第82話あらやだ! 内乱を止めるわ!
「ちょっと待てや! それってエーミールも場合によっては殺すってことか!?」
イデアル公の言葉に思わず立ち上がり取り乱してしまうあたし。無礼な物言いやけど、気にした様子もなくイデアル公は「いや、基本は捕らえるだけだ」と安心させるように言うた。
「あたら帝国の役に立つ人材を殺すわけにはいかない。それにだ。エーミールはランクSの魔法使い。殺すのは惜しい」
「そ、そうか。ちょっとだけ安心したわ……」
自分の席に着くと今度はゴッドハルトさんがこないなことを言い出した。
「しかしエーミールという子はそんなに重要視されるのか? 弱虫と評判だったが」
「それは違うぜ。ヴォルモーデン卿」
答えたのはランドルフやった。厳しい顔をしとる。
「攻撃魔法に限るなら、おそらく学年で一番の使い手だ。デリア、あんたもそう思うだろう?」
「ええ。悔しいけど、認めざるを得ないわね」
デリアは腕組みをしながら、祖父に自分の考えを述べた。
「三種の属性魔法を使えて、しかも高威力で高精度の魔法を打ち出せます。しかもランクSの魔力量ですから、なかなか枯渇しない。もし私が戦ったら十に一つしか勝ち目はないでしょう。お祖父さま」
「……それほどまでか。ならいっそ――」
「殺すとかなしですよ。むしろ味方に付けるほうが得です」
クラウスの冷静な言葉にゴットハルトさんは「……まあそうだな」と言葉を飲み込んだ。
「それに、皇帝陛下から聞いた話だが、龍族の生き残りが居たそうではないか、ユーリ」
「ええ。ケイオスのことですね」
イデアル公の問いに答えると、彼は「だとしたらこの先の戦いのためにエーミールは必要だな」と言うた。
「基本的にエーミールは助ける。それは全員の総意だ。それを念頭に作戦を考えよう」
「作戦? あたしらは何をするんですか?」
何も聞いてへんあたしとイレーネちゃんとクラウスに説明してほしいと暗に言うた。
「キーデルレン家の屋敷を強襲し、当主のバンガドロフを捕らえる」
イデアル公のシンプルすぎる言葉に「どうして僕たちが?」とクラウスが問うた。
「護衛騎士や兵士ではいけませんか?」
「もちろん護衛騎士は使う。しかし兵を動かすわけにはいかない。何故なら、まだ内乱が起こってはいないからだ」
よう分からんかったのであたしは黙ってイデアル公の言葉を待った。
「もし国の軍事の元トップ、バンガドロフが反乱を企て、実行されたらどうなると思う? おそらくはソクラ帝国の力を借りなければ鎮圧できぬだろう。まあ鎮圧はできるが、その分、旧イデアル王国の力は弱まる。つまりイデアル派の力も弱まるということだ」
「加えて内乱など起こされたら皇帝陛下の心証も悪くなり、アスト派に弱みを付け込ませることになる。だから未然に防ぐ必要がある」
ゴットハルトさんも説明してくれたので、よう分かった。あたしらは誰にも知られずに火消しをする必要があるんやな。
「しかしお祖父さま。いかにして内乱の計画が発覚したのか。そしてその内乱の計画とは何か。そこはまだ、俺たちにも知られてないのですが」
今まで黙っとったデリアの兄、レオが発言すると「皇帝陛下の間者が調べたらしい」とゴットハルトさんは苦渋に満ちた顔をして言う。
「なんでもイデアル公が政権を返上した際、最後まで強固に反対していたという理由でずっとキーデルレン家を見張っていたらしい。おそろしいお方だ」
「爺。言葉が過ぎるぞ」
確かにおそろしいな。たったそれだけで人を疑い、そして実際に判明してしまうんやから。
『人は大なり小なり嘘を吐くものです。為政者はそれを見極めて政治を行なわなければいけません。そして為政者は誰も信用してはいけないのです。でないと寝首をかかれます』
