第90話あらやだ! 頭目ジンの登場だわ!
センジュソウ自体は山の中腹に群生しとる。せやから貴重ちゅうわけやないけど、今は山賊がうようよ居るからな。なるべく見つからんように動くべきや。
かといって病気の子供をいつまでも辛い目に合わせたまま、放置しとくわけにはいかん。気休めの薬を渡しといたけど、あくまで症状を抑える程度や。
せやから自然と早足になってまう。松明を持つエドガーも同じように早足になってる。まあすっかり夜更けの山を歩くのは怖いからな。さっさと見つけて山から下りたいんやろ。もしくはセンジュソウを絶対に見つけたいんやろな。あたしとは違った目的で。
エドガーの地図と情報を元に、山を登ってから大分経った頃、ようやくセンジュソウの群生地を見つけた。結構ぎょうさんあるな。
「エドガー。持てるだけ採っとき」
「そんなに必要なのか?」
「いや、あんたの商売の分や。山賊が居るから、なかなか採れへんのやろ? せやったら買い手が居るはずや」
「確かにな。ユーリ、君は商才があるようだ」
「はっ。あんた途中で気づいたんやろ」
あたしが「初めは親切心やったけど、センジュソウの価値に気づいた。せやから早足――急ぎ足になったんや」と言うとエドガーは頬をぽりぽりと掻いた。
「君は本当に、平和の聖女なんだね。年齢よりもずっと大人びているね」
「まあな。でもそんなんより早くセンジュソウ採るで」
あたしたちは気づけへんかった。
見張っている複数の人間の視線と存在に。
「よし。これだけ採れたら利益は出るだろうな」
カバンだけやのうて、ポケットにもパンパンになるまで入れたエドガー。
「準備ええな? じゃあ――」
下山しよう、と言おうとして、足元に矢が飛んでくるのを見て、咄嗟に後ろに下がった。
「誰や! 出てこいや!」
なんのこっちゃ分かっとらんエドガーにも伝わるように大声で叫ぶと、周りの木々の間から山賊がぞろぞろと現れた。
正確な数は分からんけど、二十人以上は居るやろ。
「ゆー、ユーリ……これは不味いんじゃ……」
「ま、最悪かもしれんな」
冷や汗かいとるエドガー。あたしも背筋が凍るような思いやった。
「まさか、治療魔法士兼魔法使いが実在するとはな。おったまげたぜ」
山賊の中から出てきたのは、前に出会った山賊たち、そのリーダー格でさえ、足元に及ばんほどの凄みを持った男やった。
三十代後半から四十代くらい。ぼさぼさの黒髪。鋭い眼。いや、右目は眼帯やった。山賊の格好にマントを着とる。結構な伊達男や。背は高い。しかしエドガーと比べて筋力が高いのは、その鍛えられた肉体が物語っとる。
やくざのランドルフと同じくらいの威圧感を持っとるなあ。
「……これまたおったまげたぜ。俺を見ても全然ビビッてねえ」
「あんたと同じ迫力を持った男の子を知っとるからなあ」
そう返すと男はかっかっかっと笑った。
「子供で俺並みの迫力? なんだそいつ、気合入ってるなあ」
「まあな。あの子ほど気合の入っとる男は知らんわ」
そうして和やかに談笑しとると、エドガーが「どうする気なんだ?」と耳打ちしてきた。
「あいつ、見たことがある。確かここらの山賊をまとめる頭目だ」
「……そんな気がしとったけど、ほんまやな」
あたしは「何の用でここに居るんや?」と訊ねた。
「まさか偶然なわけ、ないやろ?」
「お前を待ってたんだ。えーと……」
「ユーリや。あんたの名前は?」
男は「俺か? 俺はジンってもんだ」と言うた。
「そっちの商人の言ったとおり山賊の頭目だ」
「――っ! どうして聞こえたんだ!?」
慄くエドガーに対して「唇が読めるんだよ」となんてこともないように言うた。
「さてと。俺の用件は分かっているよな?」
「昼間の部下の尻拭いちゅうことか?」
ジンは「そうだ。そのとおりだ」と頷いた。
「こっちにも面子ってもんがあるんだ。悪いけど、返しをさせてもらおう」
「……エドガー。時間を稼ぐから逃げや」
エドガーは「駄目だそんなのは!」と首を横に振った。
「俺は足手まといかもしれないが、それでも――」
「あんたかあたし。どっちかが村に戻らんとあかんやろ。それに、あいつはあたしをご指名らしいからな」
あたしは一歩前に出て、啖呵を切る。
「あたしは逃げも隠れもせえへんで! さあ誰からや!?」
「おっと。誤解しているようだな。お前の相手は、俺一人だ」
ジンも一歩前に出る。
「ふうん。どうして山賊が正々堂々と戦うんや?」
「あんたにワール――部下の傷を治してもらったからな。それに対する礼だ」
「なるほどな。でも別に恩義に感じることないで?」
「まだ理由がある。俺たちは人を殺さない。だが大勢でかかったら弾みで殺しちまうだろう?」
「山賊が殺さない? 紳士的には思えへんけどな」
「だって殺しちまったら喧嘩できねえし、奪うこともできねえだろ?」
にやりと笑うジン。そしてこう続けた。
「それにだ。俺は強い奴と喧嘩がしてえ。命がけのな。聞いたぜ? 水と風を操るんだろう?」
そう言うて、ジンは右手を顔の近くまで挙げた。
すると、右手が煌々と燃え出したんや!
