第91話あらやだ! 手術するわ!

「なあ。治療魔法でセシールを助けられるのか?」

「怪我の度合いによるけどな。ちゅうかそもそも治療魔法ってどないなもんか、あんたは知っとるのか? ジン」


 山中を駆けながらジンと会話をする。さっきまでの闘いを楽しむ男ではなく、娘の心配をしとる父親になってもうた。

 それとエドガーは納得してへんかったけど、最後は分かってくれたみたいで、山賊たちを伴って下山した。


「治療魔法ってのは、切り傷や打ち身を治す程度しか分からねえ。それと体力の回復魔法か?」

「まあそうやな。その認識で構わへん。実際そのとおりやからな」


 あたしはジンに対して治療魔法のことを包み隠さずに言うた。


「治療魔法ははっきり言うてしまえば『皮膚の再生促進』もしくは『活性化』しか役に立たん」

「皮膚の再生促進? なんだそりゃ?」

「日に焼けたら、皮が向けるやろ? つまり古い皮から新しい皮になるのを助けるんや。つまり切り傷が治るのは皮膚が生まれ変わっとるからや」


 これは素人に向けた説明やから、厳密に言うと正しくはない。そもそも『細胞』ちゅう概念がまだ生まれとらんこの世界の住人に理解はできひんねん。


「火傷もそう。打ち身もそう。そして止血もその原理でできとんのや」

「じゃあ骨折とか肉まで達した怪我は治せないのか?」

「そのとおりや。せやからあたしは医学も学んどる。治療魔法と体力の回復魔法だけでは限界があるからな」


 ジンは不安そうに「今セシールは死にかけている」と呟いた。


「本当に大丈夫なのか? 皮膚しか治せないんだろう?」

「怪我の具合を見いひんと分からんな」


 不意にジンが立ち止まった。あたしも足を止める。


「娘は……セシールは俺の宝物だ。大事な大事な娘だ。もし、助けられなかったら――」

「そんときは煮るなり焼くなり好きにせえや」


 真っ直ぐ視線を向けるとジンは黙ったまま、あたしを睨んで、それから再び走り始めた。

 あたしは嘘を言うたつもりはない。

 もし助けられへんかったら。

 エーミールのように死んでもうたら。

 あたしは何も救えへん人間になってまう。

 それは死んだのと同じや。


 山賊のアジトは洞穴やけど、セシールが運ばれたんは普段頭目が使うてる屋敷やった。

 ま、洞穴よりはマシやな。


「頭目! こっちです! 急いでください!」


 最初に知らせに来た山賊が先導して、セシールが寝とる部屋に向かう。

 そこで見たんは、悲惨な状態のセシールやった。

 頭と左腕には包帯。右腕には矢が突きささっとる。でも一番酷いのは左足やった。明らかに明後日の方向に足が曲がっとった。

 呼吸が荒い。顔も血だらけで分かりにくいけど、上気しとる。


「セシール……セシール!!」


 ジンが駆け寄ろうとしたんを後ろから首根っこを掴んで、背中から引き落とした。どたんと大きな音が響く。


「いってえ……何すん――」

「全員、この場に居るもんは治療の手伝いや! まずは身なりを整える! 清潔な服に着替え! それからお湯と桶、それから強い酒持って来いや!」


 あたしの大声に全員驚いたようやけど、すぐさま行動を開始した。


「窓を閉め! セシールの傍に近寄るときは必ず口に布を巻いて、綺麗に手を洗うこと! 布は鼻まで覆うんや!」


 右往左往しながら言われたとおりにする山賊たち。あたしは山道で汚れたローブを脱ぎ捨てる。

 そして山賊が持ってきた綺麗な服に着替えた。


「ジン。あんたも手伝ってもらうで」

「あ、ああ。娘が助かるなら、なんでもする!」

「なら一言言うておくで」


 あたしは既に覚悟を決めとった。どないな覚悟やて? 決まっとるわ。鬼とか悪魔とか言われる覚悟や。


「絶対に気絶するな。それと皆に言うとく。吐くなら外で吐くんやで! この部屋で吐いたらあかん!」


 ジンと山賊たちはあたしが何をするのか、分からんようやった。

 あたしはセシールの枕元に寄った。どうやら意識はあるみたいや。

 セシールは十六か十七、高校生くらいの年齢の女の子や。まだまだこれから楽しいことがある、年齢やった。


「セシール。あたしの名はユーリや。分かるか?」

「……なんとか、分かるよ……」


 よし。意識ははっきりしとる。


「あんたには三つの選択肢がある。一つはこのまま楽に死ぬこと」


 そう言った瞬間、ジンが「おいふざけるな!」と大声で喚いた。


「そんなことしてみろ! お前も殺してやる!」

「ええで。セシールが楽に死ぬことを選んだら、あたしも死んだるわ」


 本気やった。エルザとかイレーネちゃんたちの顔が巡ったけど、すぐに振り払った。


「し、死ぬのは嫌だ……」

「誰だってそうや。次の選択は手足を切断することや」


 診たところ、手足を切断してしまったほうが助かる公算は高い。


「それならほぼ助かることができる。でも一生、歩けへんようになる」


