第68話あらやだ! 邪眼だわ!

 たった一人で八人のエルフと戦う。向こう見ずで無鉄砲な行動やったけど、それでも戦わなあかんかった。

 理由は目の前の少女を助けるためであり、怒りを覚えたからや。

 ほんまに単純な人間やと自分でも呆れるけど、子供が理不尽に痛めつけられとるのを見過ごすのはあかんと思う。

 せやから、このときばかりは自分が友好条約を結びにきた使者であることなんて、頭から抜けとったんや。


「人間風情が、調子に――」


 あたしの啖呵にエルフの一人が応じるように前に出たときやった。


 ぞくりと、悪寒が、走ったんや。


 この場から逃げ出したくなるような感覚。自分が圧倒的強者から捕食される動物のように思える。息苦しくてその場に倒れてしまいそうになるのを、ぐっと堪える。

 エルフ特有の魔法か? そう思うたけど周りを見るとそうやないことに気づく。

 八人のエルフのうち、六人がその場にうずくまっとる。二人も苦しそうな表情を見せた。


「な、なんだ、これは? 人間、貴様がやったのか……?」

「ち、ちゃうわ……あたしの様子見れば分かるやろ……」


 空気が重苦しいんや。比喩ちゃう、本当に重くなっとる。苦しくて仕方ないんや。

 今気づいたけど、あたしらだけやなくて、近くにおるエルフたちも苦しそうにしたり、倒れたりしとる。

 誰の仕業やろか……?


「まったく、何をしているのだ。ユーリよ。騒動になったら困るのはお前ではないのか?」


 呆れたような声で近づいてくるのは――ケイオスやった。この空気の中、平気な顔して近づいてくる。何故か知らんけど、目が金色ではなく、すみれ色になっとる。

 まさか――やったんはケイオスなのか?


