第132話あらやだ! ドクター・プリズムに出会ったわ!

「俺の実力はどうだ? 魔物共を簡単にやっつけたぞ」

「……凄いと素直に思うわ。でも一つだけ言いたいことあるんや」


 青年――なんと馬車屋の主人の息子らしい――が兄を助けたお礼で特別馬車ちゅう二頭で動かす広い馬車に乗せてくれることになったんや。

 内装もふかふかなクッションでくつろげるし、装飾が施されとって豪華やった。

 そんであたしとキールはミットヴォッホの聖都、ハギオスに向かっとるんやけど、一つだけ気がかりなことがあった。


「言いたいこと? なんだ、文句でもあるのか?」

「文句ちゅうか、あんまり殺生を楽しむんは良くないで? 魔物と戦う前にも小鳥を打ち落としたやろ」


 あんときは急いでたから言わんかった。それに言うつもりはなかった。せやけど明らかに戦うことを楽しんどるのは良くないと思うた。

 まあおばちゃんのおせっかいやな。


「しかし、あのとき小鳥を打ち落とさなければあいつは信じなかったぞ?」


 きょとんとした顔でキールは言うた。

 まあそうなんやけど……


「それに義父上は好きなことは嬉々としてやれと言ったぞ?」

「魔物退治が楽しいんか?」

「ああ。力を存分に使えるしな。それに何故かスッとする」


 あかん。危険な兆候や。まるで小動物を甚振るのが好きで、それがエスカレートしそうな小学生のように思えてきた。


「あのな。キール――」

「言いたいことは一つじゃないのか?」

「増えてもうたわ。いくら魔物と言ってもな、楽しんだらあかんと思うんや」


 するとキールは馬鹿にしたような顔で言うた。


「俺が殺さなければ貴様たちは襲われて死んでいた。感謝されるのであって、非難される覚えは無い」


 そう言うて顔を背けてしもうた。窓の外を眺めとるようや。

 ここであたしは気づいたんや。この子とは価値観がちゃう。今まで受けてきた道徳や倫理がちゃうんや。

 平和な前世でのモラルなんてもんは、皇帝の期待ちゅう重責を背負っとるキールにとってはなんでもないことなんや。何の役にも立たへんのや。

 あたしが間違っとるちゅうか、キールが正しいとかそないな次元の話やない。なんちゅうか元から噛み合わんのや。


「そういえば一つだけ、俺も訊きたいことがある」

「うん? なんや?」

「貴様の氷の魔法、確か合成魔法と言ったか。あれはどうやってやるんだ?」


 あたしは教えるべきか迷ったんや。もし教えてしまえば――


「頼む。俺は義父上の役に立ちたいんだ」


 曇りの無い目。そして迷いの無い目。自分の力を誇示したいんやのうて、皇帝のために学びたいちゅう姿勢。

 正直で愚直な心意気。とても断ることはできひんかった。


「ええで。まず初歩からなんやけど――」


 キールに合成魔法を教える――それがどういうことになるのか。

 答えは誰にも分からんかった。




 ミットヴォッホの聖都、ハギオスには四日後に到着できた。これで七日。イレーネちゃんの体力が持つまでに戻る時間を考えると二十日もあらへんな。

 いや、こないなときは半分の十日しかあらへんと考えるべきや。


「もう着いたのか。まあいい。基礎はもう既にできた」

「あんたにはいろいろ呆れるわ。たった四日で形になりつつあるとか。天才やな」


 あたしが一ヶ月かかったことをたった四日でできてまう。ほんまに凄まじかった。


「勉強は得意だ。それに義父上にこう教えてもらった。『人間が興した学問であれば究められないこともなければ極められないこともない』とな」

「そら皇帝が特別なだけやろ。真に受けたらあかんで」


 馬車を降りて周りを眺める。清らかな水が水路となって聖都全体を流れとる。噴水もあるし船での行き来もしとる。家々や教会は白い壁でできとって景観が美しい。晴れた天気も相まって荘厳な雰囲気がある。

 水の都、水上都市、ハギオス。


「遥か昔は水不足で貧窮しており、周りの国々からも干渉を受けていたが、六英雄の一人、教皇が魔法でこのような水溢れる都市に変えたらしい。教皇は当世一流の水の魔法の使い手だったみたいだ。しかしそれでもこの時代まで影響が残るのだから凄いな」


 キールは青年から貰うた羊皮紙――観光パンフレットやろな――を読んだ。


「へえ。そういえば他の六英雄の属性って分かるんか?」

「魔法が使えなかった剣聖以外で分かっているのは賢者と勇者だな。教皇は先に述べたとおりだ。勇者は光と火を使えて、賢者は六属性を全て扱えたらしい」

「へえ。他の二人は?」

「聖女と皇帝は分からん。なんでも聖女は独自の魔法、『再生魔法』なるものを使えたらしいが属性は不明だ。皇帝は……剣も魔法も使えたとされるが、未だに判明していない。義父上ならば知っているはずだが」


