第119話あらやだ! 料理人の資格だわ!
「まあ座りや。ゆっくりでええから話してみ?」
あたしたちはアルバンを真ん中にしてベンチに座った。
古都にある公園。みすぼらしい格好をした子供たちが数人遊んどる以外、騒がしくしとる人は居らんかった。ここなら邪魔されへんやろ。
「ふん。弟子入りを断られたくらいで世界の終わりみたいな顔をしやがって」
キールが見下すようにアルバンをこき下ろした。自分かて皇帝に否定されたらそうなるんやないかと思うたけど、言葉にはせえへんかった。
「クラウス先生は僕にとって神様に等しい存在です。その人に言われてしまったら、僕はどうしていいのか……」
「何があったんや?」
アルバンは涙目になりながら話し始めた。
『まずは君の腕を見せてもらいます』
クラウスはにこやかな顔でそう言うたらしい。連れてこられたんは魔法学校の食堂やった。どうやったのか知らんが、既にクラウスは食堂を支配下に置いとるみたいやった。
『はい! 何をすればいいんですか?』
『もちろん料理を作ってもらいます』
そしてクラウスは一緒に来たイレーネちゃんを指差したんや。
『彼女に料理を作ってあげてください。満足してくれたら合格です』
『えっ? クラウス先生は食べないんですか?』
『後でちゃんと食べますよ。それでは作ってください』
アルバンは張り切って調理場に向かったんや。そこには肉や魚、野菜や穀物が揃っとった。
そこでアルバンは考えたんや。クラウス先生に認めてもらうために、先生が有名になったきっかけになったハンバーグを作ろうと。
何回も作ったこともあるハンバーグやったし、それに自分オリジナルの濃厚ソースをかければ絶対合格だと思うたらしい。
加えて牛肉の上質な部分だけで作れば、美味しいハンバーグが作れるはずと思うてしもうたみたいや。
『できました! ハンバーグです!』
四十分くらいでできたハンバーグをイレーネちゃんの前に置いたアルバン。きっと満足するはずやと思うたらしい。
でも――
『ごめんなさい。もう食べられません』
イレーネちゃんは一口しか食べられへんかったんや。
『な、なんですか!? 不味いわけが……』
狼狽するアルバンにイレーネちゃんは申し訳なさそうに首を振った。
『美味しいと思うけど、今の私はとても……』
『ど、どういうことですか?』
すると後ろから『君は何も分かってませんね』とクラウスが声をかけたんや。
笑顔やった顔が真剣な表情になっとったらしい。
『イレーネさん。こちらをどうぞ』
クラウスはハンバーグを下げて、自分の持ってきた麦粥を置いたんや。
アルバンは気づかへんかったけど、クラウスは別の部屋で料理しとったらしい。
イレーネちゃんはスプーンで掬って、一口食べると『美味しい……』と呟いた。
『これなら食べられます! 美味しいです!』
アルバンは『どうして……』とクラウスを見た。
『イレーネさんは体調が悪いのです。そんな肉料理なんて食べられませんよ』
そしてクラウスはイレーネちゃんの残したハンバーグを食べた。
『濃厚なソース。まあそこそこできるようですね。しかしこれは駄目ですね』
『先生、なんでですか!? 確かにイレーネさんは食べられませんでしたけど、僕の――』
僕の料理の腕は確かです。そう言いかけたアルバンにクラウスは厳しい声で言うた。
『まだ分かりませんか! 僕はイレーネさんが満足する料理を作れと言ったんです! なのに君は体調の悪い彼女に重い肉料理を出したんです!』
『――っ!』
『それに上質な部位のみでハンバーグを作った。それもマイナスです! そもそもハンバーグは安価な肉でも美味しく食べられるようにと工夫した料理です! その時点で間違っているのです!』
そして追い討ちをかけるように言い放ったんや。
『いいですか! 料理とは! 料理人の独り善がりで作るものではないのです! 食べてもらう人のことを思いやり、食材に感謝して作るものなのです! そうでなければ人の心は感動させられない! 満足してもらえないんです!』
アルバンはがっくりと膝を落としてしもうたらしい。
『君には料理を作る資格はありません。弟子にはできませんね』
そう言うてクラウスはその場を去ってしもうた。
『クラウスくん、それは言いすぎですよ! けほけほ』
イレーネちゃんが庇ってくれたらしいけど、アルバンは呆然としてもうて何も言えへんかったんや。
「そうか。そういう経緯やったんやな」
話を聞き終えたあたしはアルバンに向かって言うた。
「まあクラウスの言うてることは正しいわ。せやけどアルバンはもう反省したやろ?」
「……はい。心から反省してます」
「ならもう一度挑戦すればええやん」
するとキールが「また挑戦してもいいのか?」と不思議そうに言うた。
「駄目やないやろ。クラウスは二度としてはあかんと言うてないし」
「……いえ。僕は諦めます」
アルバンはうな垂れてしもうた。
「先生の言うとおり、僕は自己満足で作っていたんです。食べてもらう人のことなんて慮らなかった。ただ美味しいものを作ればいいとしか……」
うーん。すっかり自信無くしてもうてるな。まあ神様に等しい人から否定されたらこうなるか。
あたしはどうやって慰めようか考えとると、不意に子供の泣く声が聞こえた。どうやら鬼ごっこしとるときに転んでしもたみたいや。
「ちょっとごめんな。あの子の怪我治してくるで」
あたしは泣いとる子供に近づいて「大丈夫か?」と声をかけた。よく見ると結構血が流れとるな。
「痛いよう……」
「まずは水で洗い流すで。ちょっとしみるかもしれへんけど、我慢な」
あたしは浄水を使こうて綺麗な水で傷口を洗い流す。子供は痛くて泣き出したけど、すかさず治療魔法をかけた。今ではこんぐらいの傷なら数十秒で治るくらいに成長したんや。
「あっ。治った!」
「凄い! お姉ちゃん、魔法使い?」
周りで見とった子供たちがはしゃぐ。
「ほう。凄腕の治療魔法士だな」
「流石、平和の聖女ですね」
キールとアルバンが知らぬ間にこっちに来てた。
「ねえ。お礼がしたいから、ついて来てよ!」
怪我を治した子供が言うてきた。
「お礼? どこに行くんや?」
「えっとね。僕たちのおうちだよ!」
僕たち? 顔が似てないし年代が一緒やから、兄弟姉妹やないと思うけど。
「イザベル聖堂院ってところ! 一緒に行こ!」
ああ、そういえば聞いたことあるな。
確か孤児院やったな。
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