「……あんたも魔法使いか?」
「そんな上等な教育は受けてねえ。ガキの頃から使えるのさ」
あたしとジンは正対しとる。周りに居るエドガーと山賊たちは固唾を飲んで見守っとる。
「さあ。始めようぜ! 楽しい喧嘩をよ!」
ジンが燃え盛る右手で殴りかかってくる。あたしはその腕と胸元の服を掴んで、そのまま背負い投げをした。勢いよく地面に叩きつけられるジン。よっしゃ、このまま関節技か寝技に――
「かっかっか、やるじゃねえか!」
そのまま攻撃できひんかった。手を放して、距離を取る。
両手を見ると物凄く赤かった。火傷はしてへんけど、かなり熱かった。
「……まさか自分の身体を燃やすとは思えへんかったな」
「そんな魔法はねえって顔だな。生憎、俺のこれは魔法じゃねえ。ただの体質だ」
つまり、身体全体がごっつ熱いちゅうことやな。
「しかしさっきの技はおったまげたぜ。なんなんだ? 体術の一種だと思うが……」
「柔道や。またの名を柔術とも言う」
あたしは聞かれたことを素直に答えてもうた。
「ま、あんたには効果ないみたいやな。高温で土を乾燥させて、クッションにしたんやろ」
よく見ると土がかっさかさになっとる。まるで絞ったスポンジや。
「本当におもしれえ。これだから喧嘩はやめられねえ!」
さて。ここで三つの選択肢のある。
一つ目は隙を見てエドガーと一緒に逃げる。
二つ目はエドガーだけを逃がして、戦いを続ける。
三つ目は山賊たちを倒してから、エドガーと一緒に下山する。
一つ目は論外や。ジンだけでも厄介なのに、この場には大勢の山賊が居る。
それになにより――もう逃げたりしたくないんや。
二つ目。これも難しい。エドガーに逃げろと指示しても、さっきの様子やと素直に逃げてくれへんやろ。
三つ目……これしかないか。
「時間も限られとるし、さっさとケリつけるで」
「そんなつれないこと言うなよ。もっと喧嘩しようぜ!」
やれやれ。身体だけやなくて、頭の中も燃え上がっとるな。
あたしは覚悟を決めて、戦おうとしたとき――
「頭目! たいへんです! 頭目!」
二人の山賊がこっちに走ってきたんや。
「どうした? 今、楽しい――」
山賊は、息を切らしながらも、ジンの言葉を遮るように言うた。
「お嬢が、大怪我をしたんです! 荷馬車を襲おうとして、雇われ冒険者に反撃を受けて! 今、死にそうなんですよ!」
それを聞いたジンは「なんだと!? セシールが!?」と動揺しよった。
「早くアジトに! もういつ死ぬか――」
「くそ! だが、今は――」
あたしはここでも逃げることができた。それを選んでも誰も批判せえへんやろ。あたしの目的はフクルー村のお嬢様を助けることや。薬草も手に入ったし、別に山賊の娘が死んでも、関係ないことや。むしろ襲った側やから、自業自得とも言える。
せやけど――あたしは逃げたくなかったんや。人が死にそうになるんを見過ごせへんかった。
「あたしをアジトに連れてき。セシールちゅう娘を診たる!」
その言葉で振り返ったジンは信じられへんものを見るように、あたしを睨んだ。
「ど、どういうつもりだ?」
「その代わり、エドガーを無事にフクルー村まで送り届けるんや。できるやろ? エドガー、屋敷に調合法が書かれたメモあるから、そのとおりに調合して、飲ませるんや!」
「だから、どうして助けようとする!? さっきまで喧嘩してたんだぞ!?」
あたしは「あほか! 決まっとるやろ!」とジンと山賊、そして呆然としとるエドガーに向かって言うた。
「死にかけとる女の子を助けるのに、理由なんていらんやろ! さあ急ぐんや!」
ジンはちょっとの間、黙ってからあたしに「恩に切るぜ!」と言うた。
「おい! そこの商人をフクルー村まで送り届けろ! ユーリ、お前は俺について来い!」
あたしは頷いた。
今度こそ、助けるんや。
絶対に、助けてやるんや。
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