第84話あらやだ! 本気で戦うわ!

 バンガドロフの命令に異議もなく従うエーミール。右手を挙げて火の魔法を繰り出した。

 標的は――あたしやった。


「――っ! ユーリ! 危ない!」


 当たる直前にデリアがあたしを突き飛ばしてくれたおかげで、なんとか避けることができた。振り向くとすぐ後ろの壁が火によって燃え盛っとる。


「お、おおきにやで、デリア……」

「ちょっとエーミール! あなた、今ユーリを殺そうとしたでしょ!」


 デリアはエーミールを睨みつけながら喚いた。

 エーミールは「うん。そうだね」とだけ言うた。


「そうだねって……あなた、気でもおかしいの!?」

「おかしい、か……そうかもね。僕はとっくに――おかしくなってるさ!」


 今度は風の魔法を行使するエーミール。鋭い風の刃があたしたちに襲い掛かる!


「みんな、私の後ろに! アースウォール!」


 イレーネちゃんが土の壁を作ってくれたおかげで、防御が間に合った。


「ねえ、エーミールくん! 何があったというんですか!? どうして殺そうとするのですか!」


 イレーネちゃんの必死な声にエーミールは「全部、ユーリさんのせいだよ」と言うた。同時に攻撃が止む。


「あたしのせい? どういうことや!」

「ふむ。ではワシが説明してやろう」


 壁の向こうから余裕と威厳のある声がした。バンガドロフや。


「ユーリ。お前がアストとの戦争を終わらせてしまったことが原因だ。しかもソクラに降伏するという実に平和的な方法でな」

「なんや、だったら戦争を続けたほうが良かったんか!」

「そのとおりだ。何故ならイデアルとキーデルレン家の間には、知られてはならない秘密があったのだ。しかしアストとの戦争が終わり、ソクラの介入が目前となった今、もはや意味を成さんのだよ」


 イデアルとキーデルレン家の秘密?

 イデアル公は何も言うてへんかったで?


「ソクラがその秘密を知ったとき、世界は大いなる災いが降りかかる。だから戦争をし続けて独立を守らなければいけなかった。いや、そのために創り上げた戦争の歴史なのだよ」

「――じゃあ、今までの戦争は仕組まれたものだったんですか!」


 バンガドロフの言葉に反応したんはイレーネちゃんやった。この場におる誰よりも怒っとった。

 そうや、イレーネちゃんは戦争で母と弟を亡くしとるんやった。


「そうだ。建国以来の戦争から最近の十年戦争に至るまで、すべてキーデルレン家が中心となって引き起こした戦争だ。王女さまをアストの青年に殺させたのもワシの計画だ」

「あなたが……! あなたのせいで、あの戦争が!」


 イレーネちゃんは土の壁から飛び出してバンガドロフに向かって走り出す――止める間もなかった――


「ごめんね。イレーネさん」


 怒りのせいでエーミールのことが目に入らんかったようや。放たれた風の魔法で、イレーネちゃんは後一歩で元凶に迫れるところで、吹き飛ばされてしもうた。


「イレーネ!」


 クリスタちゃんが咄嗟にイレーネちゃんと壁の間に入らんかったら、大怪我になるところやった。なんとかクリスタちゃんはイレーネちゃんを受け止められた。せやけどイレーネちゃんに意識は無かった。


「当主様。これで土の魔法、つまり防御の魔法を使える者はいなくなりました」

「ご苦労。お前の言ったとおりだな」


 二人の会話であたしは気づいてしもうた。


「まさか、そのためにわざとあんなことを言うたんか!」

「そうだ。孫から聞いていた。どんな魔法を使えるのか。属性は何かなどを」


 あたしは怒りで一杯になってしもうた。人の弱い部分を利用して、罠にかける行為が許せへんかった。

 しかしデリアの一言で逆に頭を冷やされることになる。


「どうして私たちが来ることを知ってたのかしら。密告者がいるの?」

「それに答える必要はない」


 そうや。デリアの言葉、密告者が居るんやったら、あたしらを足止めしとるように、陽動部隊にも何らかの対策をしとるはずや。


「……クリスタちゃん。イレーネちゃん連れてここから出えや」

「何言っているのよ! どんな理由があっても、逃げないわよ!」


 イレーネちゃんを抱きしめるクリスタちゃんに「……理由ならある」と答える。


「一つ。エーミール相手にレイピアが武器なクリスタちゃんやと相手が悪い。破壊力のある火、速度に優れた風、防御力の土を操る魔法使いやと分が悪いんや」

「でも……!」

「二つ目。気絶しとるイレーネちゃんを守りながら戦うのはきつい。せやから安全な場所に連れていく必要があるんや」

「…………」

「そして三つ目」


 あたしは敢えて土の壁から外に出た。


「友人に本気の魔法を食らわした子供を説教する邪魔をされとうないんや!」

「ユーリ!? 危険よ戻りなさい!」


 デリアの言葉を無視して一歩ずつ近づく。


「やれ。この娘もやってしまえ」

「……お待ちを。当主様」


 エーミールが一歩前に出る。あたしはそれを見て足を止めた。


「ユーリさんとお話させてください」

「……なんだと?」

「少しだけです。その後、必ず殺しますから」

「……いいだろう。許可する」


 エーミールは「ありがとうございます」と言うて、あたしと向かい合った。


「まさかこうして戦えるなんて思ってみなかったよ」

「ああ、残念やな」

「残念? 僕はそんな風には思わないよ」


 エーミールは笑みを消して、真剣な表情で言うた。


「やっとユーリさんと戦える。本当に――待ち焦がれた」

「……何を言うとるんや?」


 エーミールは「ずっとあなたに嫉妬していた」と顔を伏せて言うた。


「郊外訓練の獣人の村の救済。イデアルとアストの戦争を無くす。魔法学校の陰謀の阻止。そしてエルフとの友好条約。こんな偉業を成しえたのは古今東西、いないだろうね。知名度なら、六英雄に匹敵する」

