第十三章 開拓編
第97話あらやだ! 村を作るわ!
ロゼちゃんに会うまで、かなり時間がかかってもうて、闇の月を少し過ぎてからになってしもうた。
それにはいろいろ理由があったんや。山賊たちの更生、被害を被った村々への謝罪。そして賠償。賠償言うてもすぐに盗んだ金は無くなってしもうたから、代わりに無償で村での労働をした。それだけでは日々の生活が成り立たんので、商人と契約してアルムのように護り手として山道の行き帰りを守っていた。まあ言うなら真っ当な金を稼いだりしてたんやな。
そのおかげでフクルー村や近隣の村からはある程度の信用を築けていた。たとえば村の労働をしとる山賊が村人からお昼ご飯を貰うたり、守っとる荷馬車の商人たちと談笑したりする光景も何度か見た。
それもジンがなるべく人を殺さんようにしてくれたからやろ。そう言うたら「いや、姐御が頭目になったおかげですぜ」といつの間にか敬語になっとるワールが言うた。
「うん? どういうこっちゃ?」
「世間では有名ですぜ。『平和の聖女のユーリが山賊を教化して、慈善活動に勤しんでいる』って。半信半疑だった連中も、村で働く山賊たちを見て、びっくりしてますよ」
「うーん、なるべくあたしは前に出とうないんやけどな」
だって、ヴォルモーデン家の追っ手が来るかもしれへんし。
「村の連中に信用されたのも、姐御の名声のおかげでもありますよ」
「そうか? ならええか。信用や信頼は金では買えへんからな」
また、ロゼちゃんのところに行けへんかったのは、セシールの治療とリハビリもあったからや。
「いってええ! もっと優しくしてくれよ!」
「ああ、堪忍やで。でも早く動けるようになりたいんやろ? 我慢や我慢」
セシールはよう頑張ってくれた。そのおかげで歩けるようになったんや。でも脚の踏ん張りが効かんから武器は使えへんやろ。精々日常生活が不便にならん程度や。
それでも、生きてくれたことに感謝したい。あんな凄惨な治療をして、生き残れたんは元々の体力があったからやろな。
さて。セシールも順調に回復したので、そろそろロゼちゃんの元へ向かうことになった。
メンバーは以下のとおり。
あたし、ジン、セシール、フローラ、そしてアルムの五人や。
それをフクルー村の空き家で発表したんやけど――
「おい。ユーリ。どうしてこいつと一緒に行かないといけないんだ」
ワールと違うて、すっかり元のタメ口になっとるジン。あたしが敬語を止めてくれやと言うたので、そこは問題はない。問題があるとすれば、ジンのアルムに対しての悪感情やろか。
娘を殺しかけた相手や。当然の反応やけどな。
「こっちだって不本意だ。どうして私も王女さまの元へ向かわねばならない?」
ジンを睨むアルム。ジンも睨んどるから、睨みあう形になるな。
セシールとフローラは不安そうにこっちを見とる。
ワールは事前にあたしが説明したから余裕があるけど、一触即発な二人を見てちょっとだけ焦っとる。
「アルムはアストの人間に知られとるし、何よりこれから教えてほしいこともあるんや」
「教えてほしいこと? なんだそれは?」
アルムの疑問にあたしは「魔法の組み合わせや」とはっきりと答えた。
「アイディアはいくつかあるんやけど、実際、どうしたらええのか分からん。せやから先達のあんたに教えてもらおうと思うてな」
「……そんな義理はない」
「義理は無くとも恩はあるやろ」
あたしはあんま使いたくないことを使うた。
「あんたの上司、タイガを助けた恩を返してもらおう」
「……それを引き合いに出すのか」
「ほんまのこと言うと、その恩のせいであたしとジンとの勝負、全然身が入らんかったんやろ」
アルムは答えずに沈黙してもうた。でもそれが何よりの答えやった。
「そうやな。もしあたしの魔法の組み合わせに成功したら、あんたともう一度だけ戦ったげるで。恩も帳消しされるから本気出せるやろ」
「いいのか? 今度こそ殺すつもりで戦うぞ?」
「構わへんわ。ほんなら取引成立やな」
ジンはこのやりとりを見とるだけやった。でも納得はせえへんかったけど、無理矢理飲みこむことにしたらしい。顔を背けたまま、何も言わへんかった。
「他に質問あるか?」
「どうしてあたいたちも連れていくんだい? 怪我人と世間知らずのお嬢様だ。足手まといになるんじゃないか?」