「あんたが、これを、やったんか?」

「ああ、そうだ。我輩がやった。しかしまだまだ未熟だな。父上ならば全員昏倒させられたはずだ。力が足りないせいか、貴様ら三人が相当なものなのか」


 訳の分からんことを言うとるケイオス。あたしはなんとかケイオスと向かい合うて「もう十分やから、やめてくれへん?」とお願いをした。


「そうか。まあ喧嘩にならなければ良しとしよう」


 そう言うてケイオスは目を閉じた。そして再び開かれた目は綺麗な金色やった。

 重苦しい空気が無くなり、ようやく呼吸が正常に戻った。


「あんた、何者なん? こないな魔法、聞いたことないわ」

「そうだな。いずれ話すことにしよう。今はまだ言えないな」


 その答えに納得できひんかったので、さらに問い詰めようとすると――


「この糞ガキ共……! 何しやがった……!」


 比較的被害が少なかったエルフの一人――少女を足蹴にしようとしたエルフや――がすらりと剣を抜いた。


「もう許せねえ……! 食らえ!」


 斬りかかろうと近づくエルフに「お待ちください!」と制止を求める声がした。

 チャイブやった。あたしとエルフの間に割り込んで頭を下げる。


「この人間はノースの皇帝の使者です。今殺してしまうと問題になります」

「問題だと? どんな問題になると言うのだ?」

「戦争が始まります。美しきプラントアイランドが戦火によって失われてしまう可能性があります」


 エルフはしばし考えた後「戦争か。ふん、そのような美しくもないことはできないな」と剣を納めた。


「まあいい。スラーンのお前に免じて、今日は引き下がってやる。おい、貴様ら行くぞ!」


 八人のエルフはよろよろになりながらも立ち上がり、どこかへ去ってしまった。


「ふう。なんとか助かったな。チャイブとやら、礼を言うぞ」


 尊大なケイオスにそないな言い方あかんやろと言いたかったけど、そもそもの原因はあたしにあったので、何も言えへんかった。


「礼なんて要りませんよ。人間のことは嫌いですから。この国のことをよく知らずに、ずけずけと要らぬおせっかいをする」


 まあ文句言われてもしゃーないな。あたしは「ごめんなさい、チャイブさん」と素直に謝った。


「ユーリ! 何しているんですか!」

「ははは。まったく、あなたと居ると退屈しませんね」


 イレーネちゃんはめっちゃ怒って、クラウスは笑いながらこっちにやってきた。


「ごめんなあ。つい身体が動いてもうて」

「ここはエルフの国なんですよ! 少しは自分の身を案じてください!」

「イレーネちゃん、ほんまにごめんなあ」


 クラウスは「そういえば、ユーリさんが助けた少女、どうします?」と指で示した。


「あそこで気絶してますけど」

「えっ? あ、ほんまや」


 大の字にひっくり返って、気絶しとる。胸が上下に動いとるから、死んではないようやな。


「なあケイオス。あんたの魔法かなんや知らんそれって、無差別なんか?」

「そうだな。コントロールできてないのが現状だな」


 市場に居るエルフも少なくない数、倒れとる。助けてもらってなんなんやけど、制御できひん技は使うて欲しゅうないな。


「とりあえず女の子を保護して、落ち着ける場所に行きましょう。いいですよね? チャイブさん」

「そうですね。泊まる宿で介抱しましょう。どうせこの港町で一泊する予定ですから」


 そういうわけで周りのエルフたちの感じの悪い視線を浴びながらそそくさとその場を後にした。


 宿屋は街外れのところにあって、なんちゅうか寂れとる。古都の寂れ方と違うて、あまり手入れもされてない感じがしてならんかった。

 宿屋の女主人も愛想が悪かった。いやなんか言われたわけやなくて、むしろ口も利いてくれへんかった。やっぱり人間に敵愾心を持っとるんやろうな。

 それでも宿の中で一番良い部屋を用意してくれたみたいで、内装は整っとった。隅々まで綺麗に掃除されとって、そこは好感が持てた。


 女の子をベッドに寝かせて、これからの予定をチャイブさんから聞くことにした。


「えー、これから皆様は王宮でエルフの女王、ボタン様にお会いすることになるのですが、それは翌日の昼ごろになります。それまではここで待機してください。決して港町に出ることのなきように」

「まあ危ないですから、仕方ないですね」


 クラウスの言葉にチャイブは皮肉混じりに「騒動を起こしてしまう人間も居ますからね」とあたしのほうを見た。さっきのこと、根に持っとるな。


「くれぐれも礼儀正しくお願いしますよ。ボタン様は厳しい方ですから」

「ですってユーリ。気をつけてくださいね?」

「イレーネちゃん、目が怖いんよ?」


 そないな会話をしとるとエルフの少女が「うーん……」と目覚めたみたいやった。


「あれ? ここは……?」

「おっ。エルフの娘が目覚めたみたいだぞ?」


 ケイオスの言葉で皆が一斉に少女を見た。少女は「ひっ! ここはどこなのよ!」と大声を出した。


「あなたたち誰!? 何の目的なのよ!」

「落ち着いてください。暴行を受けたあなたを私たちが保護したのです」


 チャイブさんが冷静に言うと女の子はだんだんと記憶が戻ってきたようやった。


「ああ、そういえば……何か恐ろしいことがあって、気絶しちゃったのを覚えているわ」

「ケイオス、その技禁止やで」

「おいおい。我輩の機転がなかったら、面倒な問題になってたぞ?」

「まあそうやけどな。でも無関係の人にも影響するようなもん使うたらあかん」

「何故だ?」


 ほんまに分かっとらんようなので、丁寧に教えることにした。


「そうやな。ほんまに凄い人って、周りに被害を及ぼさんことを言うんやで?」

「……ふむふむ」

「周りに被害出したら、味方まで怪我したりするやろ? そないになったら戦力が無くなるのも時間の問題やん? いかに敵だけにダメージを負わすのかが重要なんやで?」


 ケイオスは少し考えてこう言うた。


「つまり、敵以外に被害が出てしまったら、そいつは未熟だと?」

「うーん、まあそうやな」

「分かった。制御できるまで『畏怖と威圧の邪眼』は使わないでおこう」


 『畏怖と威圧の邪眼』? それがあの技の名称やろか? そういえば目がすみれ色になっとったなあ。


「話を聞くと、あんたが私を気絶させたのね」

「ああ、悪かったな」

「……まあいいけど。おかげで助かったわ」


 そう言うと、エルフの少女は「自己紹介させてもらうわね」と言うた。


「私はカルミア。姓はないわ。まあブルーカだから仕方ないわね」

「ブルーカ? なんやそれ?」


 エルフの少女――カルミアは驚いたように目を見開いた。


「あなたたち、エルフのことを知らないの?」

「えっと、どんな種族かは知っとるけど、それ以外は知らんな」


 みんなの顔を見るとイレーネちゃんもクラウスも、ケイオスも知らんようやった。

 唯一チャイブさんだけは苦渋の表情をしとった。


「あなたたち、何の用でこの国に来たのよ? 観光じゃないでしょ?」

「ああ、あたしらはノース・コンティネントのソクラ帝国から来たんやけどな。エルフと友好条約を結ぶのが目的や」

「……正気なの? そんなのできるわけないじゃない」


 あたしもそう思うけど、それには答えずに「それよりエルフについて教えてくれへんか」と訊ねた。


「なんかこの国、なんて言うてええんやろか、その――」

「おかしいでしょ。この国は」


 カルミアの言葉にチャイブは「今の発言は死罪に相当しますよ」と厳しく言うた。


「別に良いわよ。もう死んでもいいくらいなんだから」

「……何があったん?」


 カルミアの瞳に涙が浮かんだ。


「この国は厳しい身分差があるのよ。上からキーファー、スラーン、ブルーカ。この三つの身分に分かれていて、特にキーファーの命令にはブルーカは逆らえない」


 ぽろりぽろりと涙を流すカルミア。


「もうそれに耐え切れないのよ。ママもそうだった」


 そしてカルミアは語りだす。

 エルフの国の歪みを。

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