「……全部たまたまや。一生懸命突っ走っただけや。それにあたし一人の力やない」


 そう答えると、エーミールは「謙遜しないでください」とぴしゃりと言うた。


「あなたはいつもそうだ。自慢げでもなく、かといって目の前の事件や陰謀に対して臆するところがない。自信満々だ。それが――嫉ましくて羨ましかった!」


 これはエーミールが初めて語る、あたしへの本音やった。


「僕にはできないことを当然のようにできてしまう! みんながみんな、あなたを認める! 平民の出でありながら、貴族よりも優雅で華麗で慎ましかった! まるで英雄だ! だから僕はあなたを許せなかった。何もない僕を友人として扱ってくれる器の大きさも、大人のような目線も、そして優しさも、全部僕にないもので、悔しかった……」


 最後は涙声になってもうた。いや実際泣いとった。


「だから僕はユーリさんを超える。そう。あなたをここで殺し、イデアルを建国し直して、いずれソクラやアストを征服し、大陸で一番の魔法使いとなる! 平和の聖女の名を超える存在になる!」


 エーミールは最後にこう締めくくった。


「今まで相手にしてきた魔法使いや騎士と僕を同じ扱いにしないでほしい。油断もしない。軽率な行動も取らない。確実に、あなたを、ユーリさんを殺すんだ」


 あたしは全てを聞いて、全てを受けいれた。そして言うた。


「そうか。ならあたしはあんたと全力で戦わなあかんな」

「……ユーリさん」

「あたしのせいで友人が一人追い込まれてもうた。悔やむことも嘆くこともせえへんわ。あたしにできるのは――友人の期待に応えるだけや!」


 あたしはエーミールと目を合わせた。友人同士、目線を外すことはなかった。


「ええやろ。あんたと戦ってやるわ。それで満足できるのか、そしてあたしに勝てるのか。やってみいや!」


 エーミールの顔が徐々に変化して――涙目やけど笑顔になった。

 歓喜の表情やった。


「ユーリさん。僕の全力を見せます。簡単に死なないでくださいね!」

「はん。殺せるもんなら殺してみいや!」


 始まりはエーミールからやった。

 エーミールが火の魔法を行使してあたしに炎弾を投げかける。

 あたしは水の魔法で応戦する。辺りが水蒸気で見えへんようになる。

 ここで近づくことができたけど、あたしが柔道やるんは予想できるやろ。せやから遠くから攻撃することを選んだ。


 風の魔法でエーミールとバンガドロフが居そうな場所を攻撃する。傍から見れば容赦のない攻撃やけど、手ごたえはなかった。

 それもそのはず。先ほどのイレーネちゃんと同じ、土の壁で防御しとったからや。でも土の壁言うてもイレーネちゃんが作ったものより数倍の高さがある。


 風の魔法で攻撃しながら近づいても、壊れる気配はない。だったらもっと近づこうと無用心に近づいたら突然、土の壁が崩れ――いや、こっちに向かって来よる!

 土くれがたくさんこっちに襲い掛かる!


「はあああ! ウィンド・マシンガン!」


 土くれを一つずつ落としていく。しかしそれが罠やった。


「ユーリさん。僕の勝ちです」


 エーミールが気いついたらあたしの横に居った。

 なんでや!?

 そう思う間もなく。エーミールが魔法を行使しようと――


「何してるんだぁああああああああ!! 友人を殺すんじゃねええぇええええええええ!」


 突然の大声にエーミールは勝負を決められたのに、退いてもうた。あたしもそれで下がってしまう。


 突然した大声。その主は――ランドルフやった。近くにはクラウスとレオが居る。よく見るとイレーネちゃんが意識を取り戻して、クリスタちゃんの肩で支えられとる。みんな怪我らしい怪我はせえへんかった。


「ランドルフくん。君も来てたんだね」

「エーミール。お前……!」


 ランドルフが拳を鳴らしながら近づく。


「悪いがユーリさんよ、ここは俺が出しゃばらせてもらう」

「ら、ランドルフ……」


 エーミールは「今度はランドルフくんか」と実に楽しそうな顔をした。


「悪いけど、容赦は――」

「エーミール。お前との間には友情があったと思う。でも今日だけは忘れてやる」


 ランドルフはローブを脱ぎ捨てて、上半身裸になる。


「えっ? なんですか、あれ?」

「……知らないわよ」

「……かっこいい」


 疑問のイレーネちゃん、当惑のデリア、そして感動のクリスタちゃん。

 三者三様反応を浴びながら、ランドルフは言うた。


「来い。魔法なしで戦ってやるよ」

「……見くびるのも大概にしなよ」


 エーミールは苦笑いしている。


「それに今、僕が戦いたいのはユーリさんだよ?」

「関係ない。お前は俺を怒らせた」


 ランドルフは最後にこう言うた。


「女を躊躇もなく攻撃できる、その性根を叩き直してやる! いくぞぉ!」

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