、女の人やった。
二十代半ば。黒髪を長く腰まで伸ばしとる。黒いドレス姿。肌は青白く、顔立ちも端整で美しい。
せやけど、目が異常やった。誰も信じておらんような全てを疑う――いや否定する目。冷たい目。凍えそうな目。見下すような目!
「おお、あなたは……」
教皇が驚愕しとる。
「久しぶりねえ。何十年ぶりかしら」
何十年? そないな歳には見えへんけど……
「あ、姉上……どうしてここに?」
教皇の口から、姉上ちゅう言葉が出て、あたしは声もなく驚いた。
「決まっているじゃない。そんなことも分からないの? お馬鹿さんねえ」
その女性はにっこりと妖しく微笑みながら言うた。
「――あなたの夢を終わらせに来たのよ」
それが彼女――『狂乱の悪女』との初対面やった。
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