第72話あらやだ! 革命軍だわ!

 あたしらはケイオスの先導で地下を走った。地下牢は洞窟を利用して作られとるらしく、進むに連れて、人の手入れがされてへん場所につながっとった。


「多分、こっちに抜け道があるはずだ」

「なんでそないなこと分かるんや?」


 自信満々に先を進むケイオスに訊ねると「勘だな」と頼りにならんことを言われた。


「はあ? 勘やと?」

「冗談だ。こっちに風の通っているし、外の音も聞こえるからな」


 耳を澄ましてみても、まったく聞こえへんかった。クラウスの顔を見ても、同じように聞こえへんみたいやった。


「どんな聴力しとるんや。まあええわ。あんたに着いて行くで」

「任せろ。後もう少しだ」


 次第に暗くなる通路やけど、クラウスが炎の魔法で明るくしてくれるから、足元は大丈夫やった。


「しかしまあ、どこにつながっているんでしょうね」


 クラウスの呟きにケイオスは「間違いなく外に通じる道がある」と断言した。


「王族を逃がすための隠し通路は必ずある。特に地下にはたくさんある」

「まるで王族みたいな言い方やな」

「まあな。おっと。ここがその隠し通路のようだ」


 ケイオスが指し示した壁をよく見ると、他と色が濃くて異なっとる。

 さっそくケイオスが両手で押すと、ずずずと壁が動いて、目の前に通路が現れた。


「ケイオス、あんたやるやんか!」

「これでほぼ恩は返せただろうな。さて、さっさと行くぞ」


 目の前の通路をゆっくり進むと出口らしき場所から日の光が差し込んできた。

 よっしゃ、出口や! そう思うて出口から抜けた先には――

 ……数十人の兵士が森の中で待ち構えとった。


「……どういうわけや?」

「……どうやら待ち伏せされてたみたいですね」

「……エルフを侮っていたな」


 エルフの兵士たちは剣や弓を構えて、あたしらを威嚇しとる。


「ふっくっく。まさに袋の中のネズミですねえ」


 中央に居る、金ぴかの鎧を着たエルフがにやにや笑いながら言うた。


「わたくし、エルフ国軍第三部隊隊長のリアトリスと申します」


 傲慢で上から目線の中年のエルフやった。敬語使こうてるけど、明らかに人間を見下しとる。


「脱獄に成功したところで心苦しいのですが、あなた方はここで捕らえさせていただきます。素直に捕まってください」


 じりじりと寄ってくるエルフの兵士たち。

 あたしは戦闘を覚悟した――


「ちょっと待ってください。カサブランカ王子の暴挙を許してもいいのですか?」


 クラウスが時間稼ぎかどうか分からんけど、リアトリスに向こうて言うたんや。


「そうですねえ。暴挙、というより謀反と言ってもいいでしょうね。ですがわたくしには関係ありません。王子はこのわたくしを親衛隊の隊長に推挙するとおっしゃってくださったのですよ!」


