第111話あらやだ! 葛藤と覚悟だわ!
正直言うて乗り気やなかった。以前、魔法学校の校長の野望である人類総天才化計画(こんな名称やったっけ? 忘れた)を潰したあたしが天才となるんは筋が通らん気がした。
せやからクヌート先生にそう伝えると「このままだと万能薬は作れないぞ」と言われた。
「話を聞く限り、抗生物質を作るつもりだろうが、前世で普通の主婦だったお前に英知の研究者たちが何百年かかってこなした偉業が達成できると思うか?」
「……そりゃできひんと思うけど」
「確かにお前は優秀だよ。勉強もできるし努力家でもある。もしかしたら何十年後かに万能薬が作れるかもしれない。でも今すぐ作るには天才になるしかないんだ」
すると話を聞いていたデリアは「いくつか質問があるんだけど」と割り込んできた。
「なんだデリア。まあ疑問を持つだろうと思ったが。何が訊きたい?」
「確かにユーリは一度天才になったわ。でも再びなれるってどういう意味? あなたが命がけで元に戻したじゃない」
クヌート先生は「戻したのは確かだ。しかし完全ではない」と首を振った。
「分かりやすく言えば俺がしたことは色の分離だ」
「全然分かりやすくないわよ」
「まあ話を聞け。たとえば青と黄色を混ぜて緑にする。青はユーリ、黄色は天才になる方法、緑は天才だと思ってくれ。はっきり言って天才を作るのは条件さえ整えば容易い。ユーリに天才になる方法をぶち込めばいいのだから」
「それじゃ誰だって天才になれるってこと?」
「条件さえ整えばと言ったはずだ。そもそも青色の人間はごく僅かなんだ」
あたしは「でも色の分離って難しくないですか?」と訊ねた。
「一度混ざった色を分けるって普通はできひんことやけど」
「ああ。だから俺が大怪我を負ったんだ。不可逆を可逆にしたのだから。死ぬ覚悟もした。しかし俺の魔力量が多かったおかげで、なんとかなった」
「待って。新しい疑問が生まれたわ」
デリアは頭を抑えながら言うた。
「そんな思いをしてまで天才から普通に戻したのに、どうして天才にしようとするの? 皇帝陛下の命令だから?」
「違うな。ユーリに選択肢を与えるためだ。いや、選択肢を増やすためと言い換えるべきか」
選択肢? なんのこっちゃ分からんかった。
でも次の言葉で分かってもうた。
「もしも天才のままで居たら、エーミールを救えたと思わないか?」
「――っ!」
思わず顔を背けてしまう。その目線の先でデリアが少しだけ悲しそうな顔をしとった。
「どうなんだ。思わなかったのか?」
「思わんわけないやろ……」
むしろ何度思うたか、数え切れへんくらいや。その度に忘れようと思うた。
でも頭から振り払えへんかった。
「状況は分からないが、多分天才になっていればエーミールを救えたかもしれん」
「そんなの結果論でしょう!」
デリアが怒鳴った。何も言えへんあたしの代わりに怒鳴ってくれた。
「心臓を火の魔法で貫かれたのよ! どんな魔法を使っても、治るわけないじゃない!」
「そもそも天才なら、そんな風な状況にはしなかったはずだ」
「――っ! 屁理屈を――」
「どうなんだユーリ」
半ばデリアを無視して、あたしに問う。
問い詰める。
「お前は、天才じゃなくなったことに、後悔していなかったのか?」
あたしは「ずるい人やな」と呟いた。
「もしエーミールのことがなかったら、天才のことは後悔しとらんかったやろ」
「……それはもう答えだぞ」
あたしは泣きそうになるのを堪えた。上を向いて涙を止めた。
そんなあたしを見て、なんとデリアが――
「……なんであんたが泣いてんねん」
「あんたの代わりに泣いてあげたのよ」
溢れる涙を拭おうともせずに泣き続けるデリア。
「私だって後悔してるのよ! 初めて会ったとき、弱虫って言ったこと! 同じ貴族なのに相談に乗ってあげられなかったこと! そしてあの場で役に立たなかったこと! 全部! 後悔してるのよ!」
あたしは思わずデリアに抱きついた。辛い思いしてたんは、あたしだけやなかったんや。
「ごめんな、デリア……」
「なんで、なんで謝るのよ! あなた悪くないじゃない!」
「……それでも、ごめん」
わんわん泣くデリアをなだめながら、あたしは決心をした。
「先生。天才になったら今の人格はどうなります?」
「まあ多少は変わるだろうな」
「……それでもあたし、天才になります」
デリアを抱きしめながら、あたしは言うた。
「お願いします。天才にさせてください」
デリアが「駄目よ、そんなの……!」と止めようとする。
「今のあなたが、私の友人が、居なくなるのは、嫌よ……!」
