第133話あらやだ! 三回目の牢屋だわ!
「おら! さっさと入らんか! この盗人め!」
乱暴な看守の言葉。そしてそのまま押されるように牢屋へと入れられた。
「もうちょい優しくしてくれてもええやんか……」
「黙れ。一晩ここで反省するんだな!」
そう言い残して看守は靴音を鳴らしながら去っていく。
「へへへ。お嬢ちゃん。あんた何して捕まったんだ? さっき看守の野郎が盗人って言ってたが」
真向かいの独房に入っとる囚人がいやらしい目でこっちを見よる。あたしは溜息を吐きながら言うた。
「……無実や」
「ははっ。誰も彼も言うのさ! なあ本当は何をしたんだ?」
あたしは手枷をじっと眺めながら答えた。
「……これから何かするんや」
「あん? どういう意味だ?」
それには答えずにあたしは隅に置いてある汚らしいベッドに横たわった。
深夜まで時間はたっぷりとあるからな。
しかし、牢屋に入るのはこれで三回目。捕まるんは四回目やな。
……呪われとるんちゃうやろか?
「ま、詮のないことやな」
そう呟いて、あたしは目を閉じる。
そうしてこうなった経緯を考えとった――
「人体実験やと? そないなことが許されとるんか?」
「本来なら許されないことだ。しかし今の教皇――影では狂皇とか凶皇とか呼ばれている――は民に隠れて行なっている」
プリズムさんは渋い顔で言うた。あたしは嫌悪感で一杯になった。
「しかし人体実験なんて、いずれバレるやろ? 民の間で噂になっとるはずやないか?」
「薄々気づいている民や家臣は居るだろう。しかし確信がない。それに巧妙にやっている」
「……どないして人を集めとるんや?」
あまり訊きたない話やけど、訊かなあかんと思うて訊ねた。
「集めるというより集まると言ったほうが正しい」
「はあ? 集まる?」
「人体実験は――囚人や狂人で行なわれている」
……ほんまに人権を無視した話やな。
「囚人は分かるけど、狂人ってなんや? 精神がおかしゅうなった人ってことか?」
「ああ。錯乱している者や教義に逆らった者、それに悪魔にとり憑かれた者も含まれる」
「悪魔? そないなもんは――」
するとプリズムさんは「それ以上言うな」と遮った。
「わしも同じ気持ちだが、そう考えるほうが都合の良い人間が多いのだ」
……なるほどな。やんごとないお家でおかしな子が生まれたら、悪魔のせいにすれば楽やもんな。
「お前たちの世界では精神を研究し、治療を行なっている人間もいるのだろう」
「ああ、精神科医やな」
「しかし一方でこの国のように宗教に頼る人間も居るのだろう?」
あたしは頷いた。自分が前世ではそれを否定はせえへんけど、肯定的でもなかったことを思い出す。
「先生が言うには『人間、治るならどっちでも構わないから』らしいな」
「ああ。それはまさしく当たっとるわ」
プリズムさんは「だから宗教は無くならん。そして医学の発展は遅れる」と悲しげに言うた。
「それはどこの世界でも一緒なのだな」
「……しかし、あんたの先生はよう引き受けたな。人質が居るとはいえ」
もしもあたしが同じ立場やったら――恩人と倫理、どっちを選ぶやろ。
「分からん。それはあやつに聞け」
何故かそっけないプリズムさん。呼び方も先生やなかった。
「それで、その人を助けて欲しい言うてたけど、どないすればええんや?」
「わしの家族とあやつを解放してくれれば良い。もはやこの国にはわしは必要ない。弟子も育ったしな。いっそノースに亡命でもしようと考えている」
「大胆やな。今までの名声とかは要らんのか?」
「そんなもので患者は救えんわ」
そのとおりやな。あたしは「ええで。協力したる」と快諾した。
「それでどないしたらええんや?」
「そうだな。まずは大聖城の地下牢に潜り込まなければいけないんだが……」
赤ひげを触りながらプリズムさんは考える。そして閃いたらしい。
「そうだ。わざと捕まるのはどうだ?」
「……はあ?」
「わしの家から盗んだということにして衛兵に突き出す。そうすれば自然と入れるだろう」
「いやいやいや。捕まったら逃げられへんやろ」
あたしが思いっきり首を横に振るとプリズムさんは「安心しろ。表に居る奴も向かわせる」と言うた。
「……一から説明してもらおうか」
「まずお前が牢屋に入る。次にあやつに差し入れをするために表に居る――キールと言ったか? そいつを向かわせる。潜入したら上手くやって合流すればいいだろう」
「なら始めから差し入れする人間として潜入すればええやろ!」
「それだと一人しか入れん。お前かキール、片方だけでなんとかなるのか?」
まあそうやけど……なんか納得できひんわ。
「まあお前かキールか。どっちにするのかはお前たちで決めろ」
ちゅうことで話し合いの結果、あたしが盗人として潜り込むことになった。
全然、納得できひんやけどな。
「ユーリ。起きてるか?」
真っ暗な地下牢やから夜になっとるのか、もう朝になっとるのか分からんけど、ヒソヒソ声であたしを呼ぶ声がした。牢屋の外を見るとキールが鍵を持ってこっちを見とる。
「おお。流石やな。上手くやったんか……ちゅうかその格好、どないしたんや?」
どこで仕入れたか分からんけど、看守服を着とった。キールは「ついでに奪ったんだ」となんでもないように言うて、鍵を開けた。
「じゃあ行くぞ……いや、手枷も外さないとな」
「いや。そのままでええわ」
「なんでだ?」
「看守と一緒に歩いとるんやから、手枷外れとったらおかしいやろ」
あたしは看守姿のキールと一緒に歩き始めた。キールが先導してくれるらしい。手元には地図があった。
「どうやら地下牢より地下にある、研究所にそいつは居るらしい」
「そういえば名前聞かへんかったな」
「俺は聞いたぞ。ビクトールというらしい」
ビクトールか。異世界では普通な名前やな。
地図を見ながら進むキール。すると「うん? なんだ?」と不思議そうな顔をした。
「どないした?」
「ここに階段があるはずなんだが、見てのとおり壁なんだ」
確かに壁やった。地図を見せてもらうと確かに位置が合っとる。
「くそ。時間がないのに……」
「焦るなや。多分、どこかに……」
壁を触って確かめる。叩いてみると空洞っぽかった。
「隠し階段やな。どこかにスイッチがあるはずや」
「そうか。どこに……」
慎重に壁を触ると左下に鍵穴があった。
「鍵か。看守の部屋に置いてあるかもしれん。取ってくる――」
「そないなことせえへんでもええわ」
あたしは氷の魔法を発動した。鍵穴に合わせて鍵を造る……よし、嵌った。
壁の鍵が開いたようや。
「なるほど。頭良いな。しかし押しても引いても開かないぞ?」
「……引き戸になっとるな。横にスライドするんや」
「……用心深いな」
地下へと続く階段を降りていく。階段の脇にはロウソクの灯りがあった。
降りていくに連れて、酷い臭いがする。
これは――
「……ここが一番下だな。扉がある。開ける前に手枷を外すぞ」
「うん。ありがとうな」
手枷を外して、準備万端や。
そして扉に手をかける。
その扉の向こうにあったのは。
聖都の地下に相応しくない、冒涜的な場所やった。
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