 うわあ。自分の出世のためか。これでは説得は難しいわ。


「さてと。余計な問答はやめましょう。手足の一本や二本、折れても構いません。みなさん、この人間を捕らえなさい!」


 エルフたちが一斉に襲い掛かる。あたしたちはそれぞれ身構えた――


「リアトリス様! 大変です!」


 後一歩のところで突然割り込んできた兵士。リアトリスは「どうしました?」とその兵士に訊ねる。


「革命軍です! こちらに迫ってきています! その数二百以上!」

「なんですと!? うぬぬ。こちらは四十人程度……退きますよ! みなさん!」


 慌ただしく逃げ出すリアトリスとエルフの兵士たち。あたしたちはどうやら助かったみたいや。


「いえ、助かっていませんよ。革命軍とやらが来る前に立ち去りましょう」


 クラウスの言うとおりやった。あたしはケイオスに「近くの村まで逃げるで!」と呼びかけた。でもケイオスは首を横に振る。


「いや、最悪なことに遅かったみたいだ」


 その言葉を聞いたと同時に一本の矢があたしの足元に突き刺さった。


「な、なんやこれ!?」

「悪いが人間さん。あんたらに聞きたいことがあるんだ」


 茂みから数人のエルフがやってきた。でも格好は今まで見た平民のエルフと変わりない姿やった。

 その中央に居ったのは顔に傷を負った、長い銀髪の背の高いエルフやった。多分この中で一番偉いエルフやろ。


「あんたらが革命軍か?」


 一応訊ねると真ん中の顔に傷を負ったエルフが「いかにも」と答えた。


「お前たちに聞きたいことがある。アジトまで同行してもらおう」

「……はあ。また人質ですか」


 ここで魔法使こうて戦うこともできたけど、それから逃げ切ることもできたはずやけど、敢えてせえへんかった。

 クラウスに戦う意思がないことと何故かケイオスが抵抗せえへんかったことが理由や。あたし一人がやる気でもしゃーないしな。


「ええで。連れてけや」

「素直でよろしい。では案内しよう。革命軍のアジトへ」




 用心深いのか、それともあたしたちを信用してへんのか、はたまたその両方なのか分からんけど、あたしたちは目隠しされたまま、馬に乗せられてアジトまで連れて来られた。


「悪いがこの部屋に居てもらおう。ああ、目隠しはもう取っていい」


 目隠しを取ると入れられたのは物置のような小屋やと分かった。

 さて。エルフの国の王族に囚われているのと、革命軍に囚われているのは、どっちがマシなんやろか。


「ユーリさん。これからどうしますか?」

「クラウス。とりあえず革命軍がどうしてあたしらを殺さずに連れてきたのかを知りたいんやけど」


 ケイオスは寝そべりながら「どうせ革命に力を貸せとか言うんじゃないのか?」とのん気なことを言うた。


「それはないやろ。見知らぬ人間を革命に参加させるようなことせえへんわ」

「じゃあどうするつもりなんだ?」

「僕たちから情報を得るためではないでしょうか?」


 確かにそれは言えるな。それなら目隠ししたのも頷ける。情報をあたしたちから貰ろうて、それから解放する気なんや。


「楽観的すぎないか? 我輩はいざとなったら戦うつもりだぞ」

「血の気が多いわ。せやかて、勝ち目なんてないやろ。ここは革命軍のアジトやで?」

「そもそも、革命軍とは何者なんでしょうね?」

「革命軍は王家から政権を奪うための組織だ」


 クラウスの問いの答えたのは、先ほどの顔に傷のあるエルフやった。小屋に入るなりあたしたちの疑問に答えた。


「ブルーカを中心として、たくさんのエルフが参加している」

「……それで、あんたらの目的は分かったけど、あたしらに何を望むんや?」


 エルフはどかりと座って「まずは情報交換と行こうじゃないか」と言うた。


「俺の名前はローレルという。お前たちの名は?」

「あたしはユーリというんや」

「僕はクラウスです」

「我輩はケイオス・クルナーフ」


 自己紹介を終えると、ローレルは「どうして人間のあんたらがこの国に来たんだ?」と問いを投げかけた。


「ソクラ帝国の皇帝にエルフと友好条約を結ぶように言われたんや」

「ああ、最近大陸を統一したらしいな。なるほど……」

「革命軍って結局なんなんや? 王家を打倒するのが目的なんか?」


 ローレルは「それは違うな」と首を横に振った。


「俺たちの目的は身分制度の廃止だ。皆が平等に教育や医療を受けられる社会を創ることが目的だ」

「なるほどな。しかしそのために同族のエルフを殺すのか?」


 ケイオスの問いに「なるべくは殺さないようにしているが、現実は厳しいものだ」とローレルは答えた。


「無血で事を成すなど、不可能に近い」

「僕たちが知っていることは、カサブランカ王子が謀反を起こしたということです」


 クラウスの言葉にローレルは「それは本当か?」と驚いとった。

 クラウスは今までの経緯を分かりやすくローレルに話した。


「……だからあのような場所にお前たちが居たのだな」

「そうです。僕たちは友人のイレーネさんを助けたい。そしてあなたたちは王家から政権を奪いたい。協力できると思いませんか?」


 クラウスの思わぬ言葉に口出ししそうになるが、ぐっと堪えた。クラウスには考えがあるんやろ。せやから信じよう。


「協力か。どう協力してくれるんだ?」

「はん。決まっているだろう。大義名分のお墨付きをしてやろう」


 ケイオスがここぞとばかりに自分の考えを述べた。


「革命軍には正義があっても大義がない。つまりは保証がない。そんなものに付いていくエルフは居ない。居るとすれば同じ志を持つ者、ブルーカだが、頼りになるとは思えない。ろくに教育を受けてないんだからな」


 ローレルは黙ってケイオスの言葉に耳を傾けた。


「いいか? ここから重要だ。ボタン女王に弓引いたカサブランカ王子を討つことを大義名分として兵を挙げるんだ。そうすれば、キーファーやスラーンのエルフも協力するだろう。それに人間の軍勢もこの件に絡むことができる。使者を無理矢理奪ったんだからな。人間の軍、しかも大陸を統一した軍と革命軍を合わせれば、国軍に勝てるだろうよ」


 ローレルはしばらく考えて「本当に人間の軍は来てくれるのか?」と訊ねた。

 するとクラウスが「僕がソクラ帝国に戻って知らせましょう」と言うた。


「速くても半月かかりますが、皇帝陛下に相談することはできますよ」

「……分かった。それで、お前たちの利益はどうなる? 友人を取り返すだけじゃ割に合わないだろう」


 あたしは「そんなら政権を取ったらソクラ帝国と友好条約を結んでもらえへんか?」と言うた。


「それなら皇帝も納得して軍を出すやろ」

「それでいいのなら、是非もない。協力しよう」


 交渉成立したところではたと気づいた。

 これって現代でいうところのテロリストに力を貸すことと一緒やないやろか?


 まあ細かいことはどうでもええ。

 イレーネちゃん、必ず助けるからな!

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