「それでも、万能薬を作らなあかんねん」
あたしはデリアから離れてクヌート先生に頭を下げた。
「粗忽者のあたしですけど、なんとか天才にさせてください」
クヌート先生は何も言わずに黙って頷いた。
「それで、天才になるんはどないしたらええんですか? さっき苦痛が伴う言うてましたけど」
「そうだな。確かに苦痛は伴う。しかしそれはお前だけじゃない」
クヌート先生ははっきりと言うた。
「ランドルフも一緒に、苦痛を受けてもらう。既にランドルフからは承諾を得た」
そして当日。
デリアの屋敷の庭。魔法陣が大きく描かれとる。その中心にあたしは立っとった。
そのすぐ近くにもう一つ魔法陣が描いてある。あたしの魔法陣より小さめやった。
その中にはランドルフが立っとる。
「ねえ。何が始まるわけ? 私何も聞いてないけど」
ヘルガさんが不安そうに傍らに居るデリアに話しかける。デリアは「儀式よ」と短く答えた。
「儀式? それと万能薬とどう関係あるのよ?」
「黙りなさい。あなたは黙って見てればいいのよ」
不機嫌、いや怒りを湛えとるデリアに流石のヘルガさんもそれ以上訊けへんかった。口を閉ざしてまう。
そしてデリアの手をずっと握って、あたしを心配そうに見つめるエルザ。
デリアとエルザは今回の儀式にずっと反対しとった。特にエルザは泣きながら、やめてと何度も言うてきた。
「さて。時と場が整ったな」
今日は満月で夜やのに明るかった。
毎回思うけど、月は前世でも異世界でも変わらへんのやな。
平等に人々を照らし、そして見張っとる。
「ユーリ、ランドルフ。これから儀式の説明をする」
二つの魔法陣の真ん中に立つクヌート先生が話し始めた。あたしとランドルフは黙って頷いた。
「天才になる方法。それは初代の魔法学校の校長が神から預かった言葉、つまり預言からなっている。そしてその方法とは『神化(しんか)』と呼ばれている。神と化すと書いて神化だ。人の身でありながら神となる儀式は危険を伴うだろう。それに条件は不完全だ。かなりの苦痛が伴う」
かなりの苦痛。覚悟しとるけど、かなり怖かった。
「まずランドルフが苦痛を受ける。耐え難い苦痛だ。その間、魔法陣から一歩も出てはいけない。その苦痛でユーリに神を下ろす。神といってもそのものではなく、神の力だ。そして次は俺が苦痛を受ける。二人の仲介役、中継役をする」
理論は分からんがとにかく苦しい思いをせなあかんのやな。
「そして最後に天才となったユーリだ。身体になじむまで発狂するくらいの痛みを受けるだろう」
汗が出てきた。やばいな、緊張してきた。
「それで儀式は完成する。じゃあ行くぞ――」
「ちょっと待って! あなたなに言っているの?」
ヘルガさんが待ったをかけた。まあこの話聞いたら誰でも止めるわな。
「天才とか分からないけど、ランドルフが痛い思いをするんでしょ? そんなの許さないわよ!」
「義姉さん、許してくれ」
ランドルフがそう言うとヘルガさんは「許すわけないでしょ!」と怒った。
「帰りましょう! こんなのに付き合ってられないわ!」
「……あなたのためにやってるのよ」
デリアが我慢できずにそう言うた。
「はあ? 私のため?」
「万能薬を作るのに天才にならないといけないのよ」
「……だったらいいわよ。ランドルフ、別に私はいつ死んでもいい――」
「駄目だ! あんたには生きててほしいんだ!」
ランドルフが大声で吼えた。思わず黙ってまうヘルガさん。
「俺はあんたに生きててほしい。元気になってほしい。それだけなんだ」
「……どうしてよ? ただの義理の姉に、どうしてそこまで、するのよ。妾の子なのよ?」
ランドルフは「決まっているだろう」と堂々と言うた。
「あんたのことが好きだからだ」
「……なに言ってるの?」
「何度だって言うさ。俺は義姉さん――ヘルガさんのことが好きだ」
ヘルガさんは何も言えへんようやった。顔を真っ赤にして口をパクパクしとる。
「とっくの昔に惚れてんだよ。それに愛した女一人救えないで、何が無双の世代だ。何が魔法剣豪だ。ふざけんなって話だ」
そしてランドルフはクヌート先生に言うた。
「始めてくれ。覚悟はできている」
クヌート先生は頷いた。そして詠唱を始める。
「我は傲慢なる者。神を下ろし人を超えし者を作らんとする。願う願う願う。神の力を以って奇跡を起こしたまえ。捧げるは人。受けるは人。授けるは人。三者による力の循環をして、いざ――来たりて我らに御業を見せよ!」
そうして、儀式が始まった。
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