セシールの言葉にフローラも頷く。
「セシールの怪我はほとんど治っとる。後は歩くだけや。それならアストの首都、サンドロスまでの道のりはそないきつくないし、それにあたしが一緒に居らんとリハビリの進度も分からんやろ」
「まあ、そうだけどよ……」
「フローラの理由は単純や。あんた、旅したい言うてたな。なら一緒に旅しようや」
フローラは大きく目を見開いて「ほ、本当にいいんですか?」と驚いとった。あたしはにっこりと笑うた。
「あはは。このメンバーなら危険なこともないやろ。さて。山賊たちの指揮監督はワールに任す。ええな?」
「分かりましたぜ。姐御」
というわけで次の日の朝に出発したんやけど、もう一人同行者が居った。エドガーやった。
「水臭いじゃないか。俺も一緒に行くよ」
「まあええけど、商売のほうは大丈夫なんか?」
「フクルー村にはもう納品したし、アスト公にお会いできる機会なんてないしね。人脈を広げれば、商売も広がる」
「あはは。目聡いなあ」
こうして六人でサンドロスまで向かうことになった。道中、魔物に襲われたりしたけど、ジンやアルムが撃退してくれたので、大事無かった。
「こんなに世界は広いんですね! 感動です!」
フローラは見たこともない外の光景に感動しとった。村長さんを説得した甲斐があったちゅうもんや。
サンドロスに着いて、一先ず一泊した後、アスト公の居る館まで向かった。王城にはもう住んでへんらしい。王城から北の館にロゼちゃんが住んでて、執務を取っているらしいとアルムが聞き出したから行くことにした。
館は王城より小さかったけど、結構豪華やった。
門に近づくと衛兵が「止まれ!」と大声で怒鳴った。
「ここはアスト公の館である! そなたらは何者か!」
結構教育が行き届いとるな。やっぱ衛兵は威厳がないとあかんわ。
「あたしはユーリ。ロゼちゃんに会いにきたんや」
名と用件と告げると衛兵は「ユーリ? ろ、ロゼちゃん!?」と軽く混乱した。
「あ、アスト公をそのように……待て、あ、あなたは、平和の聖女か!?」
「あー、まあそうやな。世間からはそう言われとる」
何遍言われても慣れへんし、照れてまうわ。平和の聖女ちゅう二つ名。
衛兵はびしっと背筋を正し「しばしお待ち願いたい!」と言うて館の中に入っていった。
「流石、平和の聖女だな」
「……認めたくないものだ。平和の聖女の名を」
「すげえなあ平和の聖女」
「憧れますね、平和の聖女」
「商売に利用できないかな。平和の聖女の名声」
「そないに平和の聖女言うな! 恥ずかしいやろ!」
あたしが恥ずがしがっとるのを知ってわざとやっとるな。
衛兵が戻ってきたと思うたら、なんや気弱そうなおっさんが来た。五十代くらいの金髪のおっさんや。
「き、君が平和の聖女か? こんな子供だったのか!?」
「失礼やな。ま、世間が言うてるだけで、あたしは一度も名乗ったことないけどな」
気弱なおっさんは「し、失礼した……」と言うて、ハンカチで汗を拭いた。
「わ、私は、ウォルク・フォン・タックフォードという。内政官でアスト公の補佐をしているものだ」
「結構偉いさんやな。それで、ロゼちゃんには会えるんか?」
「ほ、本来なら急な訪問客は断るが……君は特別だ。アスト公は是非お会いしたいと」
よっしゃ。これでようやく村おこしの話ができるわ。
「……本当にあんたは凄いんだな、ユーリ」
「セシール。あたしは何も偉ないで?」
「やめてくれよ謙遜は……あたいも敬語使ったほうがいいかな?」
「それこそやめや。気恥ずかしいわ」
館の中に入ると奢侈品が多かった。流石アスト公の住む館やな。
「……そちらの方々は誰かな? アルムのことは知っているが」
ウォルクさんがちらちら見ながら言うてきた。あたしは「山賊とその娘と村長のお嬢様と商人やで」と簡単な説明をした。
「随分ユニークなメンバーだね……しかし『無双の世代』は居ないのかい?」
「はあ? 『無双の世代』? なんやそれ」
ウォルクさんは「知らないのか?」と不思議そうに言うた。
「ユーリ、ランドルフ、イレーネ、デリア、そしてクラウス。この五人を『無双の世代』と世間では呼んでいる。有名だよ」
「……どないなっとるんや?」
「詳しい説明はアスト公から聞いてほしい」
疑問が残ってるけど、とりあえずはロゼちゃんに会うことが先やな。
