第93話あらやだ! 砂の騎士だわ!
東にずっと行った街道だけしか聞かんかったけど、すぐにジンの居る場所が分かった。
戦闘らしき音がダダンと響いとる。昼間を過ぎた時刻やのに、まるで星が瞬くように空がキラキラ輝いとる。おそらくジンではなく、赤髪の魔法使いの仕業やな。
「あのあほ! あんたは人を殺さん言うてたやないか! なんでや!」
理由は分かるけど、愚痴を零さずにいられへんかった。
音のするほうへ走って――ようやく見つけた。
ジンは身体中から血を流して、片膝をついとった。
そしてジンが睨んどる先に、赤髪の魔法使いが居った。
赤髪の魔法使い――歳は三十半ば。背は高くもなく低くもない。黒くて長いローブを纏っとる。鋭い目。多分何度か修羅場を通っとるような。左腕を怪我しとる。おそらくは火傷やろ。ジンの攻撃を数発食らっとるのはローブの痛み具合で分かった。
「なかなかしぶといな。だがこれで終わりだ」
右手を挙げて、周りの土を操り、巨大な岩を作る。土属性の攻撃や。
「頭目! 逃げてくれ!」
「流石のあんたでも、怪我どころじゃ済まされねえ!」
周りには山賊たちが居った。およそ十数人。多分、荷馬車を逃がさんためやろ。そして頭目がやられてるのに手え出さへんのは、ジンが出すな言うたからやろ。
当のジンは目を瞑って最後の瞬間を待っとる。もう諦めてしもうたみたいや。
――ふざけんな。
「なああに、諦めとるんやあああああああああああ! 立たんかジン!」
潔い姿はエーミールだけで十分や! あたしは大声をあげて、戦いの場に乱入した。
「ユーリ……! どうしてここが……?」
「あほ! なんでそないなこと、しとるんや! 復讐なんてくだらんことすな!」
あたしはずかずか近づいて、思いっきりジンの頬を叩いてやった。
叩かれたジンは呆然としとる。
あたしは今度、赤髪の魔法使いに向かって言うた。
「もう堪忍したってください! 後で必ず説教しますから!」
頭を下げて、敵意のないことを示す。すると赤髪の魔法使いは罰の悪そうに「いや、もうこちらを襲わなければそれでいい」と言うてくれた。
「ほんまか? あー、良かった。そんじゃ帰るで」
「帰れるわけねえだろ……まだ終わってねえ……」
せっかくあたしが場を収めたのに、闘志むき出しで立とうとするジンに今度はこめかみに向かって蹴りを入れてやる。
不意を突かれたせいか、それとも体力の限界やったのか、その場で気絶してもうた。
「頭目! 大丈夫ですか!?」
「えっと。あんたら、さっさとアジトに連れて行き。あたしはこの人と話をつけるから」
山賊の何人かでジンを運んでいく。あたしは残りの山賊たちが見守る中で、赤髪の魔法使いと話をすることにした。
「えっと、初めましてやな。あたしはユーリや」
「ユーリ? ……私はアルム・フォン・ボルファイア。元アスト王国魔法部隊副長だ。今はこうして荷馬車の護衛などを請け負う『護り手』だ」
護り手ちゅうのはいわゆるボディーガードのことやな。
いやそれよりも聞き捨てならんことを言うたな。
「魔法部隊の副長? なんで護り手をしとるん? 確か魔法部隊のほとんどはソクラ帝国に引き抜かれたって聞いたで?」
「そのほとんどに『私』は含まれていない。自ら辞退したのだ」
「なんでや? ソクラ帝国やったら好待遇で――」
アルムは「そんなものに興味はない」とばっさり言い切った。
「アストを守る。ただそれだけしか、興味はない」
そしてアルムはあたしに向かってこう言うた。
「ゆえにアスト王国を降伏させたユーリ。あなたを許すわけにはいかない」
ハッとして後方に下がる。ズドンっと音が響いたと思うたら、さっきまで居た場所に土の弾丸が突き刺さっとった。
「な、なにすんねん!」
「良い反応だ。だが次は避けれるかな?」
そういえば土と風を操るってセシール言うてたな……
「ちょっと待ってや! あたしはあんたと戦う理由ないで!?」
「私にはある……だが、お前に恩がないわけでもない」
アルムは右手を下ろして、あたしに向かって言うた。
「タイガ大将の処刑を止めてくれたこと。加えてジンという山賊の頭目を殺さずに居られたこと。ならば戦いをやめる理由はあると言える」
「せやろ? そんなら戦う――」
「しかしそれに勝る理由はある」
アルムは鋭い目であたしを睨んだ。
「山賊に肩入れするような平和の聖女など恥だ。そしてそんな汚らわしい聖女がアストを降伏させたのは許しがたいことだ」
「……結局、アストを降伏させたことが理由なんか?」
あたしはできるなら戦いとうないけど、いざとなったら戦うほか無いなと思うた。
「ていうか、あんたセシールやったやないか。それに関してはどう思うんや?」
「……咄嗟だった。言い訳をするならそれだ」
そして続けてこう言うたんや。
「しかし大怪我を負わせたのは私だ。ジン、と言ったか、彼の正当なる復讐の理由にはなるな。しかし相手は山賊。それにこの件とお前は関係ない」
関係なくない、と言いかけたんやけど何かが引っかかった。
なんやろ、この違和感。
「それに五体満足であるならば、その復讐も薄くなるな」
その言葉で、あたしは閃いたんや。
「……なんでセシールが生きとることを知っとるんや? しかも五体満足で」
アルムは一瞬だけ動揺したけど、上手く隠した。
でも一瞬の動揺をあたしは見逃さへんかった。
「あたしは一言もセシールが生きとる言うてない。おそらくジンも言うてないやろ。普通なら死んでもおかしない、あの大怪我やのに、どうして生きとるって確信したんや?」
アルムは沈黙したままやった。
「じゃあなんで……見張ってたんやな? ずっとアジトか山賊たちを!」
その言葉に山賊たちはどよめいた。
「もしそうなら……見張っとるなら、荷馬車が襲われるのも知っとるから、迂回することもできる。せやのに、なんで……」
そしてまた思い出した。
山賊が来たっちゅうのに、動揺もせえへん、村長。
まさか――
「セシールが危ない!」
そもそも、こんだけ時間が経っとるのに、セシールを抱えた山賊が来えへんのもおかしい!
あたしは踵を返して、行こうとする――
「悪いが、行かせるわけにはいかないな」
後ろから土の弾丸が降ってきて、あたしの左肩に当たる。そのせいで転んでもうて、地面に倒れてまう。
「痛いわ! なにすんねん!」
「フクルー村には行かせない。お前はここで足止めさせてもらう」
その宣言をしたと同時にアルムの前に人型の何かが生まれようとしとる。
「土と風の二重属性の私が開発した、新たな魔法だ。いでよ、サンド・ナイツ」
言葉どおりに生まれるのは、砂の騎士たち。それに一体ではなく――九体。
「さて。お前はこの魔法から逃げられるかな?」
……腹をくくるしかないみたいやな。
あたしは迫り来る騎士たちを前に、グッと拳を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます