第70話あらやだ! 女王と話すわ!

 そして翌日。

 昼頃と言われたけど、予定が早まって午前のうちにエルフの女王、ボタンに会うことになった。まあ早いに越したことはないけど、考えがまとまらんのに呼び出されるのは、不意を突かれた気分やな。

 考えとはどうやって友好条約を結ぶか、いかにして身分制度を止めさせるかの二点やった。

 前者はクラウスがええ考えがある言うてたから、あんまり心配しとらんけど、問題は根深い身分制度の問題を説得するかやな。


「ユーリ。今回は諦めたほうがいいですよ」


 エルフの城に向かう馬車の中で、イレーネちゃんが心配そうに言うた。


「私たち人間の社会――いえ、世界でも身分はあるじゃないですか。それを無くすのは不可能に近いじゃないですか。というより、無くなったら混乱するというか……」


 あたしは身分差のない前世を知っとるから、そないに混乱せえへんと思うけど、まあこの世界では大混乱になるやろうな。西から太陽が昇るようなもんや。


「でもまあカルミアと約束してもうたからなあ」

「もう。ユーリはいつもそうです。無茶なことばかりして!」

「あはは。でも約束は守っとるやろ?」


 イレーネちゃんは「それとこれとは別です」とぷいっと顔を背けた。


「イデアル王のときと同じように、良い考えが生まれればいいのですが」


 同乗しとるクラウスの言うとおりやった。その場で冴えた考えが浮かべばええんやけどなあ。


「それにしても、ケイオスくんが素直に宿屋で待っているとは思わなかったですね」


 クラウスの言うたとおり、今馬車の乗っとるのは、あたしとイレーネちゃんとクラウスだけやった。チャイブさんは別の馬車で先に向かっとった。


「ケイオスは使者やあらへんからなあ。仕方ないやろ」

「まさかこっそり着いてきてないですよね?」

「あはは。ありえへんわ。馬車結構速く走っとるやん」


 今、あたしたちが乗っとるエルフの馬車は一般道の車ぐらいの速度で走っとる。そないにスピード出さんでもええと思うけどなあ。


「しかし、自然の多い国ですね。窓を見ても木々が多い。それでいて幻想的だ」


 クラウスが窓の外を見ながら言うた。イレーネちゃんも「そうですね。自然が好きなんでしょうか?」と相槌を打った。

 こないに自然を愛しとるエルフやのに、どないして同じ同胞を差別できるのやろか。

 あたしにはさっぱり理解できひんかった。


 エルフの城は今まで見たどの城よりも幻想的で儚げで、美しかった。あたしの語彙力が豊富やったら出来得る限りの美辞麗句を並べたいところや。しかしどんな形容詞を並べても賞賛の言葉は霞んでしまうぐらい、美しかった。

 それでも敢えて描写するなら、エメラルド色を基調にした大木がそのまま城になった感じやな。一切の無駄が無かった。子供の頃、想像した御伽噺のお城のようや。


 一目見て、あたしもイレーネちゃんもクラウスも言葉が出えへんかった。

 あかん。飲まれてもうた。


 そのまま王座の間に案内される。先頭はあたし。次にクラウス。最後にイレーネちゃん。おっと、途中で合流したチャイブさんが最後尾やった。


 目がチカチカするくらい美しい廊下を歩いて、ひと際大きな門の前で案内は終わった。

 衛兵たちが門を開ける。


 その王座の間の美しさと言ったら! 