「ここがアスト公の部屋だ。くれぐれも粗相のないように」
「父さん。気をつけてね?」
「……娘に注意されるのってきついな」
中に入ると本棚だらけで、真正面にお人形さんのように机に座っとるロゼちゃんが居った。
「おー、ロゼちゃん。久しぶりやな」
「あ、ユーリさん。久しぶりですね!」
ロゼちゃんは机から離れて、あたしのもとに駆け寄って、頭を下げるという、なんと王族にあるまじきことをしたんや。
「あなたのおかげでお兄様とお父様は助かりました。本当にありがとうございます」
「別にええで。頭を上げや」
しかし一年くらいに見るロゼちゃんは結構成長しとった。まあこの歳の女の子の成長は早いからなあ。
「まさか『無双の世代』の筆頭にまた会えるなんて、思わなかったです」
「その『無双の世代』ってなんやねん」
「知らないんですか? 北の大陸で初めて行なわれた剣術大会で優勝した『魔法剣豪』のランドルフさん、数々の調理法を作り出した『超理人』のクラウスさん、同じく行なわれた魔法大会で一位になった『爆撃魔女』のデリアさん。そして惜しくも二位になり、現在ソクラの親衛騎士団の候補生になっている『不屈の魔法使い』のイレーネさん。みなさんのことを『無双の世代』って言うんですよ!」
物凄く興奮しとるロゼちゃん。しかしまあ、他の皆も頑張っとるんやな。こりゃあ負けてやれへんわ。
ふと後ろを振り向くとあたしとロゼちゃんの会話を聞いて驚いとるみんなが居った。
「……平和の聖女、恐るべし」
エドガーの言葉に皆が頷いた。そんな恐い女ちゃうわ!
「それで、どのような用件で、ここに来ましたか?」
「うん? ああ、実は――」
あたしは今までの経緯を話した。するとロゼちゃんは「素晴らしいですね!」と目を輝かせた。
「まるで御伽噺の騎士さんみたいですね! それで、村になりそうな土地と許可を得にきたんですね!」
「いや、それに加えて、山賊たちの罪を無くしてほしい。ちゃんと被害に遭った村に補填するから」
するとジンは「お、おい。そんなことできるわけが……」と言いかけたのをロゼちゃんは「もちろんいいですよ!」と元気よく言うた。
「被害の内訳は?」
「殺しはしとらん。被害に遭うた村への賠償は六割済んどる」
「ウォルクさん。直ちに自警隊に通達を。それから被害に遭った村に公庫から補償してください」
「はっ。かしこまりました」
「これで問題ないですね。そこの山賊さん。二度と悪いことしないでくださいね」
ジンは呆然としながらも「はい、分かりました……」とだけ言うた。
「それで村ですけど、どこがいいですか?」
「フクルー村近くでええ土地ないん?」
「そうですね……地図を見てください」
ロゼちゃんは地図を広げた。そして次から次へと説明をし始めた。
「ここは荒地が多いですけど、農作物は育ちます。しかし交通の便が整っていませんね」
「なるほどなあ。ここはどうや?」
「森林地帯ですので、土地を拓くには時間がかかりますね」
あれやこれや言うてると、目に止まった場所があった。
「ここは広そうやな。でもどうしてここには村がないんや?」
ロゼちゃんは「ここですか……」とちょっと険しい顔になった。
「ここは掘ると熱いお湯が出たり、黄色くて臭い粉しか取れなかったり、農作物もほとんと採れないんですよ。交通の便は良いのですが」
熱いお湯? 黄色い粉……まさか、硫黄の温泉か!?
「そこや! そこの土地をくれや!」
その話を聞いていたエドガーとフローラ、そしてセシールが一斉に「な、なんで!?」と口を揃えて言うた。
「……交通の便しか利点はないけど」
「それがええんや! あたしには見えた、見えたで!」
エドガーの反対の声にあたしは真っ向から言うた。
「ええか、この土地はいずれ凄いことになるんや。エドガー、あたしを信じるんや!」
ロゼちゃんは「分かりました。ではこの土地にしましょう」とにっこり笑った。
「どういう意図があるのか分かりませんけど、ユーリさんなら任せられます」
「おおきに! それじゃあみんな、あたしの計画を聞いてや」
あたしはみんなに向かって宣言した。
「湧き出る温泉使こうて、村おこしするで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます