第85話あらやだ! ランドルフとエーミールの戦いだわ!
学年一の魔法使いに拳だけでどうやって挑むのか。あたしには想像できひんかった。でも同時にランドルフが負けるのも想像できひんかったんや。
せやからランドルフの横槍を許してしまった。
「まったく、君もそうだね、ランドルフくん。いつも僕を子供扱いして……!」
エーミールが魔法を行使しようとして――先んずるようにランドルフが突撃した。
およそ八メートルぐらいの距離を一気に詰める!
「くっ! ファイア・ショット!」
焦ってしもうたエーミールは魔力の練り上げが不十分なまま、下級魔法を放ってまう。しかし鎧も着ていない、上半身裸のランドルフには十分なダメージを与えられる攻撃やった。
「そんなもん、効くか!」
ランドルフは躊躇することなく、魔法に近づいて――発火する前の魔力球を払うように拳で殴ったんや。そしてその魔力球は部屋の天井にまで弾かれた。
ここで言うとくけど、ランドルフがやったことは、できる人間は限られとるけど、できひんことはない。以前、修練塔でランドルフはあたしの魔力球を斬ったことがある。つまり魔力球の段階やと、物理的干渉を受けることになるんや。
それに魔法の発動プロセス自体の弱点を突いたのもある。下級魔法に顕著やけど、自分に被害を与えんように、ある程度距離をおいてから発動するんや。つまり魔力球から実際に魔法が発動するのにタイムラグがある。僅かな誤差やけど、ランドルフは今までの魔法学校生活もしくは自習で見切ることができたんやな。
まあそれを知らへん女子三人組は唖然として言葉が出えへんかったし、実際魔法を弾き飛ばされたエーミールの動揺は計りしれん。
「な、なんで!? つ、次の魔法を――」
「お前の弱点はそれだ。エーミール」
三メートルまで近づいたランドルフは静かに言うた。
「確かに三種類の属性が使えるのは利点だが――選択肢が多すぎて咄嗟に判断できねえ。あらかじめ考えておかねえとなあ!」
「――っ! アース・ウォール!」
防御魔法を使こうて自分とランドルフの間に壁を作る。傍から見ればただの防御にしか見えへんやろうけど、あたしには精神的な壁にしか思えへんかった。
せやから、そんな壁は、友人のランドルフなら、壊せるやろ。
「そんなくだらねえもんで自分を守ってんじゃねえ!」
ランドルフは走りながら思いっきり振り被った拳で――勢いのまま、土の壁をぶち壊したんや。
「……本当に規格外ですね。ランドルフさんは」
クラウスがぼそりと呟きながら笑うた。呆れてしまっているらしい。
「ら、ランドルフくん……」
「よう。エーミール。拳が届く距離に、入ったぜ」
でも流石に土の壁を壊してノーダメージとは行かへんかったみたいや。拳が血まみれやった。おそらく骨が何本か砕けとるやろ。
「はは……流石に、初期のランクSは違うね……」
「…………」
「でも、まだ負けたわけじゃない!」
エーミールはこの距離で魔法を使うつもりや。距離が近いのに、そんなんしたら――
「やめやエーミール! あんた――」
「うるさい! もうこれしか勝つ方法はないんだ!」
聞く耳持たんエーミール。あたしはランドルフがその前に攻撃して止めることを考えたけど――ランドルフは動けへんかった。
「……なんで止めない? 死ぬかもしれないのに!?」
ランドルフはくるりとエーミールに背中を向けた。
「やりたければやれ。それを受け切ってやるよ。この刺青に懸けてな、逃げないぜ」
「馬鹿な……! どうしてそこまで!」
ランドルフは一言だけ言うた。
「友人の必死な想いを無碍にしたくない。ただそれだけだ」
さっきは友人ていうことを忘れる言うたのに――
「ううううう! ああああああああああああああああ!!」
エーミールは涙を流しながら、ランドルフを攻撃した。
見えない、風の刃。
ランドルフはなすすべもなく、攻撃を背中で受けた。
エーミールは反動で後方に吹き飛んだ。
「ランドルフ!」
あたしは真っ先にランドルフに近づいた。今ならまだ――
「……いや、ユーリさん。その必要はねえようだ」
ランドルフはゆっくりやけど、立ち上がった。そして背中を見せる。
そこには何も傷も怪我もない、堂々とした龍が描かれた背中があった。
「はあ!? なんで怪我一つないねん!?」
「……ちくしょう。あの女神。やりやがったな」
ランドルフは悔しそうに言うてから、エーミールに近づいた。エーミールもどうして怪我一つないのか不思議で呆然としとる。
「すまん。どうやら背中への攻撃は無効化されるらしい。だから今度は真正面から受けてやる。今度は距離をあけていい。もう一度やれ」
背中への攻撃は無効化? なんやねんそれ……
「ユーリさん。多分、女神の加護ですよ」
いつの間にかクラウスが傍に居って、あたしに耳打ちした。
「女神の加護? どういうこっちゃ?」
「ランドルフさんの女神の加護は『生前彫っていた刺青を色あせることなく、転生後も引き継ぐこと』です。つまり、刺青への攻撃は無効なんですよ。だって傷を付けるということは色あせるということに他なりませんから」
うわあ。いっちゃん役に立たない加護やと思うてたけど、結構凄いやん!
「エーミール。立てないのか? ならユーリさんに……」
「もう、いいよ。僕の負けだ……」
エーミールは顔を伏せながら言うた。
「そんな覚悟を見せられて、攻撃なんて二度とできないよ。ただでさえ、友人を攻撃するのに、心が痛いんだから」
「……そうか」
ランドルフはエーミールに向けて手を差し伸べた。
「立てるか?」
「……ありがとう」
二人の手が結ばれようとした――そのときやった。
「何をしている、エーミール・フォン・キーデルレンよ」
静かな怒りが込められた、声。
バンガドロフが、エーミールを睨みつける。
「少しは期待できると思ってたが、所詮はその程度の器か」
「と、当主様……」
バンガドロフは「忘れたとは言わせんぞ」と威厳を込めて言う。
「お前は、秘密を守るためになんでもすると言ったはずだ。誓ったはずだぞ」
「…………」
バンガドロフは最後にこう言うた。
残酷極まりないことを、言うた。
「秘密を知る、お前の父親、ダーレウスを、このワシ自ら殺したように、お前も覚悟を見せてみろ」
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