第71話あらやだ! 王子のワガママだわ!

 カサブランカちゅう男の子の衝撃的な告白にみんな呆気に取られてしもうた。もちろんあたしの頭ん中はハテナマークで一杯やった。

 結婚? 妃?

 ちゅうことはカサブランカは――


「何を言ってるのじゃ! カサブランカ! エルフの王子ともあろう者が、何を世迷言を!」


 ボタン女王が王座から立ち上がり、威厳を込めて怒鳴った。うわあ、めっちゃキレてるわ。


「母上。僕はこの人間をいたく気に入りました。是非結婚したく存じ上げます」

「ふざけたことを申すな! 忘れたのか? 異種族では子を成せぬ!」


 クヌート先生の授業で確か習ったな。王子はどうする気なんやろ。


「子を成せなくとも愛することはできますよ」


 王子は飄々とした物言いでボタン女王の怒りを受け流す。そしてイレーネちゃんの手を取ったまま引き寄せて――そのまま抱きしめたんや。


「はひっ!? な、なにするですか!?」


 イレーネちゃんは顔を真っ赤にした。でも抵抗できひんみたいで成すがまま、抱きしめられとった。


「ふふ。照れているのかい? 可愛いね」

「可愛いだなんて……! やめてください!」

「そういうところも可愛い――」


 そこまで言うて、とうとう我慢できひんかったあたしは止めに入った。


「やめや! 使者に何しとんねん!」


 立ち上がってイレーネちゃんから引き離す。そして今度はあたしがイレーネちゃんを抱きしめる形になった。


「なんだい君。ここからが良いところなのに」

「知るか! あたしはチャラチャラしとる男が嫌いやねん! ていうか一国の王子がそないな乱暴してええと思うとるのか!」

「それを言うなら、一国の王子に向かって暴言を吐くほうがおかしいと思わないのかい?」


 なんやこいつ。正論っぽいこと言いよって。


「とにかく、イレーネちゃんは妃にさせへん! 行こう、イレーネちゃん、クラウス。話はまとまったんや――」

「話がまとまった? それはないな」


 王子が指をパチンと鳴らすと、王座の間の入り口が乱雑に開いて、続々と弓矢を持ったエルフの兵士が入ってきた。


「……ボタン女王。これはどういうことですか?」


 クラウスは王子ではなく、女王に訊ねた。でも女王は首を横に振って「わ、わらわにも分からん……」と混乱しとった。


「ふふ。イレーネさんのことは入国したときから知っていた。そして君たちが反対することも予期できた。だからこのように準備をしてたんだよ」

「……一国の王子のすることちゃうな」


 できる限りの怒りを込めて睨むと王子は肩を竦めた。


「さてと。イレーネさん以外をここで殺すことは容易いけど、それはしない。友人代表の挨拶をしてもらわないとね」

「……随分と余裕ですね」


 クラウスは挑発するように言うた。


「後悔しないといいですね。僕とユーリさんは怒ってますから」

「怒ってもどうすることができないよ。君たちは牢屋に行くんだから」


 するとここまで黙っとったボタン女王が「カサブランカ!」と怒鳴りつけた。


「そなたは恥を知らんのか! 使者を牢屋に入れるなどと――」

「母上は常日頃から言っておりました。人間は油断ならないと。だから最大限の警戒のために、牢屋に入れるのですよ」

「ふざけたことを! 誰か王子を捕らえるのじゃ!」


 女王の命令や。誰かしら従うやろと期待したんやけど――


「な、何故動かぬ!? 何故従わぬ!?」


 兵士は誰一人動かんかった。それに偉い人の過半数は目を伏せとった。


「何も準備せずに臨むわけないじゃないですか。ちょうどいい機会ですから、はっきり言っておきましょうか」


 王子は王座の間に集まった全員に向かって言うた。


「今日より、このカサブランカが王となる。母上、速やかに退位してください」


 ボタン女王は腰が抜けたようにその場にへなへなと倒れてしもうた。

 ……ていうかこれクーデターやな? 人生で二度、クーデターの瞬間に立ち会うなんてあたし以外居らんちゃうか? あ、クラウスもそうか。


「それじゃ、二人を牢屋に。イレーネさんは僕の部屋に連れて行ってください」


 エルフの兵士の動きは素早かった。あたしは両腕を掴まれ、手錠をされて、口に猿轡をされてもうた。これでは呪文が唱えられん! 抵抗もできひん!

