第89話あらやだ! 薬草が足らないわ!
酒場にやってきたのはフクルー村の村長さんの侍女やった。その屋敷のお嬢様が熱病に罹っているようで、なんでも村唯一の医者が医療器具や薬品を買いに出かけてしもうておらんらしい。
せやからそないに焦っとるんやな。よっしゃ。あたしが診てあげよう。
「あたし、医術に詳しいで。治療魔法士や。屋敷に連れてき!」
侍女さんが「えっ? あなたが?」と驚いとった。そして諭すように言うた。
「あのね、あなたのような子供には診れないと思うけど……」
「なんやと? まあ見た目からして見ればそうやな。うーん……あ、あんた指を火傷しとるな」
侍女の指に巻かれた包帯を見て、火傷と分かった。切り傷やと血が滲むし、火傷用の薬の臭いがするはずや。
「ええ。まあそうだけど……」
「なるほどな。ちょっと待ってな」
指にオレンジ色の光をかける。まあ治療魔法を行使して、火傷を治しといてあげた。
「ほら。火傷治ったで」
「ええ!? ……本当だ。治ってる!」
侍女が包帯を取って、確かめる。綺麗な肌が見えとる。周りに居ったエドガーや商人たちも驚きの声をあげた。
「こんなに素早く治療できるのか?」
「そんなことはない。小さな火傷でも普通は三十分はかかるぞ」
口々に称賛の声があがる。侍女は呆然とあたしを見つめる。
「あなたは……何者ですか?」
「あたしか? あたしはユーリ。治療魔法士や」
あたしは侍女の手を握った。
「さあ。そのお嬢さんのところへ連れてってくれや」
というわけで侍女の後に続いて屋敷に来た。
「おお! ミオラ! お医者さんが見つかったか!?」
屋敷に入るなり、村長らしきおじさんがこっちに駆け寄ってきた。ま、屋敷言うても二階建ての家やけどな。
一瞬嬉しそうな顔をした村長さんやけど、あたしを見て顔を曇らせる。
「まさかその女の子が医者なのかい?」
「ええ。治療魔法士です」
すると村長はますます渋い顔をした。
「ミオラ、君はそそっかしい子だけど、こういうときぐらいきちんと落ち着いて――」
「なんやねんな。ええからお嬢ちゃんを診せや。それとお湯をぎょうさん用意してな」
面倒になったんで、ごちゃごちゃ言うとるおっさんを無視して、病気の子の元へ案内するように、侍女――ミオラちゅう名前らしい――を急かした。
「え、あ、はい。こちらです! 旦那様、大丈夫です! この子は凄腕の治療魔法士ですから!」
ミオラを先頭にあたし、村長さんの順にお嬢様の部屋へ向かう。
中に入るとベッドの上に女の子が寝とった。真っ赤な顔で呼吸が荒いことは近づかんでも分かった。あたしは口元に布を巻いて「さっき言ってたお湯のほかに清潔な水を用意してな」とミオラに指示した。
ミオラが行くと同時に「君は医者でもあるのか?」と村長は半信半疑で訊ねてくる。
「とてもそのようには見えないが――」
「あんたも口と鼻を覆う布を付けといてくれや。二次感染になったらやばいからな」
「にじかんせん? なんだそれは?」
そういえば、感染ちゅう概念がないんやな。
「簡単に言えば、病気が移る、ちゅうことや。まだ診てへんから分からんけど、流行り病やと危ないやろ。ミオラや他の人間にも言うとき」
「あ、ああ。分かった」
そないなわけで診断を開始した。体温計はないけど、多分三十八度か九度程度の発熱。扁桃腺も腫れとる。苦しげな呼吸。水はきちんと飲む。
診断の結果、流行り病やない。それにこの症状は医学書で読んだことがある。
「特に下痢も嘔吐もしてへん。確実に火虫病やな」
「か、かちゅうびょう、ですか?」
ミオラの問いにあたしは頷いた。
