第99話あらやだ! 本格的に村を作るわ!
新しい村を作る言うても、たくさんやることがあった。ロゼちゃんに言われてたくさんの書類や誓約書にサインせなあかんかったし、近隣の村々への挨拶もかかせんかった。まるで前世の引越しみたいな感じやな。
それが終わると、あたしはとりあえずアリマ村予定地に赴いた。その場所は岩山で植物はほとんど生えとらん不毛の地やった。これでは農作物は無理やな。
「本当にここで大丈夫なのかい?」
「エドガー、安心せえ。温泉は身体だけやなくて、心もほぐすんや」
「……何を言っているのか、分からないけど」
とりあえずエドガーとジンの三人で温泉の源泉を探す。時間かかるかなと思うたけど、そないなことはなかった。所々に温泉が湧いとる。これなら掘っても出るやろ。
「この温泉の質……専門家やないけど、分かるわ。結構ええな。肌に染み渡る」
「……こんな濁ったお湯、本当に中に入れるのかい?」
エドガーが不安そうに言うてる中「よっしゃ。俺が入ってみる」とジンが言うた。
「待てやジン。服脱げ」
「……裸で入るのか? ていうか俺の能力なら服はすぐ乾くが」
「マナーが悪いわ。温泉に入るのにも作法が必要や。でないとすぐにお湯が汚れるやろ」
ジンは「ああ、分かった……」と言うて裸になって、温泉の中に入った。まあかけ湯せえへんでもええか。
「…………」
「……どうだいジンさん。不快感とかあるかい?」
黙ったままのジンに恐る恐る訊ねるエドガー。
いや不快感はないはずやけど――
「……やばいなこれは」
「やばい? やっぱり毒が?」
「違う。気持ちよすぎて、どうにかなりそうだ……」
ジンがとろけた笑みで笑うた。よし、これならええな。
その後、疑心暗鬼やったエドガーも温泉に入って「……天国だな」と呟いたのは省略する。
「さて。みんなを集めたのは他でもあらへん」
フクルー村の空き家。ジンとエドガー、セシール、ワール、フローラ、そして山賊の中であたしが選んだ『リーダーに向いとる者』六人を呼び出した。その六人の名はベック、フラン、ドート、ジェスタ、コートリア、ロックルや。
「これから本格的に温泉を使うて村を作る。そのために必要なことをこれから言うていく」
みんなが頷いたのを見て、あたしは話し出した。
「まず三百人の山賊を六つのグループに分けて、三つの役割を日ごとにさせる」
「三つの役割? 姐御、一体何をやらせるつもりですかい?」
ワールが不思議に思うたらしく質問してきた。あたしが答えようとすると「ワールさん、まずユーリの話を聞いて、疑問は後に訊きましょう」とエドガーが言うた。
「そうだな。すまなかった。姐御」
「別にええで。その三つの役割は金稼ぎ、村づくり、そして休息や」
あたしは机に置かれた羊皮紙に三つの役割を書いていく。
「金稼ぎは近隣の村の護衛費や農作物の手伝いの給金を主に目的とする。次に村づくり。木々を切って、土地を整備し、村に必要な建物を作ったりする。本来は石造やレンガがええけど、木造にするしかないな。最後に休息。これは説明せんでも分かるな。金稼ぎ、村づくりをしたグループはやすめるんや。二日働いて一日休む感じやな」
そして「ここまで質問はあるか?」とみんなに訊ねた。
「今まで無給でやっていた農作物の手伝いですけど、ちゃんとお金を取るんですか?」
「フローラ、そのとおりや。損害はロゼちゃんが公庫から出してくれたし、近隣の村々の挨拶でそこは確約してもらった」
まあ、ロゼちゃん、アスト公が傍に居ったから反対しようもなかったんやけどな。
「村に必要な建物ってのはなんだ?」
ジンの問いに「まずは家やな」と答えた。
「少なくとも三百人分の家を少しずつ作る。次に温泉の整備、そして宿屋、商館。さらに食事施設、娯楽施設など。おっと教会も必要やな」
次に質問してきたのはワールやった。
「グループを六つに分けるってことはこいつらを頭にするんですかい?」
ワールに指差された六人の山賊は寝耳に水で驚いた。
「あ、あっしたちが頭? だって頭目はユーリの姐御じゃあ……」
ベックが驚いとるので丁寧に分かりやすく説明することにした。
「頭言うても、グループの頭や。まず三百人を六つのグループ、つまり五十人程度に分ける」