 ジンも山賊も黙ってしもうた。そらそうやろうな。この世界ではこれが正当な治療法や。


「それも、嫌だ……」

「なら第三の選択肢や」


 あたしはセシールだけやのうて、全員に向かって言うた。


「この場であたしが手術する。上手くすれば手足を切らずに済む」


 ジンと山賊たちは一瞬湧きかけたけど、あたしの次の言葉で黙り込む。


「その代わり、死ぬより苦しい治療になる。地獄に生きながら落ちるもんや。さあどうするんや?」


 まだ若いセシールに問うようなことやない。何も聞かずに手足を切ってしまったほうが良かったかもしれん。

 あたしかて、麻酔なしの手術なんてしとうない。

 でもセシールは悩んだ挙句、答えたんや。


「手術、してくれ……」

「……ええのか? 途中で死にたくなっても、止めへんで?」


 セシールは目に涙を溜めながら言うた。


「あたいは、脚が無くなるのは嫌だ。手も失いたくない……」


 そして決意を込めた目であたしを見る。


「お願いだ……助けて、死にたくない、生きたい……」


 あたしは大きく息を吐き出して――


「よっしゃ。あんたの覚悟、受け止めた」


 あたしは「強い酒あるか?」と傍に居った山賊に訊く。


「へ、へい。蒸留酒がここに……」

「桶に入れや。でも少しだけ残しといてな。ナイフをお湯の中に入れて、しばらくしたら水で冷やして、蒸留酒に漬けてくれや」


 あたしは「まず脚の治療から入る」と手を蒸留酒に付けた。アルコール消毒やな。


「添え木になるもん、用意したか?」

「は、はい。ここに……」

「じゃあ力のある人間はセシールを押さえつけといてくれ」


 四人の山賊がセシールを四方から押さえつける。あたしは残った蒸留酒を少しだけセシールに飲ませた。


「ええか? 耐えるんやで?」

「……分かった」


 あたしは折れとる左足を持った。途端にあがるセシールの悲鳴。


「これから骨を接ぐ。暴れると正確につかん。あんたら、絶対に動かんようにするんやで!」


 山賊たちが青ざめる。ジンが何かを言いかけたけど、聞かへんかった。

 まずは――癒着を引き剥がして、無事な右足と合わせる!


「ひぎゃああああああああああああああああああ!」


 セシールの悲鳴に躊躇したらあかん! 自分にそう言い聞かして、なるべく最小かつ最短の動きで骨を――接ぐ!


「殺して! 嫌だ! 死なせて! ――っ! ああああああああ!」

「おいユーリ! もう――」

「黙っとれ! 馬鹿親子!」


 なんとか骨を接げた。素早く添え木で固定する。その際、物凄く暴れたけど、四人の山賊が必死に押さえてくれたので、なんとかなった。


「次は矢の処置や。肉と削いで骨を削る。もし腐敗毒が回っとったらあかんからな」


 あたしはジンに向かって言うた。


「あんたも手伝えや。そこの失神しそうな人と交代や」

「……俺に娘を苦しめる手伝いをさせるのか」


 あたしは「ああそうや!」と大声で言うた。


「そもそも荷馬車を襲ったあんたの娘が悪い! そないな風に育てたあんたも悪い! でもな、助けるために苦しめとるんや! あんたも腹くくれや!」


 ジンは、大の大人やのに、ぼろぼろと泣き出してもうて、それでも腹をくくったのか、山賊の一人と交代した。


「いくで? ナイフ貸せや」


 セシールの悲鳴は夜の間、ずっと響いとった。




 ようやく凄惨な手術は終わった。

 あたしは気絶してもうたセシールに体力の回復魔法をかけた後、屋敷の外に出て、盛大に吐いた。


「おえええええ、おえ……」


 生まれて初めての手術やった。肉を裂いた感触、骨を削る触感、セシールの悲鳴。全てが手と耳に残っとった。

 こないに苦しめて、死なせてもうたら、あたしのやったことは、ただの拷問に近い。いや、それ以上や。希望を持たせて、地獄の苦しみを与えたんやから。


「後は回復を祈るだけやな……」


 そう思うて振り返ると、ジンが居った。


「なんや。恥ずかしいところを見られてもうたな」

「……娘のために、よくやってくれたな」


 頭を下げるジンに「まだ助かってないやろ」と言うた。


「はっきり言うで。もう娘さんは走ることはできひんやろ。杖を使こうて歩くことはできるけどな」

「それでもいい。セシールが五体満足ならな」


 よう見るともうすっかり夜が明けてもうた。


「それじゃ、あたしは隣の部屋に居るから。何かあったらすぐに言ってな」

「逃げないのか? 今なら俺しかいない」


 あたしはジンに向かって言うた。


「もう逃げるんは嫌なんよ。前を向いて生きなあかんのや」


 そう。あたしはもう逃げない。

 エーミールのために決めたんや。

 誰でも救えるようになるって。

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