「まるで火のように身体が燃え上がるけど、虫の寿命のように発病期間が短いことから名付けられとる。治療法は栄養補給と特効薬が必要や。砂糖と塩はあるか?」
「さ、砂糖は残り少ないですが、あります。塩も先ほど商人から買いました」
「ちょっと台所借りるで」
手早くホットポカリを作って、お嬢様に飲ませる。吐きださへんなら大丈夫やろ。
「体力の問題もあるけど、そない死ぬような病気やあらへん。後は特効薬なんやけど、調合するから、これだけ集めてくれや。珍しい薬草とかはないから大丈夫やろ」
手早く羊皮紙にメモをして、ミオラに渡す。でも彼女は「わ、私、字が読めなくて……」と悲しそうな顔をする。
「そうか。ならあんたが商人たちに言うて、買うてきてくれ」
村長さんにメモを渡すと「わ、私がか?」と戸惑っとった。
「あほ! 娘が病気なんやで! 親が動かんとどないするんや!」
厳しく言うと村長さんは「わ、分かった!」と言うて走って部屋から出る。なんや、えらい素直やな。
「そういえば、この子の母親は?」
「……奥様は数年前に病で亡くなりました」
なるほどな。それならミオラと村長さんが慌てるのも無理はないな。
しばらくして、村長さんが帰ってきたけど、浮かない顔をしとった。
「すまない……薬草が一つ足らなかった」
「何が足らないんや?」
「センジュソウ、という薬草だ。在庫が切れているらしい」
センジュソウ。確か旧アストでも取れる薬草やな。
「山に生えとるかもしれんな。採りに行くか」
「駄目だ。センジュソウの生えている場所は山の奥深く、山賊の縄張りにあるんだ」
村長さんは厳しい顔で言うた。
「娘のためとはいえ、村の者を危険な目に遭わせるわけには――」
「うん? 何言うとるんや。あたしが採りに行くんや」
その言葉に村長さんとミオラはめっちゃ驚いた。
「山賊が居るんですよ!? 危険です!」
「それがどないしたんや。行かな特効薬作れへんやろ」
「……どうして娘のために、そこまでしてくれるんだ?」
村長さんが怪訝な表情で言うた。あたしは「決まってるやろ」と当たり前に答えた。
「子供が病気で苦しんどるんや。助けなあかんやろ」
「……たったそれだけで? 見返りもなく? 報酬だって決まってないのに……」
「あのな。見返りや報酬目当てやないわ。困ってる人を助けるんは当然やろ」
あたしは羊皮紙に調合方法を丁寧に書く。もし薬草が戻る前に手に入っても、これがあれば誰でも調合できるやろ。そないに難しくはない。
同時に気休めやけど、症状を抑える薬も作っとく。これでは完全に治らんけど、楽にはなるやろ。
「それじゃ、行ってくるで。薬は一遍に飲ませたらあかんで」
「わ、分かりました」
屋敷から出て、とりあえず山に向かおうとすると「ちょっと待ってくれ!」と声をかけられた。
エドガーやった。腰には剣を差しとる。
「ミオラさんから薬草のことを聞いた。もし採りに行くなら俺も一緒に行く」
「ええのか? あんたの腕前では危ないで?」
エドガーは「それでもほっとけないさ」と言うた。
「病気の子供はほっとけないしな」
「へえ。結構男気あるやんか」
「それに、上手く行けばフクルー村の村長に恩が売れるかもしれないからな。単純に情だけで動いているわけじゃない」
ま、確かに商人としては正解やな。でもほっとけないが商人の計算より上回っている気がせんでもないけど。
「それじゃ行くか。周辺の地図は持ったか? 生えとる場所は分かるか?」
「両方万全だ」
ちゅうことであたしとエドガーは山賊がうようよ居る山へ向かった。
もし見つかっても魔法でなんとかなるやろ。
そう思っとった。
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