 クラウスも同じようにされてもうた。これはやばいわ!


「ユーリ! クラウスくん!」


 イレーネちゃんの悲鳴にあたしはくぐもった声しか出えへんかった。

 くそ! こんなことになるんやったら、イレーネちゃんを巻き込むんやあらへんかった!

 後悔先に立たずとは、このことやな……




 それからあたしとクラウスは地下牢に入れられた。

 地下牢には少なくない囚人がたくさん居った。


「おい! ここから出せや!」

「飯はまだか! おら!!」


 ガラの悪いエルフばかりやな。


「手錠を開けるから、鍵穴を見せろ」


 牢屋に入れられた後、エルフの兵士にそう言われて、鉄格子越しから鍵穴を見せた。かちゃりと音がして、手錠から解放された。

 猿轡は自分で取ったけど、しばらく何も話せんかった。イレーネちゃんに対して申し訳なく思うたからや。


「さて。ユーリさん。この後、どうします?」


 クラウスが話しかけてくれへんかったら、気持ちが沈んでしもうたままやったな。


「そうやな……イレーネちゃんを助けださへんとあかんけど、その前にあたしらがここを出ないとあかんな」

「前に牢屋に入れられたときはどうでした?」

「あれは参考にならへんよ。気いついたら勝手に助かっとった」


 クラウスは「仕方ないですね」と溜息を吐いた。


「助けを待とうにも、ここはエルフの国。ソクラの助けは絶望的ですね」

「そうやな。せやから、自分の手で脱獄せえへんとあかんわ」


 というか、牢屋に入れられるのは二回目やな。悪いことせえへんのに、何故か牢屋に入れられてしまう。まったく、こういうのはランドルフのほうが似合うのにな。


「そういえばケイオスくんは大丈夫でしょうか?」


 不意にクラウスが言うた。そういえばあいつ何しとるんやろ。


「まあなんとかなると思うで。結構強そうやし」

「彼が助けに来てくれれば……」


 その言葉にあたしは「あはは。ありえへんわ」と笑いながら言うた。


「ここに捕まっとること、あいつ知らんやろ――」

「うん? 我輩のことを呼んだか?」


 振り返るとそこには鍵の束を持ったケイオスが鉄格子の向こう側に立っとった。


「はあ!? なんであんたそこにおんねん!」

「声がでかい。まあお前たちの後を追って、いつまで経っても城から出てこないから、エルフ共から話を聞いて、ここに閉じ込められていると知ったんだ」


 クラウスは「……いつから後を追ってたんですか?」と不思議そうに訊ねた。


「まあそれはいいだろう。それよりもここから出ないか?」


 こないに早く出られるとは思わなかったな。初回とは大違いや。


「おい。貴様らも出たいか? なら開けてやろう」


 あたしらの牢屋だけやなく、他のエルフの牢屋も次々と開けていくケイオス。


「あんた何考えて――」

「おお! ありがてえ!」

「誰だか知らんが、助かったぜ!」


 うわあ。犯罪者が自由になっていくなあ。


「いいか? 全員が協力してここから出るんだ」


 エルフの囚人を集めて、言い聞かせるように言うケイオス。


「向こうに兵士が居るが、二、三人だ。それに武器もその先にある。さあ、皆で自由を勝ち取ろう!」


 囚人たちは「うおおお!」と言いながらケイオスの指差すほうへ走って行く。


「よし。ユーリ、クラウス。我輩たちはこっちから逃げるぞ」


 反対方向へ歩き出すケイオスにクラウスは「……悪人ですね」と呟いた。囚人を囮に使うなんて、末恐ろしいわ。


「とにかく、イレーネを奪還するのは今の段階では無理だ。一旦エルフの城から逃げるぞ」


 正直、イレーネちゃんを助け出したかったけど、しゃーなかった。

 あたしたちは暗い地下牢から逃げ出した。

 まるでネズミのようやなと心の奥底で思うた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る