第131話あらやだ! セントラルに到着だわ!
「やっと着いたわ! 三日間は長かったなあ!」
「……ああ、そうだな」
船から降りてセントラルの大地を踏む。新たな大陸での一歩目や。隣に居るキールはぐったりしとる。どうやら最後まで船に慣れることはなかったらしい。
「しっかりせえや。もう船から降りたんやで?」
「うるさい……どうして貴様、酔い止めが一日分しかなかったんだ……」
「前にエルフの国に行ったときの残りやったからな。用意せえへんかったんや。それにあたしは酔わんし」
「……納得いかん」
睨んどるキールを敢えて放置して、モンタークの港であるムンライの喧騒の中を歩き出す。賑わっとるなあ。いろんな種族が居るし。ホビットやドワーフ、もちろん人間も居った。こういうのを人種のるつぼちゅうんやろか。
貿易港やから目抜き通りには珍しいもんがぎょうさんあった。見たことのない果実と魚。クラウスが居ったら買い占めるやろ。
お上りさんみたいにきょろきょろあたりを見渡しとるとキールが「おい。さっさとミットヴォッホに向かう馬車を探すぞ」と不機嫌に言うた。
「観光に来たわけじゃないだろう」
「せやな。とりあえず早く着く馬車を探すか」
天気も悪くなりそうな曇天やし、急いで探さなあかんなと早足で雑踏の中を進む。潮風と熱気が相まって、秋やのに汗が吹き出た。セントラルはノースに比べて少しだけ暖かいかもしれん。
「サウスから仕入れた魔法巻だよー! 開けば誰でも一回だけ魔法が使えるよー!」
「ディーンスタークの火山に住む火トカゲがなんとこの値段だ!」
こんな活気に満ちた市場は前世以来やな。なんだか懐かしく思えるわ。
そんで馬車屋のところに来たんやけど、どうも様子がおかしかった。おそらく従業員らしき人らがばたばたと忙しゅう走り回っとるし。
「なんか忙しそうだな。客である俺たちが来ても接客しないし」
「とりあえず聞いてみるか。なあそこのお兄さん。どうしたんや?」
近くに居った青年――目元のほくろが印象的やった――に訊ねると「ああ。六叉路で魔物が出たんだ」と早口で言うた。
「六叉路? なんやそれ?」
「あんたらこの大陸の人間じゃないな? ノースから来たんだろ」
手元の羊皮紙に何やら書き込む青年。あたしは「ああそうや」と頷いた。
「六叉路っていうのはモンタークから他の六カ国へ通ずる道のことだ。六英雄の教皇さまの時代から使われてきた街道で、その分かれ道に魔物が大量発生したんだ」
「ふうん。それは大変やな」
「数年に一回あるかないかのことだけどな。あんたら運が悪かった。しばらく馬車は出せない」
あたしは「それは困るわ!」を思わず大声で喚いた。
「あたしらは急いでミットヴォッホのハギオスに行かなあかんのや。どないかならへんか?」
「そうだな……憲兵隊が対処してくれるのを待つ以外には方法は無いが……さっきの二人組のようにあんたらが魔物をどうにかしてくれればいいぜ」
青年は書き物を終えて真っ直ぐこっちを見る。
「ま、あんたらじゃ無理な話だけどな! ははは!」
あ、そうか。セントラルの人はあたしのことを平和の聖女でランクSの魔法使いって分からんもんな。
「ふん。舐められたもんだな。おい貴様、さっさと馬車を出せ」
キールが偉そうに命令する。ムッときた青年は「ふざけたことを言うな」と噛み付いた。
「銃も持ってないノースの子供が魔物を対処できるわけないだろ」
「銃? もう開発されたんか?」
あたしが訊ねると「ああ。マッチロックガンってのが正式な名前だけどな」と偉そうに教え出した。
「火薬を爆発させて鉄の弾丸を発射するんだ。凄いだろう」
「へえ。もしかしてさっき言うてた二人組が持ってたんか?」
「ああ。二人とも立派な銃を持ってたぜ」
ふうん。そうか。銃があるなら安心――
「待て。義父上から聞いたが銃は火薬を用いるのだろう?」
「そうだけど?」
「……雨が降っても使えるのか? 今にも降りそうだが」
キールが指摘した途端、青年の顔が青ざめる。それと同時に雨がぽつりと降ってきた。
どうやら前世での火縄銃に近いんやな。
