第67話あらやだ! エルフの島に到着だわ!
ブルーパール号内の食堂。昼過ぎ。
共同スペースは甲板か食堂しかない。そんで外は生憎の時化。せやから船内に引きこもってみんなと話すことしかやることがなかったんや。
でも大荒れでかなり船が揺れているせいでイレーネちゃんは船酔いになってもうた。
ケイオスは食堂の椅子をベッド代わりにして寝とる。
クラウスは調理器具の手入れをしとった。
なんや退屈やなあ。
ぼんやりしとると、疑問に思うたことがあった。あまり気にせえへんかったけど、退屈しのぎにクラウスに訊ねてみることにした。
「そういえばクラウス。あたしらは使者なんやろ?」
「そうですよユーリさん。それがどうかしたんですか?」
クラウスは包丁を砥石で研ぎながら、あたしとの会話を続ける。
あたしは「特使とどうちゃうのか、分からんねん」と今更なことを言うた。
「うん? ああ、使者は特使と違って権限が少ないんですよ」
「権限が少ない? どういうことやねん?」
「特使は皇帝や王様と同等の外交権を持ちますけど、使者はこちらの要求を伝えるだけです」
「あれ? でも皇帝は友好条約を結んでほしい言うてなかった? なんで特使じゃないんや?」
「多分、前例がないからですね。使者は何回か往来していると聞いてます。でも特使はまだありません。陛下はおそらく特使にしたいと思ったのでしょう。でも周りの反発を見越して使者にしたのかも」
「多分とかおそらくとか、不確かやな」
「大陸で一番頭の良い人間の考えなんて、分かりませんよ」
あたしは腑に落ちひんかったけど、とりあえず納得したことにする。
でも皇帝がどこまで考えてたのか分からんけど、特使やなくて使者にしたことはかなりのファインプレーだったりするんや。
「うにゃ? なんだ夢か……」
ケイオスが伸びをしながら上体を起こして、寝ぼけ眼できょろきょろと見渡した。
「なあ料理人。我輩お腹が空いた。飯を作ってくれ」
「それお願いする言い方ちゃうやろ。それにさっき昼ごはん喰ったやろ」
「構いませんよ。ちょうど暇でしたし」
あたしが「手入れの途中ちゃうの?」と訊ねるとクラウスはこう言うた。
「出した道具は常に最良の状態で出てくるから、手入れしても意味がないんですよ」
「じゃあなんで――暇潰しか」
「そのとおり。まあ手入れの必要は無くなりましたけど、手入れの技術は料理につながりますから」
料理人にしか分からんことを言いながら、クラウスはケイオスに「何が食べたいですか?」と訊ねた。
「そうだな。昨日食べた『かきふらい』が食べたい」
「いいですよ。少し待っててくださいね」
クラウスは機嫌良さそうに鼻歌混じりで調理に取りかかる。ほんまに料理が好きなんやな。
前々から思うとったけど、クラウスはよく食べる人が好きらしい。イレーネちゃんもそうやけど、ケイオスはそれ以上に食べる。せやから急な注文でも嫌な顔をせずに作るんやな。ま、美味しそうになんでも食べるケイオスなら作り甲斐もあるんやろうけど。
「なあユーリ。どうしてエルフなんぞの島に行くのだ?」
料理ができるのを待つ間、ケイオスが背もたれを抱えるように椅子に座りながら、唐突に話しかけてきた。
「今更な質問やな。航海してどんぐらい時間が経っとると思うてんねん」
「四日だな。はっきり言って貴様から話してくれると思ったが、何一つ言わんから我輩が仕方なく訊ねてやったのだ」
あたしは「あんたは王様か何かか?」と呆れながら言うとケイオスは「まあそれに近しい」と本気か冗談か分からんようなことを言うた。
「使者と聞いているが何の使者なのだ? しかも人間がエルフに対してだ。まさか条約か何かを結ぼうとしているのか?」
「……もしそうならどうする?」
するとケイオスは小馬鹿にした顔で「できるわけがないだろう」と一蹴した。
「エルフが素直に応じるとは思えんし、それにドワーフの心証も悪くなるのが関の山だ」
人間の友好種族、ドワーフはエルフと決定的に仲が悪い。これは卵が先か鶏が先かの話になってしまうんやけど、ドワーフが人間の味方をしたからエルフは敵対した説とエルフが人間を敵視したからドワーフは人間を助けた説があり、真偽は定かではない。
でもまあそこらへんはあたしが考えることやあらへん。皇帝がどないかしてくれてるやろ。
「それとどうして貴様らのような子供が使者に選ばれた? 特別な何かがあるのか?」