 一番気になったのは再生魔法や。どないなもんか知らんけど、もし使えたら――


「そんなことよりドクター・プリズムとやらに会いに行くんだろう?」

「そうやな。まずは住人に聞いてみようか」


 まあ有名人やからあっさり見つかるやろ。そうのん気に思うてたら、ほんまにあっさりと居場所が分かった。ちゅうか指差しで示された。


「あそこにある医療院の隣の家だよ。二階建ての。今日は非番って聞いたぜ。重傷者も居ないから、家に居るんじゃないか?」


 訊ねたのは果物屋のおっちゃんやった。あたしは「ありがとう」と言うて、礼代わりにりんごを二つ買った。


「まあ有名人だから見つかるだろうな」


 りんごを丸齧りしながら歩くキールとあたし。医療院の隣にその家はあった。二階建て。ここやな。

 あたしは玄関のドアをノックした。


「ごめんくださーい。ドクター・プリズムさん、居りますか?」


 ノックしてしばらくすると「どうした? どこか怪我をしたのか?」と扉が開いた。

 そこに居ったのは赤毛で赤ひげを生やした中年のおっさんやった。かなり背が高い。体格もがっちりしとる。


「いや、怪我はしとりませんが、ちょっとお話させてもらいませんか?」

「なんだ。子供か。話とはなんだ?」

「道端で話すことやないんですわ。そのずうずうしいんですけど、中に入れてもらえますか?」


 するとおっさんは「くだらん。わしは忙しい」と扉を閉めようとする。


「ちょちょっと! 待ってください! 大事な用件なんです!」

「道端で話せないことなど、やましいことに決まっている!」

「ちゃいます! 実は、あたしの友人を助けてもらいたいんですわ!」


 するとおっさんは「何? 友人だと?」と言うて扉を閉めるのをやめてくれた。


「その友人はどこに居る?」

「ノース・コンティネントのテレスです」

「……わざわざ大陸を移動してか? どんな病気だ?」


 あたしは言うた。


「魔力肥大病です」

「……中に入れ」


 おっさんはようやく招き入れてくれた。あたしは一安心したんや。


「ふん。さっさと開ければいいのに」

「キール。そないな失礼なこと言うたらあかん」


 中に入るとそこには羊皮紙やら薬草やらが散らかっとった。

 まあこん中に招くんは躊躇するやろな。


「それで、魔力肥大病の治療をこのわしにしろと言うのだな」


 茶も入れずに単刀直入に話を振るおっさん。


「その前に、あんたはドクター・プリズムか?」

「そうだ。皆には『紅医者』と呼ばれているがな」


 赤ひげを撫でながら、プリズムさんは言うた。


「それで魔力肥大病だが、わしでも治す方法は分からんぞ」

「いえ魔力肥大病を治す方法は分かってます」

「……なんだと? それならどうしてわざわざここに来た?」

「一つは方法が分かってもできないことがあり、知恵を借りにきたこと。そしてもう一つはあたしの理論が間違ってないか、確かめてもらうためです」


 あたしは神化モードで分かったことをプリズムさんに話した。ついでに自分の素性も話す。プリズムさんは興味深そうに話を聞いてくれた。キールは周りをきょろきょろ見とった。


「そうか……理論は間違っていないようだ。その方法ならば救えるかもしれん」

「ほんまですか!? 良かったですわ! なら――」

「しかしお前がパナキアを創ったユーリ・フォン・オーサカだとはな……」


 どうやらあたしのことは知ってくれてるようやった。

 けど次の言葉は衝撃的やった。


「だがわしにはできないな」


 あたしは呆然として「ど、どうしてですか……?」と言うた。


「あんたは先進的な医療を行なっとるって聞きましたよ!」

「…………」

「黙ってないで言うてください!」


 思わず立ち上がるあたし。するとプリズムさんはこう言うた。


「お前たち、この言葉の意味が分かるか? 『東京』『名古屋』『大阪』」


 あたしは思わず言いそうになって口を押さえた。


「なんだそれは。最後はユーリの姓だが……貴族の名前か?」


 キールが不思議そうに言うた。

 プリズムさんは「なるほど。そういうことか」と頷いた。


「おい。キールと言ったな。お前は家から出ろ」

「はあ? どういうことだ?」

「医学の分からぬお前には退屈な話だ。ほら、さっさと出ろ」


 キールは「なんで貴様に――」と言いかけたけど、あたしが「頼むから言うこと聞いてくれや」と遮った。


「……分かった。用が済んだら呼びにきてくれ」


 不承不承と言うた感じで家から出るキール。

 出たのを確認して、あたしはプリズムさんに問い詰める。


「やっぱりあんた、転生者やったんやな。さっきのは日本の都市や」

「……いや、わしは転生者ではない」


 はあ? 転生者ではない?


「どういうことや?」

「わしの弟子……いや先生が転生者だ。もしもここに転生者らしき人間が来たら、言うように指示されていたのだ」


 あたしは話が見えんかった。


「その先生って――」

「わしは隠れ蓑だ。弟子のふりをして、そいつはわしに次々と医学を教えてくれた。そいつは表舞台に立つ気が無いと言ってな。わしは純粋に医学を学べて患者を助けられたら、それで良かったのだ」


 なるほど。互いの利益が一致したんやな。


「その転生者はどこに居るんですか?」

「そいつは聖都にある大聖城に居る――実はお主に頼みがあるんだ」


 プリズムさんは頭を下げて言うた。


「そいつを救ってくれ。わしの家族が人質になって、その代わりに人体実験をさせられている。なんとかしてくれないか?」

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