第92話あらやだ! フクルー村に帰るわ!
「どや? 身体の具合は?」
「まだ痛みはあるけど、昨日よりマシだわね」
あれから四日経過した。三日間ほど高熱を出したセシールやったけど、今朝になるとこうして話せるようになった。
セシールはジンとあまり似てへんかった。茶髪で短髪。綺麗な顔立ち。多分母親似やろ。すらりとしたスレンダーで、山賊ちゅうより女騎士に近い気品を感じた。
「まだ痛むんか。ほら、山賊たちが持ってきよった痛み止めを飲み。それから包帯の交換と傷口の洗浄するで」
「ありがと。でもあんたもよくやるわね。見ず知らずの人間の世話をするなんて」
「あんたかて、見ず知らずの人間に下の世話されて、嫌やろ?」
「嫌だけどさ。女はあたい以外にいないし、あんたに任せるしかないさ」
蓮っ葉な喋り方をするセシール。なんや名前と違うて男勝りやな。まあ、山賊に育てられたんやから、しゃーないか。
手早く処置を終えたあたしは「もうすぐ抜糸するで。それが終わったらリハビリや」と言うて、その場を後にする。着替えを洗わんといかんし、食事の用意もせなあかん。
「ねえ。どうしてあたいを助けたんだい?」
「あ? そらあんたのおとんに頼まれたからや」
「違うでしょ。さっき父さんに会ったとき、あんたから言い出したって聞いたよ」
「そやったっけ? まあええやろ」
誤魔化すつもりはなかったけど、やることが多かったので、そないな言い方をしてまうとセシールは「何が狙いか分かんないけど、あんたはお人よしなんだね」と厳しく言うた。
「何の見返りもなく、善意で人を助けようだなんて、このご時勢でなんて酔狂なんだか」
「あはは。確かにな。そうかもしれんな」
あたしはセシールに向かって言うた。
「荷馬車を襲うような悪人なんて死んだほうが世のため人のためかもしれん。でもな、それでもあたしは助けたいねん」
「……なんで?」
「だって、あんたが生きたい言うたからや。その思いに応えるんは当然やろ?」
我ながらなんちゅうシンプルな言葉や。唖然とするセシールにあたしは「飯作ってくるわ」と部屋から出た。セシールは何か言いたげやったけど、敢えて聞かんことにした。
台所に向かうとそこにはジンが居った。
「なんや自分、娘さんのとこにいかんのか?」
「ちょっとお前と話がしたくてな」
何やら真剣な表情やった。あたしは「ええけど、食事作りながらになるで?」と断りを入れて、料理を作る。お粥が一番ええけど、米に似た種類はエルフの国にしかあらへん。しゃーないから麦粥を作ることにした。
「どうして娘を助けた?」
「まだ助かったわけやない。峠は越えたけど、いつ感染症やら破傷風やらで死んでもおかしゅうないんや」
「それを踏まえたうえで訊いているんだ。山賊の娘をどうして助けようと思うんだ?」
ジンはあたしを睨んどった。
「昨日はお前に見張りを付けなかった。むしろ逃げられる状態にした。でもお前は逃げようともしなかった」
「それは気がつかへんかったわ。やっとセシールの意識が戻ったところやったからな」
「ふざけるな。お前なら気づいていたはずだ」
ほんまに気づかへんかったんやけど、敢えて何も言わんかった。
「何か目的があるのか? 宝が目当てか?」
「なんで親子で人の善意を信じられへんの?」
とろとろに煮込んだ麦粥を一口含む。離乳食に近いけど、まあそんぐらいがええやろ。
「あんたかて、人は殺さへんのやろ?」
「まあな。それがどうしたんだ?」
「それと同じや。あたしは目の前で死にかけとる人は見捨てへん。それだけや」
あたしは麦粥を鍋から食器に移して盆に載せて、セシールの部屋に向かう。
「言っておくけど、もう娘さんは山賊できひんで。歩くのが精一杯や」
「……そうか」
「でもまあ、リハビリ頑張れば、なんとかなるかもな」
