第69話あらやだ! 子供の訴えだわ!
「人間の世界でも身分差はあると思うけど、エルフは物凄く厳しいわ」
「どない感じに厳しいねん?」
カルミアは「たとえばキーファーの前を歩いたブルーカの子供が殺されるなんてしょっちゅうあるわ」と涙を流しながら言うた。
「……そないなことがあるのか。それは厳しいわ」
「ママは病気の私を医者に診せようと急いでいたの。そこをたまたま通りかかったキーファーにぶつかって、滅多打ちにされたのよ」
イレーネちゃんは「なんて酷い……」と口元を抑えたんや。
普段は飄々としとるクラウスも厳しい顔をしとった。
せやけど、ケイオスだけは違ったんや。
「それはお前の母が悪いだろう。きちんと分かっていたはずだ。キーファーとやらにぶつかったらどうなるかを」
「ケイオス。あんたは血も涙もないんか。母親やったら、病気の子を助けようと必死になるやろ」
注意をするとケイオスは「ふん。そういうものか」と肩を竦めた。
「分かっているわよ。ママが軽率だったのは。でもそのせいでママは二度と歩けなくなった。ぶつかっただけよ!? あまりにも重過ぎるじゃない!」
どうしてそんなに厳しい身分制度ができたんやろ?
あたしはチャイブさんに訊ねた。
「なあ。いつからこうなったんや?」
「……数百年前、人間と龍族の戦いにおいて、人間の勝利となり、大陸から我々エルフが追い出されてしまったときに、出来上がったのです」
「はあ? なんでや? 一致団結して戦おうと思うなら――」
「当時のエルフの王が決めたのです」
それが全てだと言わんばかりやった。エルフの王が絶対やと。
「確かに反対はありましたが、王の決定に逆らう者は罪人として処刑されました」
「めっちゃ酷い話やな……」
そしてカルミアは「この国はおかしいのよ……」と言うた。
「同じエルフなのに、生まれが違うだけで、何もできないのよ。教育も受けられないし、食べ物も満足にもらえない。まるで奴隷そのものよ」
この世界にも奴隷制はまだ存在しとる。ノース・コンティネントには存在しないとされとるけど、裏ギルドのアンダー曰く、一般人の知らんところでは奴隷が存在しとるらしい。
「私はこんな国に生まれたくなかった……! 奴隷なんかに、生まれたくなかった……!」
カルミアの心からの叫びに、あたしは何も言えへんかった。
「……チャイブさん。あなたはスラーンらしいですけど、キーファーとどう違うんですか?」
クラウスの問いにチャイブさんは素直に言うた。
「スラーンはブルーカの中で特別な技能もしくは才能のある者が就ける、特殊な身分です」
特別な身分? あたしたちはチャイブさんの言葉を待った。
「一代限りの身分ですが、キーファーと同じ仕事に就けることになっています」
「なっています? なんかおかしな言い方ですね」
イレーネちゃんの疑問にチャイブさんは「表向きの理由ですからね」と答えた。
「キーファーたちがやりたくもない仕事をやるような身分です。はっきり言えば人間との渉外など、キーファーはやりたがらないのです」
当たり前やけど随分と嫌われとるな。まあ当然やな。
「ふん。エルフとは全ての種族の中で傲慢であるとされているが、このような酷い制度は初めてだな」
ケイオスが吐き捨てるように言うた。
「確かに身分は必要なのかもしれんが、やりすぎると膿が溜まるのだな」
厳しい言い方やけど、否定できひんし、するつもりもなかった。
そしてあたしはカルミアに問うたんや。
「それでカルミア。あんたはどうしたいの?」
「……えっ?」
あたしは多分、今までにないくらい厳しい声で言うた。
「そのまま泣いて暮らすんか? みじめなまま生きるんか?」
「……何が言いたいのよ」
イレーネちゃんが不安そうな顔であたしを見とる。
「不平を言う権利は誰にだってあるわ。心の中までは縛られへんからな。でもな、それだけで満足かって訊いてんねん」
「そんなわけないじゃない! でも、私には何も……」
