第83話あらやだ! 屋敷に攻め込むわ!
あたしが思うエーミールの印象は弱虫とか気弱とか、そんなマイナスなイメージはなかった。入学当初、上級生のオスカーに虐められとったとき、決して泣かなかった。それどころか耐えとったんや。一切反撃せずに耐えてた。それはエーミールが喧嘩もできひん弱虫とか気弱とかやなくて――あまりにも優しすぎたせいやと思う。
今まで知らへんかったけど、エーミールは武道派の家の出や。だったら護身術ぐらいは覚えとって当然やろ。でもオスカーを攻撃したりせえへんかったのは、『もし反撃したら上級生が怪我をしてしまう』と思うてしもうたからやと推測できてまう。
まああたしの想像やから、真実かどうかは分からへんけど。でもエーミールは優しい子やって思うのはこないなことがあったからや。
古都テレスで雨の日。魔法学校の宿舎。あたしは何気なく窓の外を眺めていると、エーミールが仔猫を抱えてこっちに走ってきたのを見た。そしてすぐに女子寮を揺らすような大声が聞こえたんや。
「ユーリさん! この仔を助けてください!」
すぐにエーミールの元に駆け寄ったんやけど、仔猫は既に死んでた。それを告げるとエーミールは悲しそうに、本当に悲しそうに泣いてしもうたんや。
貴族が、捨て猫か親からはぐれた猫を慮り、そしてそのために泣くとは思えへんかった。
そしてほんまにええ子なんやなと思うたんや。
考えてみるとエーミールの言葉がきっかけでアストとの戦争は回避できたんや。まあ結果としてエーミールの実家が反乱を企てる結果になるとは思わへんかったけど。
あたしはエーミールを助けたい。
そのために今、ここに居る。
キーデルレン家の屋敷に。
キーデルレン家の屋敷はプラトの他に、かの家が治めとるキーデル地方にもある。確か軍馬の良産地として知られとって、ノース・コンティネントの古い言葉で馬のことを『レン』というらしい。つまりキーデルレン家は名前の由来のとおり、軍馬の良産地を押さえとるから、群雄割拠の時代からソクラ帝国の建国、イデアルの独立に至るまで、一定の発言権と軍運用の指導権を得ていたようや。
ま、裏を返せば初めから貴族やなくて、馬によって出世を果たした成り上がり者とも言えるけど、それをはっきりと言う貴族はおらへん。それほどキーデルレン家の看板はでかくて立派らしい。言えるとするなら、ヴォルモーデン家のデリアくらいやろ。
そしてイデアル公率いる護衛騎士とランクSの魔法使い五名、特級騎士の二名は深夜にキーデルレン家の本家を囲んどった。
護衛騎士の中にはドランも居るらしいけど、会えへんかった。既に別行動になっとったからや。
あたし、イレーネちゃん、デリア、クリスタちゃんは裏手の門で陽動部隊の行動開始を待っとった。
「ねえ。ユーリ。あなた、本当に平和の聖女なのね」
クリスタちゃんが不意にそんなことを言い出した。
「なんや? いきなりそないなこと言うて」
「イデアル王――いえイデアル公にタメ口利くなんて無礼にもほどがあるわよ。このゾンドルド家のあたしでも気軽に話せないわ」
「ああ。そういえば会議では一言も言わんかったな」
「でもソクラ帝国公認の平和の聖女なら、納得はいくわよ」
それを聞いたデリアは「それは違うわよクリスタ」と否定した。
「この女は誰に対しても無礼者よ。皇帝陛下に対してもタメ口だったから」
「……本当に? あなた大丈夫?」
その大丈夫ちゅうのは頭の心配やろか?
「三人とも、静かにしないと見つかりますよ?」
イレーネちゃんの言葉にあたしらは黙ってもうた。でも話しとうてむずむずする。緊張しとるからやろか。
やがて屋敷の正面が騒がしくなってきた。魔法警戒網の警戒音が聞こえる。
「始まったようね。私たちも行くわよ。でも慎重に。どんな罠が仕掛けられているのか、分からないんだから」
クリスタちゃんの言葉に魔法使いの三人は頷いた。こういうときは指揮官向きのクリスタちゃんに従ったほうがええ。それに罠を見破る知識はあるようやし。
あたしたちはゆっくりと屋敷に近づき、クリスタちゃんの見つけた罠を回避しながら、屋敷の裏口から中に入った。
中に入ると明かりが薄い暗闇で、パニくったメイドやら執事が騒いどった。他にも屋敷に駐在しとる騎士も居った。
「さて。自白の魔法の出番ね」
「いや、それは要らんやろ」
張り切るデリアを余所に、近くに居ったメイドを捕まえて「何があったんや!?」とこちらも焦っとるように話しかける。
メイドは「敵が来ました!」とこちらの正体が分からずに言うた。
「なんやと!? ご主人様は、当主様は無事やろな!?」
「そ、それも分からないです! 私も起きたばかりで……」
「じゃあ当主様はどこに居るんや!?」
「ご主人様は四階の寝室に居るはずです!」
あたしは「そうか。じゃあ助けに行くわ。あんたは部屋で隠れとき!」と言うて解放する。あたしが子供とも気づかないメイドは一目散に近くの部屋に逃げ込んだ。
あたしはぽかんとしとる三人に「四階の寝室や。行くで」とどや顔をして言うた。
「わ、私が努力して、覚えたのに……」
「デリア、気を確かにしてください!」
「聖女よりも詐欺師に近いわね……」
というわけであたしたちは寝室に向かった。途中、騎士に見つかりそうになりながら、ここまで作戦通り、スムーズにバンガドロフの元へ向かえた。
せやから勘違いしてもうた。
ここまで上手くいったんやから、最後まで上手くいくと。
階段を昇って、ようやく三階まで来た。大きなドアがあって、そこを開けるとエントランスになっとった。正面には大きな階段。明かりが点いとって、眩しかった。
「広いな。デリア、ここは何の部屋や?」
「部屋じゃないわ。ここから家族の私室につながる共用の広間よ」
フリースペースってことやな。
「……みんな。警戒して。明かりがあるってことは、誰か居るはずよ」
クリスタちゃんはレイピアを抜いた。あたしらも戦闘態勢に入る。
「……君たちが来るとは思わなかったよ」
幼い声。それでいながら悲しみを湛えた声。
「特にユーリさんと会うのは反乱を起こしてからだと思った。説得のためにやってくるんだとばかり思ってた」
「孫よ。世の中は上手くいく試しなどないぞ」
ゆっくりとこっちに近づいてきたのは二人。
一人は絵で教えられた老人。白髪と白ひげで威厳に満ちた、キーデルレン家の当主、バンガドロフ・フォン・キーデルレン。
そしてもう一人は見知った顔。
エーミール・フォン・キーデルレンやった。
「当主様。この者たちをどうしましょう?」
エーミールが跪いてバンガドロフに訊ねる。
「エーミールよ。ワシが命ずる……全員殺せ」
エーミールは立ち上がり、そして言うた。
「かしこまりました。当主様」
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