「……計算が速いなあ。やっぱり学を持っているのは違うな」
セシールが感心したように言うた。あたしは「後で計算の仕方教えるわ」と言うてあげた。
「五十人の頭はあんたたち六人や。そしてあたしとジン、ワールの三人がそれぞれに命令を出す。今日は金稼ぎせえとか、休息せえとかな」
あたしは羊皮紙に図を書いた。六つの丸の上に六人の名前を書き、それを線で結んで、上のほうにあたしとジン、ワールの名前を書いた。
「今まではジンが適当に命令しとったけど、今度はあんたら六人があたしらの命令の範囲内で指示を出すんや」
「……俺、自信ないなあ。なんで俺を選んだんですか?」
コートリアの不安そうな言葉に「そこや。あんたは結構視野が広い」と指摘する。
「選んだ六人は全員リーダーに向いとる。そこはあたしが保証する。もし山賊の中で文句言う奴が居ったら、あたしに報告せえ。話し合うから」
「はあ……分かりやした」
いわゆる中間管理職ちゅう奴やな。これで少しはこっちが楽になるやろ。
「リーダーの役目は怠ける奴の注意、怪我人や病人の管理、そしてやった仕事の報告や。六人は後で残るように。それと六つのグループの内、四つは金稼ぎと村づくり、二つは休息できるようにしとくから」
「つまり毎日二百人働くってことかな」
エドガーの補足に「そうやな」と答えた。
「それなら、三百人で働いたほうがいいんじゃないか?」
「ジン、休日のない労働はつらいで?」
それからどの場所にどの建物を作るのかを話し合った。
「そういえば、アルムさんは? 参加しないのかい?」
エドガーが不思議そうに言うた。あたしは「参加せえへん言われた」と短く言うた。
「でもあたしの魔法の先生になってくれる言うた。それに狩りして食料を提供する言うた。だから堪忍な」
「うーん、あの人が協力してくれたら、結構楽だったのにな」
腕組みしながら残念そうに言うたエドガー。ジンは「あんな奴居なくてもいい」と憮然とした顔で吐き捨てた。
と言うわけでこのローテーションで作業が始まった。
あたしも懸命に働いた。こういうときは一緒になって働かんといかん。
「違う。同時に行なうんだ。バランスよくな」
「……結構難しいな」
休日はアルムに頼んで合成魔法の練習をした。なんとなく想定はしとるけど、それまでの修行は大変やった。
「まず、左手に風、右手に水の魔法球を作るんだ」
「……こうか?」
「……そうだ。そしてそれを崩さないように合わせて……よし、それでいい」
水と風。これを組み合わせれば、あたしはあんとき救えなかったエーミールを助けられたかもしれん魔法が出来上がる。
そう信じて、あたしは一生懸命、魔法の特訓をした。
そうやって、光の月の後半まであたしとみんなは働いた。
そして出来上がったのは――
「家はどのくらいできとる?」
「二百と六十。まあ簡単な小屋のようなものだが」
フクルー村でジンの報告を聞きながら、あたしは次の段階に行くか悩んでいた。
「宿屋はどうや?」
「多分サンドロスの宿にも負けないくらいの出来だ」
「ちゃんと男湯と女湯は分けとるな?」
「重々承知の上だ」
あたしは椅子に座って「そうか。ならええ」と言うた。
「ユーリ、もうすぐ温泉の整備も終わって、他の施設もできている。もうそろそろ――」
ジンがそこまで言うたときやった。ワールがいきなり部屋の中に入って来たんや。
「姐御! あんたに客人が来てますぜ!」
客人? まさか――
「はあ。まったく、何がどうしてこうなっているのか。ユーリさん、あなたは規格外ですね」
部屋に入ってきたのはフードを目深に被った、おそらくあたしと同年代の少年やった。
聞き覚えのある声。あたしは「とうとう見つかってもうたか」と苦笑いした。
「久しぶりやな。クラウス。いや超理人のクラウス言うたほうがええか?」
「やめてくださいよ。恥ずかしい……やっとユーリさんの気持ちが分かりましたよ」
そう言うてフードを取った顔は、前に会ったときより大人になっとった。
クラウス。あたしの友人で無双の世代の一人。
そしてあたしを探していた人間やった。
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