第100話あらやだ! 超理人が訪ねてきたわ!

「まったく。あなたには驚かされます。家出したと思ったら、こんな村を作るなんて」


 アリマ村のあたしの家の中で、クラウスと話すことになった。まあ他のみんなには聞かされんしな。

 そういえばセシールやフローラは興味深そうにクラウスを見とったな。まあ成長した分、かっこよくなったし、超理人の二つ名を持つ有名人やから当然やろ。


「せやかてあたしもこないなことになるとは思わんかったわ。でも山賊の頭目になるよりはマシやろ?」

「まあそうですけど。いやそれよりユーリさん、あなたに訊きたいことがあるんです」


 クラウスは真剣な表情で訊ねた。


「温泉村を作るらしいですけど、料理は考えているんですか?」

「……久しぶりの再会で訊くことがそれか? いや、温泉卵しか考えとらん」


 近隣の村々から鶏卵を買う手はずになっとる。エドガーに頼んどいたんや。意図が分からんエドガーや他のみんなに作った温泉卵を食べさせたら、めっちゃハマった。ワールなんかは「これは酒が進みますぜ!」と喜んどった。


「その程度ですか。なら僕が料理を考えますよ。超理人が作った名物料理なら、多くの人が来るでしょう」

「ほんまか!? 助かるわ。正直料理とか娯楽が必要やと思うたからな」

「娯楽は何を考えていたんですか?」

「サイコロとトランプ作ったんや。簡単なゲームも作った。まず山賊たちの間で流行らせて、ルールを他人に教えるくらいまで覚えさせて、観光客にも教えるんや」

「ふうん。賭場ができるわけですね」

「賭け事はあんま良くない思うたけど、少しくらいないとな」


 あたしはクラウスに近くで取れる薬湯をコップに注いで渡した。ここいらの水は飲めへんし、川から汲む水も腹に悪い。自然と薬湯になってしまう。


「これはあまり美味しくないですね」


 飲んだクラウスの正直な感想に「まあな。これも課題やな」と言いつつあたしも飲む。すっかり味に慣れてしもうた。


「あたしからも訊きたいことがあるんや。他のみんなはどうしてる?」

「デリアさんはいまだに怒ってますよ」

「そうやろな。いや、そうやなくて、近況を教えてくれや」


 ツッコミを入れるとクラウスは「無双の世代のことは聞きましたか?」と問い返してきた。


「あれやろ、ランドルフが剣術大会で優勝したとか、魔法大会でデリアとイレーネちゃんが一位と二位になったとか。そしてクラウス、あんたが超理人と呼ばれるほどになったとかな」

「その程度ですか。まあ田舎では情報が伝わりづらいですからね」


 聞いたのはウォルクさんからやけど、話すとややこしくなるので、言わんかった。


「剣術大会で優勝したランドルフさんは、はっきり言って納得していないようでした」

「なんでや?」

「レオさんが準決勝で卑怯な手で敗けてしまったからです」


 ああ、そういえばレオはランドルフよりも強かったな。


「卑怯な手? 何をされたんや?」

「簡単に言えば人質ですね。親戚の男の子を誘拐されたんですよ」

「……最低やな。それでどうしたんや?」

「ランドルフさんと僕で男の子を救出しましたけど、試合には間に合いませんでした。必要以上に痛めつけられたレオさんを見て、ランドルフさんは激怒しました。あんなに怒ったところは見たことありません」

「なるほど。まあ優勝したちゅうことはそういうことやろな」


 クラウスは「魔法大会は特に波乱は起こりませんでしたね」と穏やかに言うた。


「でもまさかデリアさんが合成魔法を使えるまでになったとは。魔法に関して言えば無双の世代でトップでしょうね」

「合成魔法か。あたしも今修行しとるで」


 あたしはクラウスに魔法を見せてみた。するとクラウスは目を丸くした。


「ほとんどできるじゃないですか。ああ、そうか風と水の二重属性でしたね」

「もしこの合成魔法があったら、エーミールは死なんで済んだかもな」

「それは流石に無理ですよ。高度な外科手術はできるかもしれませんけど、心臓を打ち抜かれたのですから」


 あたしは「そうかもしれんな」と言うて、薬湯を一口啜る。


「クラウス、あんたはどうなんや? 超理人と言われるくらいのことをしたんやろ?」

「ああ。宮廷料理人の四天王と戦い、総料理長との一騎打ちで勝利したんですよ」

「漫画か! なんで一人だけグルメ漫画になっとるんや!」


 クラウスは遠い目で「総料理長は手強かったですね」と感慨深そうに言うた。


「それで皇帝陛下から総料理長にならないか言われたんですけど、断りました。まだ僕の求める魔物料理は完成していませんから」

「まだ魔物料理を諦めてなかったんやな」

「当たり前です。既に五十の魔物の調理法を会得しました」


 無双の世代言うてもクラウスは別格やな。生きてる世界が違う感じや。健太のやっとったゲームで言うところのアナザーストーリーや。


「それとユーリさんにどうしても伝えないといけないことがあります」


 クラウスは今まで以上に真剣な顔で言うた。思わず背筋を正してしまう。


「あなたの妹エルザさんのことです」

「エルザ? エルザがどうしたんや?」

「彼女も魔法使いになります。ランクSです」


 言葉が出えへんかった。魔法使いになるっちゅうことは――


「……エルザも人殺しになるっちゅうことか?」

「そういうことになりますね。僕たちのように別の道を歩むことになれば、話は違いますが」


 そこで言葉を切って、そしてクラウスははっきりと言うた。


「エルザさんの属性は闇です。人間には珍しい、人を殺すための属性です」


 闇――光属性よりも珍しい、六属性の中で最も凶暴性のあるもんや。


「そうか……」

「ユーリさん、あなたの支えがエルザさんには必要です」


 クラウスは真摯な言葉であたしに訴える。


「あなたの父親ヨーゼフさんも母親のマーゴットさんも、気を配りましたがエルザさんは落ち込んでいます。できるなら今すぐ帰ってほしい」

「……それは分かる。でも村が――」

「村より家族ですよ。そう思いませんか?」


 クラウスの言うとおりや。村づくりより家族を大事にするのは人として当然かもしれん。

 せやけど、ここで村のみんなを見捨てるわけにもいかん。


「あまりこういうことを言うのは良くないと思いますが、所詮、アリマ村の人間はユーリさんと本来関わりのない山賊です。そこまで大事にする必要はないですよ」

「そないな言い方せんといて。やっと更生しようとしてるんや」

「……ユーリさん」


 あたしはどうしたらええか悩んだ。そして――


「みんなと話し合うてくる。あんたも来るか?」

「……分かりました。それがケジメですよね」


 そして数時間後、あたしの家に主要メンバーが集まった。

 ジンとセシール、ワールとエドガー、それにフローラやった。


「で、話ってなんですかい? 姐御」

「ちょっと待ってください。ユーリさん、姐御って呼ばれているんですか?」


 クラウスの驚く声を無視して「ワール。あたしちょっと家に帰らなあかんことになった」とずばり言い出した。


「おいおい。村づくりが佳境に入ろうとするときに、何言っているんだ?」


 ジンの呆れた声に全員が頷いた。あたしが説明しようとするとクラウスが「僕から説明しましょう」と話し出した。

 クラウスの説明を聞き終えたみんなは何を言うてええのか分からんようやった。


「そりゃあ家族のことは大事だけど、これから重要なところに差し掛かるのに、君が抜けたら危ういよ」


 エドガーの言うとおりやった。あたしは「そうやな……」と腕組みをした。


「村を取るか、家族を取るか。まあ決められないよな」


 セシールも同情するように言うた。

 重苦しい空気が漂う中、フローラが突然こう言い出したんや。


「それではユーリさんの家族を村に招くのはどうでしょうか?」


 フローラの言葉にみんなが呆気に取られた。そないな空気の中フローラは続けて言うた。


「うん。それがいいですよ。家族と一緒に居なくちゃいけない。村にも残らないといけない。それなら呼べばいいんです!」

「……案外それもええな」


 あたしはおかんの体調を考えて計算する。うん。初めてのお客様はあたしの家族がええな。


「よし。クラウス、あんたは三日の内にこのアリマ村のご当地料理を考えるんや!」

「ええ!? 本気ですか?」

「本気も本気。大マジや。それが終わったら家族連れてまた来るんや!」


 あたしはワールに向って言うた。


「ワール。旅館の完成はいつや?」

「後五日ぐらいですぜ。掃除に一日かけるので予備日を入れて七日は欲しいです」

「それなら間に合うやろ。クラウス、料理のレシピを書くのも忘れずにな」

「……いつもあなたはそうなんですね。分かりました。やりますよ!」


 あたしはテキパキと指示を出す。

 そうしながら、家族のことを思う。


「エルザ。不安に思わんでもええで。あたしがなんとかしたるから」


 そう決めたあたしに怖いもんはなかったんや。

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