 中央の床には深緑の絨毯。その両端に水晶か何かの鉱石で作られた椅子がずらりと並ぶ。

 座っとるのはエルフのお偉いさん。

 そして一番奥の中央に座っとる、物凄く美しいエルフの女性。三十代くらいやろか? 銀髪にふくよかな胸。ぱっちり開いた目。そして透き通るような白い肌。

 あれがエルフの女王、ボタンか――

 うん? その傍らにはあたしたちと同じくらいの男の子が居るな。あたしたちを見て、何故か目を大きく見開いとる。

 よく見てみるとボタン女王と似ているような……


「そなたたちがソクラ帝国からの使者か」


 ボタン女王の声。威厳がありつつ、女性らしい優しさもあるような気がする。

 あたしは跪きながら「はい。そのとおりです」と答えた。


「このたびは謁見の許可をいただき、真に恐悦至極に存じます――」

「堅苦しい挨拶は結構じゃ。それで、皇帝の用件はなんだ?」


 話が早くていい――なんてのうてんきなことは考えへんかった。明らかにこちらを舐めとるな。


「皇帝陛下は、あなた方と友好条約を結びたいとのことです」


 クラウスが言うた瞬間、椅子に座っとったエルフのお偉いさんからざわめきが聞こえた。


「なんだと? 友好条約?」

「今まで敵視していた我らに対して、よくもまあ……」

「汚らわしい人間と条約など……」


 うわあ。やばいわこれ。そりゃそうやな。敵対してた相手やし、しかも大陸から追い出した人間の申し出やし。


「……それを受けるメリットはあるのかや?」


 ボタン女王の言葉でしーんと静まり返る王座の間。


「もちろんございます。まずは水域の制定。これによって無用な争いは起こりません」

「そなたらがエルフの水域まで漁猟をしなければ良いだろう」


 クラウスの言葉にすかさず指摘するボタン女王。それにめげずにクラウスは反論したんや。


「制定と言っても、禁止区域を決めるのではなく、相互に漁猟のできることを決める、という意味です」

「では、そなたらの大陸の海域に自由に航海してもよいと?」

「ええ。そのための友好条約です」


 あれ? 大丈夫か? 皇帝からはそないな許可取ってへんけど?


「加えて交易や門戸の開放を提案します。ノース・コンティネントに限り、入国することができます。貿易もしましょう」


 クラウス、とんでもないこと言うてへんか?

 しばらく考えとったボタン女王やったけど、最終的には首を横に振った。


「それを許したら、逆に人間がプラントアイランドに入国することも許可しなければならぬな」

「それが友好条約ですから」

「それはできぬ。人間が訪れてよい国ではない。ましてや薄汚いドワーフ共と同盟を結んでいる人間には特にだ」


 うん? ああ、なるほど。人間がOKなら同盟相手のドワーフもOKちゅうことになりえると言いたいんやな。


「そうですか。ならば不可侵条約はどうでしょうか?」

「不可侵条約、だと?」

「ええ。互いに水域を決めて、そこには絶対漁猟をしないという条約です」


 クラウスの提案にボタン女王は「それでは先ほどの話と同じではないか」と言うた。


「エルフの水域に立ち入らなければ良いだけだ」

「しかしきちんと制定してませんし、水域というものは国境と違って目に見えるものではありません。ですから、きちんと条約で定めておけばそれこそ無用な争いは起こりません」


 その言葉を聞いたボタン女王は「どう思う?」と周りのエルフを見渡した。


「わらわは受けようと思う。争いは美しくない。それにここが落としどころでもある」


 ボタン女王の言葉にエルフのお偉いさん方は頷いた。


「よしわかった。不可侵条約とやらを結ぼう」


 後で教えてもらったけど、クラウスは初めから友好条約は無理と思うてたらしい。せやからエルフが嫌がる提案をしてからおとしどころとして、不可侵条約を結ぼうと言うたんや。まったく、ずる賢いわ。


「分かりました。では皇帝陛下のお返事を聞いてから、返答させていただきます」

「そなたが代わりに調印するのではないのか?」

「私たちは使者ですし、友好条約を結べなかった報告と妥協案である不可侵条約の報告もしなければいけませんので」


 ボタン女王は一応納得したようやった。

 さて。今度はあたしの番やな。


「ボタン女王――」

「そこの君。顔を挙げてくれませんか?」


 出鼻を挫かれたと思うた。誰やと思うて見てみると、傍らに居ったエルフの男の子があたしの後ろ、つまりイレーネちゃんのほうを指差しとる。

 イレーネちゃんは自分のことやと思わずに頭を伏せていた。


「そこの緑髪の三つ編みを垂らした人間の女の子。あなたのことですよ」


 男の子の言葉で自分のことを言われとると気づいたイレーネちゃんは「は、はひ!?」と驚いて顔を上げた。


「わ、私が、何か粗相を――」

「もっとよく顔を見せてください」


 なんや? 何が起ころうとしてるんや?

 ボタン女王も呆気に取られとる。

 男の子の要求どおり、イレーネちゃんは顔を真っ直ぐ向ける。おどおどしとるけど、なんとか向けたんや。


「……美しい」


 男の子の口から出た言葉にあたしもクラウスもボタン女王もエルフのお偉いさんも、そしてイレーネちゃんも理解できひんかった。

 男の子は椅子から立ち上がって、イレーネちゃんに近づいて、手を取って言う。


「僕はカサブランカと言います。あなたのお名前は?」

「い、イレーネと言います……」


 男の子――カサブランカはにっこりと笑って言うた。


「是非、僕と結婚して妃になってくれませんか?」

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