「不味い! 誰か憲兵隊に――」
「その必要はあらへんわ。キール、あんた船酔いは大丈夫やろな?」
「もう万全だ。鬱憤を晴らしてやる」
拳と手のひらを合わせてぱあんと鳴らすキール。あたしは青年に「あたしらに任せや」とにやりと笑うた。
「こ、子供に何が――」
「貴様は知らんかもしれんが俺は強いぞ? この女もな」
「さっさと行くで。今ならまだ間に合うかもしれん」
そしてあたしは最後にこう言うた。
「二人組と御者。三人を助けたら乗り賃タダにしてな」
青年は「……信じていいのか?」とぽつりと言うた。
「御者は俺の兄なんだ。もし――」
「ええから。これでもランクSなんやで。あたしらは」
あたしが言うたのと同時にキールは水の弾丸を天高く放った。そしてすぐに地面にぱたりと小鳥が落ちた。
「……分かった! あんたらを信じる!」
青年の決断は早かった。すぐに馬車を用意して、あたしらを乗せた後出発した。
物凄いスピードで馬車は進む。
次第に雨が強くなってきた。
「魔物か。腕が鳴るな」
「油断禁物やで、キール」
「分かっている」
十五分くらい経ったとき「見つけたぞ!」と青年が叫んだ。
馬車窓を開けて顔を出すと横転した馬車の傍に倒れとる御者と銃を振り回して魔物を追い払おうとしとる二人の男性が居った。
魔物は狼に似とって、数十頭ほど群れとった。
「行くでキール! 馬車を止め!」
青年が馬車を止めるのを待ってから飛び出した。そして牽制で風の魔法を魔物に向かって放つ。
「ウィンド・マシンガン!」
男性の一人に襲い掛かろうとした魔物に当たり、吹き飛んでいく。
「ライト・マシンガン!」
キールも光の魔法で魔物を次々と打ち抜いていく。よく見ると魔物の頭部に命中させとる。素晴らしい腕前や。大言壮語するだけはあるな。
「あんたたち、無事か!?」
二人組に近づいて安否を確かめる。すると男性の一人が「御者さんがやられた!」と指差した。見ると腹部を噛まれとる。出血も激しい。
「兄さん! ああ、なんてことだ!」
青年が御者に近寄って抱きかかえた。
「……悪いな。もう、駄目みたい、だ……」
「やめてくれ兄さん! 死ぬな!」
あたしは「キール、魔物を全て頼むわ」と言うた。
「別にかまわないが、貴様は?」
「この人を治す。今なら間に合う!」
「分かった。それは任せた。他は任せろ」
あたしは倒れとる御者さんに近づいた。そして青年に言うた。
「ちょっとどいてくれるか。治療をする」
「治せるのか!?」
「まあな。少々キツイけどな」
あたしは神化モードになった。そして御者さんの治療をする。青年と客の二人組はあたしを見て驚いとったけど無視した。
神化モードによる治療で傷が塞がった。体力の回復魔法もかけたからこれで一安心や。
神化モードを解いて「もう大丈夫や」と言うた。その言葉通り御者さんは「……凄い。もう平気だ」と驚いとった。
「兄さん! ああ良かった! ありがとう!」
青年は涙を流しながら感謝しとった。二人組は信じられないちゅう顔をしとる。
さて。魔物はどうやろか。そう思うて見ると既にキールは戦っとらんかった。逃げるか倒すかしてしもうたんやろな。あんだけ居ったのに、凄いちゅうか凄まじいわ。
「ユーリ。魔物をなんとかしたぞ」
「凄いなあ。流石やな」
「ふふん。俺の実力ならば当然――」
あたしはキールを押しのけて氷の魔法を放った。仲間の死体に隠れて隙を窺とった魔物が襲い掛かってきたからや。
氷の魔法で氷付けになった魔物。他にも居らんか警戒する。
「こういうこともあるから、気をつけなあかんで?」
振り返ってキールに告げた。
「……なんだその魔法は? 属性魔法じゃないな?」
「なんや合成魔法知らんのか?」
「合成、魔法……?」
「まあ後で教えたるわ」
不意に雨が止む。あたしは空を見上げた。
雲の切れ間から、綺麗な日差しが見えた。
これがセントラルで見た、初めての青空やった。
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