第十二章 放浪編

第88話あらやだ! 旅に出たわ!

「ユーリ! いや姐御! 俺たちはあんたについていく!」


 頭目であるジンの言葉に総勢三百人の山賊たちは一斉にあたしに跪いたんや。


「えっとな、その……」

「是非、盃を受けてくだせえ! 姐御が親分、俺たちが子分だ!」


 うおおおおおおっと盛り上がる山賊たちの前であたしは呆然としてまう。


「俺たちは姐御のためなら命も惜しまねえ! 頼む、頭目になってくれ!」

「親分なのか、頭目なのか、はっきりせえや! いやあたしは――」


 熱狂の渦に巻き込まれたあたしは、どうしてこないなことになったのか、分からへんかった。

 あたしはただ、病気の子を助けただけやのに――




 あたしが頭目に持ち上げられることになる数日前。

 旅立ってから五日経っていた。そして今、旧アストの山間部の村を目指し、乗り合い馬車に乗っとった。

 あたしの他に商人らしき人が数人乗っとるだけで誰も居らんかった。ま、向かっとるところは寂れた村って聞いてたから、定期的に物を売りに来る商人しか、この馬車には乗らんちゅうことやな。というより、商品の食料品が多くて、数人しか乗れんわな。

 どうしてあたしが寂れた村――フクルー村に向かっとるかというと、特に理由はなかった。なるべくイデアルから出よう思うて馬車を乗り継いでいたら、こないなところまで来ていた。


 風の噂やと、ヴォルモーデン家が捜索隊を組んであたしを探し回っているらしい。換金所でイデアル金貨をアストで使われとる金に換金してたときに、そないなことを近くに居ったおっさんたちが話しとった。

 曰く、平和の聖女、ユーリは誘拐されたと――

 まあ伝言ゲームの失敗例のようやけど、それでもヴォルモーデン――本命デリア、対抗馬イレーネちゃんもしくはエルザ(デリアに頼み込んだ)、穴がクラウスで、大穴がランドルフの誰かがあたしを探しとるんやろうな。


 しかしそれを知っても、あたしは別段変装とかしなかった。見つかっても悪いことしてへんし、捜索隊の人間を説得すればええし、それに変装したほうが逆に怪しまれるやろうしな。

 でも強制帰宅の危険も捨てられへんのでヴォルモーデン家の手の届かない旧アストの田舎に行こうと思うた。せやから乗り合い馬車でガーラン書店で買うた医学書を読んで暇を潰し――

 急に馬車が止まった。それも物凄い急停車やった。

 村に着く時間やあらへんし、まさか魔物でも現れたんか?