ジンの顔を見ずにその横を通った。
あたしはまだ、二人からありがとうとお礼を言われてなかった。
でもあんな手術したから、当然やけどな。
そして――さらに三日後。
治療魔法を段階的にかけたおかげで、右腕の矢傷はほとんど治った。抜糸もしたし、これでようやく危険は乗り越えた。
左足を動かすことはまだできひんけど、命に関わることはない。
せやから、あたしはジンとセシールに告げたんや。
「フクルー村に病人残しとるから、見に行きたい。元気やと分かったら、またこっちに戻るから、山賊の何人か、案内でくれや」
セシールは「その間の世話は誰がやるんだ?」と基本的なことを訊いてきた。
「まだ動けないからトイレとかやってほしいんだけど」
「ジンが居るやろ。やり方は教えるから」
「父さんにできると思うの?」
それもそうやな。そこであたしは考えを変えることにした。
「じゃあセシールも村に連れていくわ」
「……動けないのにどうやって連れていくのよ?」
「山賊で木工大工が得意な輩に五日前から作らせたもんがあんねん」
あたしは「おう! 持ってきてや!」と言うて山賊を呼んだ。
「へい。こちらが言われたもんになります」
三人の山賊が部屋に運び入れたもんは、輿やった。それでも寝ていても大丈夫なようにベッドを担ぐみたいな輿にした。
「ほんまは車椅子にしたかったんやけどな。山道やと振動激しいし、作るの難そうやったから、こないにした」
「始めっから連れていくつもりだったの?」
「いや。でも外の景色も見たいやろと思うてな。ま、ちょうどええわ。ジン、娘さんを連れていくけどええな?」
ジンは「……いつから部下を勝手に使ってたんだ?」と怪訝そうに言うた。すると山賊の一人が「えっ? 頭目から許可出てたんじゃないんですかい?」と驚いとった。
「てっきりあっしたちは……ユーリさん、そういうことは言ってくれないと」
「ええやんか。あんたら、ええ仕事したで!」
あたしが手放しに褒めると山賊たちは顔を見合わせて照れてもうた。
「そんじゃフクルー村まで行ってくるで」
「山賊のあたいが村に入っていいの?」
「知らん。ま、一応村長さんに言うておくわ」
そないわけであたしとセシールはフクルー村に行くことになった。
でもジンの様子が気にかかった。心ここにあらず言うか、何かを考えとるような。
フクルー村への先導は以前、あたしの乗ってた馬車を襲った山賊――ジンがワールと言うてた――と他四人で、そのワールが開口一番に「お嬢を救ってくださって、ありがとうございます!」と頭を下げた。
「別にええで。なんやセシール。あんた意外と大事にされとるやん」
「意外ってなんなのさ。これでも人望あるんだ」
「おっしゃるとおりで。お嬢は新参者にも古株にも優しい人なんです」
ワールの言葉にセシールは「そんなことを言うな。良い人みたいに思われるだろ」と顔を背けた。
「お嬢は頭目に似て、腕が確かで。『疾風のセシール』と言われたほどです」
「……今はもう、遠い過去さ。もう素早く走れないしさ」
ワールはしもうたちゅう顔しとる。あたしは「リハビリ頑張ればなんとかなるかもしれへんで」とわざと明るく言うた。
「血反吐吐く覚悟があれば、の話やけどな」
「あんな痛い思いしたんだ。覚悟はとうにできてるよ」
「でも二つ名があるくらい速くて強いのに、どないな相手があんたをそこまでにしたんや?」
「多分、魔法使いだと思う。あんたと同じ赤髪で風と土を操るやつさ」
二重属性、いや複数属性かもしれん。
「矢傷もその人が?」
「いや、別の人間さ。たまたま当たったんだ。それに気を取られて、土の塊に脚をやられた」
ふうん。なるほど。できれば会いたないなあ。山賊の治療をしたちゅうと何かと面倒やし、人に対して大怪我もしくは殺すまでする人間は容赦ないからな。
