第98話あらやだ! 村の名前を決めるわ!

「待ってほしい。いろいろと訊きたいことがある」


 高らかに宣言した後、エドガーが待ったをかけた。


「うん? エドガー、何かあるんか?」

「俺は村の住人じゃない、部外者だ。基本的にはユーリの決めることには反対しない。でも明らかに意図が分からないのは質問させてもらう。一応、この場に居る者の責務だと思うからね」


 まあ筋は通っとるな。あたしは「ええよ。なんでも聞いてや」と受け入れた。


「まずは農作物も採れない場所をどうして選んだのか。次に温泉とは何か。最後に黄色くて臭い粉は鉱毒ではないだろうか。とりあえず三つの疑問が出てきたから答えてほしい」


 流石商人なだけがあって、目聡いわ。いまいちぴんと来えへんジンとセシールは困惑しとる。フローラはエドガーに同調しとるみたいであたしの話を黙って聞こうとしとる。アルムも多少興味があるみたいやった。

 ロゼちゃんはなんちゅうか、あたしのことをめっちゃ期待しとるようで、目をキラキラさせてあたしの話を待っとった。


「そうやな。まず一つ目の問いと二つ目の問いを続けて言おうか」


 あたしは大学のときのプレゼンを思い出してた。そんとき同じクラスやった貴文さんが心配そうに見つめてたのも自然と思い出せた。


「農作物が採れへんのは、温泉が原因やな。それでも全く採れへん訳やないと思うけど、相性が悪い。それでその温泉やけど、簡単に言えば『身体に良いお湯』やな」


 そこまで言った後、エドガーは「なるほど。身体に良いお湯か」と少し考え込んだ。そして「……それが農作物がほとんど採れないデメリットをどう挽回するんだい?」と鋭く訊ねた。


「うーん。まあはっきり言うて人集めやな」

「人集め?」

「だって、人集めんと自然に村滅ぶやろ。村の住人、女がセシールしか居らんやろ」


 あたしの言うてることをエドガーは理解したようで「もしかして、身体に良いお湯で人を誘致して、女性を増やすのが目的なのか?」と言うた。


「そうや。ぶっちゃけ食料は金で買えばええ。でも人は金では買えん。いや、温泉で釣ってる感じはするけどな。でも温泉がきっかけで人が増えると思うねん。女性従業員も居らんとあかんし」

「ちょっと待ってくれ。女性従業員? 女性も働かせるつもりなのかい?」


 おっと。そうやな。まだこの世界には女性が働くという概念がなかったな。いつかのレストランの女主人は跡継ぎが居らんかったから、働いとったけど、基本的には居ないな。


「そうや。女性で暇な人間集めて、働かせる、きちんと給金出して。そんで山賊たちと結婚してくれたら、万々歳や」

「……具体的にどんな仕事をさせるんだい?」


 あたしは前世の記憶を引っ張り出した。


「まず宿の世話人やな。料理の仕度、宿の掃除と洗濯。それ以外に村で必要なもんの製造と特産物の販売をやってもらう」

「世話人って、もしかして夜の伽もさせるのか?」

「あほう。山賊と結婚させる言うてるやろ。それはなしや」


 そして最後にあたしはエドガーの三つ目の問いに答えた。


「最後の質問やけど、黄色くて臭い粉は硫黄や。口に含めば毒になる。でもそれ以外は害はない。というより硫黄のおかげで温泉ができるようなもんや」


 実際は少し違うけど、こう言っておけばええやろ。


「なるほど……考えてないようで考えているね」


 エドガーはそう言うてから「よし、分かった!」と手を叩いた。


「ユーリ、村の商人は誰も居ないだろう? なら俺が住んで商品の流通をしたい。良いだろうか?」


 あたしは間髪入れずに「ええよ。やってくれたらありがたいわ」と答えた。


「おいおい。そんな簡単に決めていいのかよ? そりゃあエドガーは信用できるけどよ」

「ジン。信用できるとか簡単に言うたらあかんわ」


 あたしはこの場に居る者に対してはっきり言うた。


「エドガーは自分の利益になると分かって申し出たんや。あたしは専属の商人が居ったら助かる思うて、受け入れたんや。でもな、上に立つ者は信用するんやなくてされる側にならんとあかんねん。ジンやって、この理屈は分かるやろ?」

「……まあ山賊の頭目だったからな」

「厳しいこと言うけど、エドガーが破産してもあたしは助けへん。逆に村がピンチになってもエドガーは自分の利益を超して助けへんやろ」


 するとフローラは「そうなんですか? エドガーさん」と訊ねた。するとエドガーは肩を竦めた。


「ユーリの言うとおりだ。俺は商人。利によって動く人間さ。あんまり信用しないでほしいね」

「でもまあ商人の腕は信用しとるわ。さて、他に聞きたいことあるか?」


 すると今まで黙っとったアルムが「身体に良いと聞くが」と静かに言うた。


「それは怪我に良いのか、それとも病気に良いのか?」

「それは調べてみんと分からん。温泉によっては効能が違うからな」

「……なんでそんなことを知っているんだ?」


 アルムはあたしを睨んどった。


「温泉などという言葉は聞いたことはない。しかも温泉によって効能が違うことも知らない。元魔法部隊の副長であるこの私ですら、知らなかったことだ」


 そしてアルムは核心を突く言葉を言うた。


「ユーリ、お前は何者なんだ? ただの子供ではないな」

「……じゃあなんやと思うんや?」


 アルムは沈黙してもうた。彼自身考えがまとまっとらん感じやな。

 セシールとフローラは不思議そうにあたしを見つめとる。

 空気が重くなっとるな。


「まあいいじゃありませんか。ユーリさんは平和の聖女。きっと神が使わした救世主なんですよ」


 するとロゼちゃんがぱあんと手を叩いて、重苦しい空気を取り払ってくれた。

 ……ていうか救世主ちゃうけど、かなり真実に近いことを言うたな。


「……そうですね。アスト公のおっしゃるとおりです。まさか子供なのに、私よりも年上に思えるのは、気のせいです」


 アルムも真実スレスレのことを言うた。ちょっと冷や汗かいてまう。


「さて、ユーリさん。村の土地を選んだ次に決めることがあります」

「うん? なんやロゼちゃん」


 ロゼちゃんはにっこり笑うて「村の名前ですよ!」と言うた。


「無難にユーリ村で良いんじゃないか?」


 ジンの言葉にセシールも「あたいもそれで良いと思うけど」と頷いた。


「いや、これ以上有名になりたくないわ」

「ではユーリさん。どんな名前がいいんですか?」


 フローラがそう言うたのであたしは少しの間、考えた。

 あかん。ええ名前が浮かばん。いっそオンセン村にするか、それとも……

 そしてパッと閃いた。


「そうやな、『アリマ村』なんてどうやろ」


 みんなアリマってどんな意味やろと考えて、沈黙してもうた。でも次にエドガーが「ああ、分かった」と頷いた。


「六英雄、聖女の本名マリアをひっくり返したんだね」


 するとセシールは「なんだい、結局聖女に憧れてるんじゃないか」とにやっと笑った。

 フローラも「意外と照れ屋なんですね」と笑った。


「いや、そないなつもりは――」

「そうだな。聖女の名前は恐れ多くて使えないな。よし、村の名前はアリマ村で決定だ」


 ジンの言葉にみんな頷いてもうた。

 あたしは否定するのも馬鹿らしいので、それでええかと思うた。

 アリマちゅう名前を選んだ理由。

 それは貴文さんのおとんとおかんの住んどるところで、よく家族と一緒に温泉入った、思い出の地やったからや。

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