皇帝の言葉やけど、まさしくそうやな。
「そして計画の内容だが、プラトを焼き払い、イデアル公を攫って、新たにイデアル国を建国することらしい」
ゴットハルトさんの言葉に「そんなことが可能なのでしょうか?」とレオが疑問を抱いた。
「さあな。しかしキーデルレン家の総力をもってすれば、あるいは……」
「しかし、一族全員がバンガドロフに従っているわけじゃねえだろ」
ランドルフが口を開いた。
「以前、デリアとクラウス、そしてドランさんだっけか? を助けるために俺の実家のランドスター家と協力してキーデルレン家の人間も兵を出してくれたんだ」
「ああ、聞いている。しかしそれは傍系だろう」
イデアル公は冷静に言い放った。
「直系で跡継ぎ候補のエーミールの頼みならば聞くだろう。そう考えるとキーデルレン家に忠誠を誓っているかもしれない」
「……そうだな。軽率だった」
そういえばあたしがアストの王城に囚われとったとき、そないなことがあったっけ。
「さて。では話を戻そう。作戦についてだが、至ってシンプルだ」
イデアル公は「図面はない。だから想像してもらいたい」と前置きをした。
「まず正面から護衛騎士、ランドルフ、レオ、クラウスが攻め込む。まあ陽動だな。そして裏口からデリア、ユーリ、イレーネ、クリスタの四人が忍び込み、当主バンガドロフを捕らえてくれ」
「全員で忍び込んで、大騒ぎしないように捕らえるのは駄目ですか?」
クラウスの疑問に「それは難しい」とイデアル公は首を振った。
「魔法警戒網が複数張ってある。これを解くのは難しい」
「だからわざと引っかかっての陽動しかないのか」
ランドルフは納得したように頷いた。
「しかし図面がないのは痛いな。当主の部屋が分からない」
「イデアル公。そこはメイドか執事を捕らえて吐かせれば良いのでは?」
「作戦中にか? 潜入する四人にできるのか? 爺よ」
ゴットハルトさんは「デリア。自白の魔法は使えるか?」と訊ねた。
「いえ。できませんが……」
「では後で教えよう。お前ならすぐに覚えられる。しかしこれは魔法抵抗のない人間にしか効かん。相手を選ぶように」
なるほど。じゃああたしらには効かんのか。
「作戦を理解したのなら、今日はもう休もう。エルフの国に行っていた三人は疲れているだろう。決行は三日後だ。それまで各自、身体を休めるように」
作戦の詳細を話し合った後、イデアル公の言葉で会議はお開きになった。
でもあたしはあんまり乗り気やなかった。
「ユーリ? どうかしたんですか?」
イレーネちゃんが自分も疲れとるのに話しかけてくれた。後ろを振り向くとデリアも居った。
というよりぼうっとしとったから、他の人が出て行ったのが気づけへんかった。
「……どうして気づけへんかったのかな」
「あんたがボーっとしているからでしょ? エルフの国の冒険疲れ?」
「ちゃうねん。そっちやない……」
あたしは二人に向かって言うた。
「どうしてエーミールのこと、気づいてあげへんかったんやろ。気づけるチャンスあったやんか」
学校の陰謀を晴らした頃、エーミールは実家に戻っとった。
そしてエルフの国に行く前にもまだ実家がごたづいていた。
気づいてあげられることができたはずやった。
大切な友人やのに……
「そんな過去のこと悔やんでも仕方ないじゃない」
デリアが珍しく優しい声で言うた。
「相談しなかったあいつも悪いしね。会ったら説教してあげなさい」
「デリアの言うとおりです。また一緒に魔法学校に行けますよ」
二人の励ましにあたしは「せやな」と頷いた。
でもそれが叶わなくなるなんて。
のん気なあたしには考えられへんかった。
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