「多分、父さんでも勝てない気がする」
その言葉があたしの耳に残ったんや。
フクルー村に入ったはええけど、あたしを歓迎するのと山賊を忌避するのとで半々の空気が流れとった。この様子やと村のお嬢様は助かったようやな。
「ユーリさん、いやユーリ殿。あなたにはお礼を言わねばいけませんが、この方々は一体なんでしょうか?」
おそらく村人に言われてきた村長さんも困惑しとる。
「山賊や。故あって山賊も助けることになったんやけど、お嬢様は大丈夫か?」
「ええ。特効薬を飲んだら、元気になりました。あなた様のおかげです」
深く頭を下げる村長さんに「お礼なんてええで」と軽く手を振った。
「それよりもこの娘の治療したいから、なんか空いている部屋あるか?」
「ちょうど空き家が一軒あります。そこでしたら……」
「おお、ありがとうな。借りるで。後でお嬢様の様子見に行くわ」
もうちょっとフクルー村の人らがセシールのことをなんか言うてくるかと思うたけど拍子抜けやった。そんでセシールを空き家で休ませてから、屋敷に行ったけど、お嬢様はぴんぴんしとった。
「ありがとうございますわ。ユーリ様」
おお、お嬢様やな。デリアよりもお嬢様っぽいわ。
「わたくし、フローラといいます。このたびは――」
「ああ、挨拶はええねん。診断するわ」
フローラは子供やと思うたけど、なんと十五才であたしより年上やった。長くて美しい髪の持ち主やった。
「村のお医者さんは驚いていましたわ。特効薬を作るのは難しいはずなのに、エドガーさんのような素人でも作れる調合法がメモに書かれていたのですから」
「うん? まあほとんどの医者は目分量やしな。比率も知らんやろ」
フローラは「まだお若いのに、凄いですね」とにっこり微笑んだ。
「わたくし。このような身体なので、どうも父に心配をかけてしまって……」
「まあ心配するんは親の仕事やからな」
「ユーリ様のご両親は、旅に出ることを承諾されました?」
「いや、黙って出て行った……はい、背中向けて、あー言うて」
聴診器なんてあらへんから、ガラスのコップを背中に当てて、音の振動で確かめる。
……ま、問題ないやろ。
「まさか、家出ですか?」
「まあそれになるのかな? 別に喧嘩したちゅうわけやないけど」
フローラは「ちょっと羨ましいです」と儚げに笑った。
「わたくしも旅をしたいです」
あたしは「そないええもんでもないで」と言おうとして、それでも夢壊すわけにはいかんから「ま、いずれ親説得して旅出たらええわ」とにっこり笑った。
「そういえばユーリ様は――」
「様なんていらんよ。ユーリでええ」
「命の恩人にそれはできませんわ」
そんなやりとりをしてから、あたしは屋敷を出た。
そうや。空き家に行く前にエドガーおらんか探そうと村をうろうろしとると――
「た、大変だ! ユーリさん、大変だ!」
山賊らしき男がこっちに来た。よく見ると木工大工が得意な山賊の一人やった。
「どないしたんや?」
「頭目が、一人で、お嬢に大怪我負わせた魔法使いに挑むって! いや、戦っているかもしれない!」
「なんやて!?」
山賊は「お嬢に知らせないといけねえ!」と焦っとった。
「頭目の怒りを止められるのは、お嬢しかいねえ!」
「ジンは今、どこにおるんや!」
「こ、ここから東にずっと行った街道です! 見張ってた山賊が頭目に知らせたんでさあ!」
あたしは居ても立っても居られずに東に向かうことにした。
「あんたはセシールに知らせ! あたしは止めに行く!」
返事を待たずに、あたしは走り出した。
あのあほ、復讐なんて考えよって!
説教せなあかんな!
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