第118話あらやだ! 悩みを聞くわ!
「イレーネちゃん、大丈夫か?」
「けほけほ、ちょっと調子が悪いみたいです」
朝起きると、目の前には頬が真っ赤になっとるイレーネちゃん。額に触ると結構な熱が出とった。
「どないしたん? 風邪やろか? 待ってな、診断して――」
「いいですよ。ユーリの朝ご飯、遅くなってしまいますよ。少し寝れば大丈夫ですから」
「そうか? 今日の授業休むことにするん?」
「そうですね。食欲もないですし……けほけほ」
「ほんまに大丈夫なんか?」
大食いのイレーネちゃんが食欲ないって異常なことや。あたしは「やっぱり診断するわ」と言うて、イレーネちゃんの前に座ろうとする。
せやけど、イレーネちゃんはやんわりと断ったんや。
「大丈夫ですから。前にもこういうことありました。でも寝たら治りましたし、平気だと思います」
「……無理したらあかんで?」
診るのを断られたら治療魔法士の出る幕はない。あたしは「後で薬作るわ」と言うて準備してから出る。まあ言葉遣いもはっきりしとったし、ただの疲労かもしれん。
イレーネちゃんは笑顔であたしを見送ってくれた。
「あれ? イレーネはどうしたのよ?」
食堂でデリアが朝ご飯を食べてた。隣にはクラウスが居った。
あたしは自分の食事を載せたお盆を机に置きながら「なんか疲れとるようで部屋で休んどる」と言うた。
「大丈夫なの? 食欲の権化のイレーネが朝ご飯食べないって異常よ」
「酷い言い草やな。あたしも一応診よう思うたけど、断られてもうた」
するとクラウスが「心配ですね。何か精のつくものを用意しましょうか?」と不安気に言うた。
「昨日も食欲なかったみたいですし」
「そうや。昨日、アルバンの腕見るためにイレーネちゃんを連れてったな。おかしな様子あったか?」
「ええ。食欲がないことに加えて、顔が赤かったですね」
そんときから熱があったんか。昨日は早めに寝てもうたから気づかへんかった。
「病気かしら? 心配ね。授業が終わったら様子見に行くわね」
「ああ、それならあたしは薬草買いに行くわ」
「僕も何か食材を買ってきます」
解熱剤、それと喉の薬やな。診断しないと分からんが、ぎょうさん買うておかんと。
「そういえば、アルバンは弟子にしたの?」
デリアがパンを千切って食べながら訊くとクラウスは「ああ、断りました」とあっさり答えた。
「うん? どうしてよ? てっきり弟子にすると思ったんだけど」
「彼は料理人には向いてません。昨日、そう判断しました」
「手厳しいなあ。何があったんや?」
クラウスが答えようとすると「よう。揃ってるな」と後ろから声をかけられた。
「うん? ランドルフか。昨日はどうやった?」
「どうって、どうもしねえよ。いやちょっと頭が痛いことが起きてるけどな」
「なんやそれ?」
ランドルフが苦い顔をしとる。まさか負けたんやろか?
ちょっと躊躇してもうた、そんときやった。
「師匠! おはようございます!」
直角に腰を曲げた姿で挨拶してきたんはラウラちゃんやった。
そして起こした目はランドルフを見とった。その瞳はきらきらと輝いとって、いわゆる尊敬の眼差しやった。
「師匠はやめろ。お前を弟子にした覚えはない」
「お断りします! あなたは私の師匠です!」
「なんでそんな強引なんだ……」
呆れるランドルフに「一体何があったのよ?」とデリアは訊ねた。
「昨日勝負したらこうなった。俺だってどうしてなのか聞きたいくらいだ」
「何をおっしゃる! 私の魔拳法を打ち破ったではありませんか! ですから弟子となったのです!」
なるほど。つまりこういうことやな。
「負けたから弟子入りする。まさに王道やんか!」
「ユーリさん、話をややこしくしないでくれ」
「何を言うとるんや。弟子にしたらええやん」
「やめてくれ。俺に人なんか育てられねえ」
嫌がるランドルフにラウラちゃんが追い討ちをかける。
「弟子にしてくれるまで、師匠に付きまといますから! あ、お水です」
「……水はありがたくいただくが、それはやめてくれ」
なんか青春やな。ええやん。
「後でヘルガさんに手紙を送りましょう。ランドルフさんが女の子に言い寄られていると」
「クラウス。マジでやったらぶっ飛ばす」
けらけら笑うクラウスに本気の殺気を飛ばすランドルフ。
その後、ラウラちゃんの猛攻を受け続けるランドルフを見守って、朝食を終えた。
そんで教室に行ってカリキュラムの説明を受けた後、自由時間になった。
「ユーリ。イレーネはどんな様子だった?」
「クヌート先生、どないしました? 多分疲労による風邪やと思いますけど」
教室を出る際、クヌート先生に話しかけられた。いつになく真剣な表情やったから思わず身構えてまう。
「ならいいが。俺の不安はほぼ当たるから、くれぐれも用心してくれ」
「怖いなあ。どないな不安なんですか?」
あたしが何気なく訊ねると「言ったら不安が増す」と曇った顔になった。
「一応、俺の知る限りの名医を呼んでおく。それまで様子を見ててくれ」
「分かりました。じゃあさっそくイレーネちゃんのところに行きますわ」
そう言うたら「あなたは薬草を買いに行くんでしょうが」とデリアに突っ込まれた。
「あたしが様子見るから。早く買いに行きなさい」
「看病とかできるんか?」
「馬鹿にしないでよ。そのくらいできるわ」
そういうわけで薬草を買いに行ったんやけど……
「なんであんたが着いてくるんや? キール」
「……貴様が俺を騙したからだ」
古都の目抜き通り。薬草を買い終えたあたしの隣にはキールが居った。
「騙すってどういうことやねん」
「貴様の口車に乗せられるところだった。要は貴様に勝てばいいのだ。どんな方法でもな。それなら義父上に認められるに決まっている」
「なんやあほやないんやな」
「今俺のことをあほ呼ばわりしたのか?」
「いや、あほやない言うたんや」
キールは不服そうな顔をしとったけど「だからお前に勝負を改めて申し込む」と用件をすばっと言うた。
「そうか。でもなあ、今忙しいねん」
「忙しい? どうしてだ?」
「イレーネちゃんが風邪引いてもうたんや」
「……そうか。それじゃ勝負できないな」
あっさりと引き下がるキールに「えらい素直やな」と驚いた。
「義父上に言われたのだ。相手に気がかりなことがあると動きが散漫になると。そんな状態の貴様に勝っても、義父上は認めてくださらないだろう」
あたしは「なんでそないに認めてもらう思うんや?」と訊ねた。
「もしかして皇帝になりたいんか?」
「そんなわけないだろう! 俺は義父上のために生きるのだ!」
急に怒鳴ったキール。周りの人がこっちに注目する。
「ああ、ごめんな。変なこと訊いたな」
「いや。別にいい」
気まずくなってしもたな。どないしよ。
そう思うて視線をずらすと、前にとぼとぼ歩いとる男の子が居った。
アルバンや。
「あれ? アルバンやないか」
「本当だな。おーい、アルバン。しょぼくれてどうしたんだ?」
キールの呼びかけにゆっくりと振り返るアルバン。
……目が死んどる。まるで絶望の淵に立たされた人の目や。
「どないしたんや?」
あたしは多分クラウスに弟子入り断られたからやと思うたけど、言ったら傷つく思うて触れへんかった。
でも空気の読めへん奴は身近に居るもんや。
「そういえば貴様、クラウスに弟子入りを断られたらしいな。だから落ち込んでいるのか」
キールの容赦ない言葉で目に涙が浮かぶアルバン。思わずぱんっとキールの頭を叩いた。
「な、何をするんだ!」
「はっきり言うなや! 傷ついとるんやから!」
あたしは「ごめんな。この子あほやから」と言うてアルバンに近づく。
「いいんです。僕が悪いんですから……」
あかん。負のオーラに包まれとる。やばいな。
「何があったのか、教えてくれへんか?」
誰かに吐き出さんとあかんからな。
「昨日、クラウス先生に言われたんです」
アルバンは涙を湛えながら言うた。
「君には料理をする資格がないって――」
クラウス、そないなこと言うたんか。
一体、何があったんやろか?
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