第141話あらやだ! 見たかった光景だわ!

 どうやら乗っとる船は旅客船で、海流によって速く進む連絡船ではないらしい。優雅にゆっくりと旅を楽しむ貴族たちのための船やった。まあ連絡船より揺れも少ないし、船内ではカジノもあったりする。社交ダンスを楽しむもんも居る。食べ物もぎょうさんあるようで連日豪華なもんが出てくる。

 なんや知らんけど、こんなもてなしを受けとるとアーリに対する嫌悪感が増してくる。なんでやろと思うて考えると、この船代も子供同士を殺し合わせて生んだ金やと気づく。ほんま吐き気がしてくる悪女やな。

 しかし渡された金貨を海に投げ捨てるような真似はできひんかった。もしも無為に捨ててしもうたら、それこそ子供たちの犠牲は無駄になる――そんな考えもよぎった。

 せやから、大事にとっておくことにした。いつかアーリに返すためや。ノースに着けば銀行で金も下ろせるしな。


「まもなくノース・コンティネントに到着します。お荷物のお忘れは無きよう――」


 十五日かけて、ようやくノースのソフィー港に着いた。あたしは逸る気持ちを抑えながら船を出た。

 まず銀行に行って金を必要な分だけ下ろした。魚人たちやアーリに預金証明書まで奪われなくて良かったわ。

 それから馬車で古都テレスまで急ぐ。御者さんに二倍の金を支払って「頼むから急いでくれや。友人の命が心配なんや」と懇願した。御者さんは分からんなりに「ああ、できる限り急ぐよ」と応じてくれた。

 馬車の外を見る気になれへんかったのでカーテンを閉めた。薄暗い馬車の中であたしはようやく眠ることができた。もし船内にアーリの手下が居ったらやばいしな。ま、十中八九居らんとは思うけど、念のためやしな。