「さ、山賊だ! みんな、逃げろ!」


 山賊! そう聞いて思い出したんは獣人のことやった。あんときはなんとかしのいだけど、今回はどうなるんやろうか。

 周りの商人たちは驚愕したり、震えたりしとる。あんまり役に立たなそう――


「俺が交渉してくる。上手く行けば命だけは保障してくれるかもしれない」


 お、度胸あるなあ。そう思うて見ると、優男という印象の二十代のお兄ちゃんやった。髪は茶色。くせっ毛。たれ目に細身の身体。身なりは行商人か駆け出しの商人のようやな。


「おい、エドガー。大丈夫なのか?」

「諸先輩方の教えを実践してみようと思いまして。『金で転ばない人間はいない』。まあ良い勉強だと思います。交渉が成功したら、今夜の飲み代、おごってくださいよ」

「頼もしい奴だ……今夜だけじゃなくて、三日おごってやるよ!」

「おお! 言いましたね! 俺は結構飲みますよ?」


 エドガーちゅう商人が嬉々として出ようとする。あたしは大丈夫か不安で、こっそりと後を追う。

 山賊たちは全部で五人。こんな真昼間から馬車強盗やなんて、度胸あるわ。

 弓を持っとるのが一人。抜き身の剣を持ってるのが三人。そして槍もちが一人やな。

 見るからに山賊らしい格好をしとる。

 エドガーが剣を携えとるこの場のリーダーに話しかける。


「すみませんが、どうにかここは、これで勘弁してもらえないでしょうか?」


 おお。アスト銀貨が三十枚も出されとる。ブルジョアやな。

 でもリーダーは「いらねえよ金なんざ」と突っぱねた。


「それよりも食料よこせ。ネタは上がってんだ。村に運ぶ食料品を持ってんだろ?」

「え、えっと、それは……」

「なんだお前。銀貨三十枚よりも価値のある食料を俺たちが知らねえと思ってんのか! なめてんのか!」


 恫喝されて萎縮してしまうエドガー。はあ。やっぱり不安が的中したみたいやな。

 しゃーない、助けてやるか。


「あんたら。なかなか頭の回る山賊やんか。いやあ、感心したで」


 そう言いながらゆっくりと近づく。弓を持っとる奴はあたしを子供やと思うて、弓を弛めた。


「なんだお嬢ちゃん。褒めてんのか? それとも舐めてるのか?」

「褒めとるやないか。あのなエドガーの兄ちゃん。人間、金は好きやけど、簡単に渡したら足元見られるんやで? まずは抵抗せなあかん」


 エドガーは「き、君! 危ないから、下がってなさい!」とあたしを守るように言うた。なんや口だけの男かと思うたら結構ええ奴やん。


「エドガーさん。ちょっとその場にしゃがんでくれるか?」

「は、はあ? なんで……」

「ええから。しゃがんでくれんと。背が高いんやから。そう。もっと、もうちょっと……アクア・ショット!」


 水弾を弓手にぶつける。油断しとったのであっけなくその場に倒れてまう。


「な、こいつ魔法――」

「遅いで。ウィンド・マシンガン!」


 その場にうずくまったエドガーの上を無数の風の弾が通り、山賊たちに当たる!

 弓手同様に後方に吹き飛んで倒れてまう。


「ま、こんなもんやろ。山賊さん。悪いけどそこで寝といてなー」

「ち、ちくしょう……」


 まともに食らってしもうたので脳震盪を起こしたんやろな……うん?


「あ、ごめんな。ちょっと切れとるな。治したるわ」


 風の弾で少し切れてしまったらしい。リーダー格の山賊の右手に治療魔法をかける。

 見る見るうちに治っていくのを見て、山賊は驚いとった。


「これでよし。さあ行くで、エドガー……」


 後ろを振り返る。

 エドガーはうずくまったまま気絶しとった。




「あっはっは。何が実践だ! 女の子に助けられちゃあ世話ねえわ!」


 夜。無事にフクルー村に着いたあたしは商人たちの誘いで酒場に居った。当然酒は呑めへんので、ジュースとご飯をおごってもらった。


「……大きな口を叩いて、すみませんでした」


 意気消沈しとるエドガー。まあこれも一つの勉強やな。


「なあ。君は何者なんだい? 魔法使いということは分かるが……」

「うん? ああ、あたしはユーリ。イデアルの魔法学校の生徒や」


 何の気なしに自己紹介するとエドガー以外の商人が、一斉に飲んでた酒を噴き出した。


「な、なんやねん。もったいないなあ」

「お、お嬢さんがとんでもないことを言うからだろ! ユーリ!? あの平和の聖女か!?」


 商人の一人が大声で言うもんやから、酒場に居る全員がこっちに注目した。


「……平和の聖女なんてたいしたもんやあらへんよ」


 エーミールのことを思い出して、わざと拗ねた言い方になってもうた。


「おいおい。平和の聖女って言ったら大陸を統一した女の子だろ?」

「ああ。しかも最近じゃあソクラ帝国とエルフの間に友好条約を結んだらしいじゃねえか」


 商人たちが次々と慄く中、エドガーは「まさかそんな有名人に助けられるとはなあ」とますます落ちこんでしもうた。


「まあ、相手が悪かったな。普通の人間なら金でなんとかなるやろ」

「普通の人間? どう違うんだ?」

「金で動くのは普通の人間や。でも山賊行為自体が楽しい山賊や、人殺しが目的の山賊が居るやろ。それとさっきみたいに目先に囚われない山賊とかな」

「その場合、どうしたらいいんだ?」


 あたしは元やくざのランドルフが話してくれたやり方を言うた。


「虚勢でもええから、強気でいくんや。相手が降りるまで、強気にな」

「強気、か……」

「まああんたは度胸あるから、なんとかなるやろ。場数を踏めばええ」


 あたしの言葉に他の商人が「流石に平和の聖女さんの言うことは違うねえ」と笑った。


「いや、あんたのおかげで販路が広がったし、戦争の危険が無くなったからイデアルの商人との交易もできるようになった。ありがたいことだな」

「そら景気がええなあ」

「でもな。ここ最近、ここらの山賊に襲われるのが多くなったんだ」


 商人は沈んだ顔で言うた。


「なんでも最近、頭目になった男がやり手でな。ここいらの山賊全部を傘下にして、交易に来ている商人を襲っているらしい」

「なんやと? アスト公や貴族は対策取ってるやろな?」

「いや。後手後手に回っている。それにアスト公はこれまた最近、女の子が即位してな」


 女の子……ロゼちゃんかな?


「なかなか政務が上手くいってないらしいぜ。ま、先代のアスト公が補佐しているけどよ」

「初めてのことやと思うし、見守ってやり。それにしても、山賊か……」


 このときは厄介やなぐらいにしか思わんかった。

 でもまさか関わるとは思えへんかった。


「それで、どうしてあんたはここに? 何か目的はあるのか?」

「いーや。あたしは何の目的もなく、あてもなく旅しとるんや――」


 そう続けようとしたとき、酒場の扉が大きな音を立てて開いた。

 入り口に注目すると焦った様子の女性が立っとった。


「ど、どなたか――」


 どうやら屋敷の使用人らしい姿の女性は大声で叫んだ。


「どなたか、医術に詳しい人は居ませんか!? お嬢様が大変なのです!」


 まさか、これがきっかけで山賊の頭目になるとは。

 このときは全然思わなかったんや。

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