「せやな。何もできひんな」
悔しげに唇を噛み締めるカルミアにあたしは続けて言うた。
「一人っきりで座り込んで、涙を流しとる女の子。そないなもんに国が変えられるわけがないな」
「…………」
「愚痴を毎日言って、同じブルーカの仲間と慰め合って、それで満足するしかないわな」
「……うるさい」
「うるさい? 事実やろ? あんたは一生、あんたの言う奴隷として生きるんや」
「黙れ……!」
「黙らへんわ。カルミア。あんたは現実から逃げとるだけなんや――」
カルミアは「うるさいって言っているのよ!」と激高して、あたしの胸ぐらを掴んで――
その手を掴んで逆に投げた。床に叩きつけられるカルミア。
「ユーリ! やりすぎです!」
「イレーネちゃん、堪忍やで。カルミア、あんた、今、何をした?」
組み伏せられたまま、静かに涙を流すカルミアにあたしはさらに言うた。
「あんたは弱い。それが現実や。それを認めなあかん」
「なによ……! 人間のくせに、見下さないでよ……!」
「怒りのまま戦っても、ぼろ雑巾みたいに殺されるだけやで」
そしてあたしは手を放した。せやけど、カルミアは立ち上がろうともせえへんかった。
「カルミア。もしかして、あたしたちがあんたの話を聞いて、この国を変えてくれるかもしれへんと思ったか?」
「…………」
「悪いけど、そないなことはできひん。あたしらは友好条約を結びに来たんや」
カルミアはそれでも立ちあがらへんかった。
「助けてほしいとか、言われたんなら考えんでもないけどな。でもそれはエルフのプライドが許さへんやろ。せやから愚痴を言うしかなかったんや。そうやろ?」
「…………」
「あたしらは、あんたを助けへん。一人で立ち歩けないエルフを助ける義理はない」
そこまで言うたら、カルミアはようやく俯きながら言うた。
「じゃあ、どうすればいいのよ……国を変えることができない……私一人では……」
「あんたはどうしたいんや?」
あたしの問いにカルミアは大声で叫んだ。
「この国を、変えたい! 誰もが楽しく暮らせる国にしたい!」
そしてあたしに縋りつくように懇願した。
「お願い、あなたたち、人間の力を貸してください……エルフだけじゃ、どうにもならない……」
救いを求めようとあたしに向かって手を伸ばす。
差し出された手をあたしは両手で受け取った。
「ええやろ。あたしが協力したる」
「……えっ?」
あたしはチャイブさんに向かって言うた。
「エルフの女王に直談判するで。この身分制度を止めるようにな」
「……正気ですか? 女王が聞き入れるとは思えませんが」
あたしはチャイブさんに言うた。
「子供が遊び半分で殺されたり、子を守ろうとして母親が怪我をする国なんて、おかしいに決まっとるやろ。違うか?」
「……どうなっても知りませんよ」
チャイブさんは止めへんかった。それどころか怒りもせえへんかった。それは認めたというよりは見て見ぬふりをしてくれるちゅうことやな。
「ユーリ、どうする気ですか? 危険なことはしないですよね?」
イレーネちゃんは顔を真っ青にして動揺しとる。
「ユーリさんと一緒に居ると、退屈しませんねえ」
クラウスはにっこりと笑っとる。
「ふむ。どうやら楽しいことが起こりそうだな」
ケイオスはわくわくしとる。
「どうして、人間なのに、エルフの国とは、無関係なのに……」
「あんたが力を貸してほしい言うたからやろ」
あたしはカルミアの顔に残っとる涙を指で拭ってやった。
「子供の頼みを無碍になんてできひんわ。せやろ?」
そしてあたしはイレーネちゃん、クラウス、ケイオスに向かって言うた。
「みんな、馬鹿な真似をするけど、堪忍やで!」
こうして、あたしはエルフの国を変えることにした。
その決断がエルフの国を巻き込む、とんでもない嵐になるとは、あたし自身、思いもよらなかったんや。
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