 こんな夢を見た。

 あたしは目の前に居る知らん少女を助けたかった、せやから手術をした。もちろん麻酔を使うてや。無事成功に終わると突然アーリが現れた。


「あなたのやっていることの無意味を教えてあげるわ」


 そう言うとアーリはあたしの額に手を置いた。

 そんとき脳裏に浮かんだんは。

 少女がぎょうさんの人を戦場で殺しとる光景やった。


「一人を救って、大勢殺す。それが正しいのかしら?」


 あたしは――こう答えた。


「それでもあたしは、人を助ける! それが人としての正しい在り方や!」


 せやけど答えた瞬間、後ろから刺されてしもうた。

 刺したのは。

 助けた少女やった。


 そこで目が覚めた。


「……悪夢やな。こんなん見るほど、疲れとるんか、あたしは」


 助けた少女の顔は、はっきりとせえへんかった。エルザかもしれん。イレーネちゃんかもしれん。デリアかもしれん。クリスタちゃんかもしれん。ミリアちゃんかもしれん。

 もしかすると、あたし自身やったかもしれん。


「……詮の無いことやな」


 夢なんてそないなもんやと考えて、忘れようとしたけど、結局はずっと覚えとることになるんや。


「お嬢ちゃん。古都に着いたぜ」


 馬車を走らせて三日後。

 ようやく古都に着いた。

 イレーネちゃんが発症して、一ヶ月が過ぎた。

 あの変態、無事に古都に着いたんやろか……

 御者さんにお礼言うて、あたしは医療院に向かった。とにかく会わんことには分からん。

 もしも――いや考えるんはよそう。明るく考えなあかんわ。


 医療院に着くと真っ先にイレーネちゃんが入院しとるであろう部屋に行く。院内では走ってはあかんから早歩きになる。

 部屋の前に来た。せやけど、ネームプレートが外されとった。

 中を開けても、誰も居らん。


「ど、どういうことや? 一体――」


 最悪な考えが生まれる。ネームプレートが外されるちゅうことは――


「おお。ユーリ! お前無事だったのか!」


 大声であたしの名前を呼ぶんは――『紅医者』プリズムさんやった。白衣を着とる。


「ぷ、プリズムさん! あんたも無事やったのか!」

「ああ。ミリアから聞いた。わしたちを助けてくれたようだな。礼を言う」

「え、ええ。それよりもイレーネちゃんは?」


 あたしの問いにプリズムさんは「安心してくれ」と真剣な表情で言うた。


「ここには居ない。魔法学校の寮で療養中だ」

「はあ? なんでですか?」

「医療院で働いていないあやつでは、施設を利用することもできない。だから魔法学校で手術したんだ」


 あたしは「そうですか……」と納得してから再度訊ねる。


「イレーネちゃんは、助かったんですか?」


 プリズムさんは「安心してくれと言っただろう」と言うた。


「手術は成功した。後は傷が治るのと体力が回復するのを待つだけだ」

「ああ! 良かった!」

「しかし――」


 しかし? プリズムさんは言いにくいことはっきりと言うた。


「イレーネと言ったか。あの子の片目は失明した。魔力肥大病の後遺症だ」




 あたしは魔法学校へ駆けていく。周りがあたしを指差すんを無視した。

 そしてイレーネちゃんの居る魔法学校に着いたんや。

 プリズムさんから魔法学校のどこに居るのか、教えてもろうた。

 学校の空き教室――そこに居るんや。

 あたしはノックもせずに、扉を開けた。


「――ユーリ!」


 最初に気づいたんはデリアやった。ベッドの近くの椅子に座っとる。次にランドルフ。立ったまま、あたしを驚いた表情で見た。三番目はクラウスや。何故か二つ並んどるベッドの一つに横たわっとった。

 そして最後に気づいたんは。


「……ユーリ。また私のために無茶したんですね」


 にっこりと微笑む、イレーネちゃん。片方――左目に眼帯を付けとる。少し痩せてて、それでも血色は良くて――


「イレーネちゃん……よう頑張ったな!」


 あたしは――泣きながらベッドに近寄った。


「泣かないでくださいよ。まるでデリアみたいです」

「泣いてないわよ!」


 ああ、懐かしいやりとりやな。嬉しゅうなる。


「ああ、ユーリさん。ちょっと旅先から帰ってなんですが」


 クラウスがにこっと笑いながら言うた。


「神化モードで僕とイレーネさんの手術の傷、治してくれませんか?」

「へっ? なんであんたまで怪我しとるんや?」


 するとランドルフが「イレーネのドナーがクラウスだったんだ」と説明してくれた。


「まさに奇跡としか言いようがないぜ。出来すぎたくらいにな」

「そうやったんか……」

「ええ。腰がとっても痛いです」


 確か骨髄は腰から取るんやったっけ。

 あたしは神化モードになって二人の傷を治した。

 そんとき、イレーネちゃんの目も治そうとしたけど、できひんかった。

 切れた腕を生やすことができひんように、無理やった。


「しかしあの変態はたいしたもんだな」


 ランドルフは笑いながら言うた。


「器具を使って素早い処置をしてくれたな」

「まあ変態ですけどね」

「そうねえ。変態だったけど」

「ちょっと、みんな失礼ですよ! 確かに変態ですけど……」


 ビクトールさんの呼び方が全員変態になっとる。何したんや? ちゅうか変態で伝わるって凄いな。


「イレーネちゃん、ごめんな」


 あたしはイレーネちゃんに頭を下げた。

 きょとんとするみんな。あたしは続けて言うた。


「こないに時間がかかってしもうて。もっと早かったら、その目は――」

「怒りますよ? そんな風に言わないでください」


 イレーネちゃんはにっこりと微笑んだ。


「私はユーリに助けられたんですよ? そんな恩人の悪口は許せません」

「イレーネちゃん……」

「まあ怒るとするなら、また自己犠牲をしたところですね。ミリアから聞きました」


 うん? 微笑んどるけど、青筋が浮かんどるような……

 よく見るとデリアがストレートに怒りを示しとる。


「あー、あたしちょっと行かなあかんところあるから。それじゃまた――」

「どこに行くんですか? あなたの居る場所はここですよ?」

「そうよ。座りなさい。椅子じゃなくて地べたに」


 例によって例のごとく、あたしは説教されることになった。

 足の痺れと戦いながら、あたしは安堵した。

 説教してくれる女友達に見守ってくれる男性陣。

 望んどった光景が目の前にある。


 せやけど、あたしは忘れない。

 この光景を壊そうとする悪女が居ることを。

 あたしは覚悟した。

 いずれ決着を着けなあかんと――

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