「あんたも子供やんか。まあいろいろと事情があるんよ」
「ふうん。ま、我輩は貴様を勝手に助けてやるが、そういう細々とした問題は嫌いだ。精々助け甲斐のある窮地を楽しみにしているぞ」
本当に何者なのか分からんけど、大層自分に自信があるんやな。
あたしも良い機会だからケイオスに気になっとることを訊ねてみた。
「そういうケイオスは何の目的でエルフの島に行くんや?」
「見聞を広めるためだ。なるべくたくさんの種族と話し、見たことのない土地に行く。ハブルのおせっかいで始まった旅だが、意外と楽しんでいるのが現状だな」
また出てきたハブルという人物。そして何のために見聞を広めるのか。
それらを訊こうとしたとき、ちょうどクラウスがカキフライを載せた皿をテーブルに置いた。
「どうぞ。カキフライです」
「うむ。仕事が早いのは好感がもてるぞ。ではさっそくいただくとするか」
クラウスは航海のためにいち早くソフィー港に来て、食材を買い込んだみたいやった。腐りやすい食材は早めに使うて、日持ちするもんは保存食として加工する。流石やなと思う。
クラウスの作る料理は船乗りたちにも好評やった。まあ専属のコックの居ない船でしかも当番制で素人が作っとったから当然やけどな。
結局、詳しいことは聞けんかった。しゃーない、今度聞こう。
「ちょっとイレーネちゃんの様子見てくるわ」
「あ、お見舞い用にフルーツをカットしたので持って行ってくれませんか?」
「クラウス、あんたは完璧か」
そんなわけでイレーネちゃんの居る個室に向かった。
「うう……ユーリ……」
「大丈夫……やないな。ちゃんと水を飲んどるか?」
ベッドに横たわりながら苦しそうな声をあげるイレーネちゃん。かなり三半規管が弱いな。遠足のとき、バスで車酔いするタイプや。
顔色が悪い。真っ青で生気がない。そりゃあ吐いてばかりやからしゃーないけど。
「ほら。クラウスからのお見舞いや。フルーツ持ってきたで」
「ありがとうございます……」
「少しでも食べや。朝から何も食べてへんやろ」
「食べたら、吐きそうで……」
うーん、どないしよ。こうなるんやったら船酔いを治す魔法か何か覚えておけば良かったわ。
「ユーリは、どうして平気なんですか……?」
「体質としか言いようがないわ。まあ慣れるまで耐えるしかないわな」
「うう、ツラいです……」
「後二日で到着やから、堪忍してや」
気休めやけど回復魔法をかけてあげながら、がたがた揺れる船がどうにかならんかとぼんやり思うた。
そんで二日後。エルフの島に到着した。
「うわあ。見てくださいユーリ! あれがエルフの島、プラントアイランドですよ!」
すっかり船酔いが治ったイレーネちゃんは甲板の上ではしゃいどる。あたしも「ほええ。綺麗な島やな!」と美しさに度肝を抜かれた。クラウスとケイオスも傍に居って、口々に美しいとかなんとか言うとる。
今までの海とは違う、エメラルドグリーンの近海。下を覗くと珊瑚がそこかしこに見えた。
港はエルフの手によって整備されとるけど、どことなく神秘的な雰囲気があった。ボキャブラリーが貧困なあたしには表現できひんかったけど、それでも言うならば自然との調和を重んじているような感じがする。
「そういえば、お前たちはエルフについてどのくらい知っているんだ?」
シーランス船長がいつの間にかあたしたちの隣に居った。あたしは知っとるかぎりの知識を言うた。
するとシーランス船長は顔を曇らせた。そして「土地は良いがエルフはあまりな」と意味深なことを言う。
「なんやねん。エルフがどないしたんや?」
「あいつらは――いや、身をもって知ったほうが良い」
船が島の港に近づくと一隻の船が近づいてくる。
「エルフの役人だ。お前たちは船内にいろ。なに、すぐに終わる」
その言葉に従ってあたしらは船内に戻った。
と思うたらすぐに「おい、ちょっと来い」と言われたので甲板に戻る。
初めて見たエルフはなんちゅうか、美男子やった。銀髪で耳が尖っていて、手足がすらりと長く、背中に矢筒ちゅう矢を入れておく武具と弓を背負っておった。
そのエルフは一人やった。そしてあたしたちを見て馬鹿にしたような顔をする。
「この人間たちが使者ですと? シーランス、あなたは正気ですか?」
「正気だ。チャイブ、丁重に扱ってくれ」
するとチャイブと言われたエルフは「分かりましたよ」と言って渋々ながらあたしたちを認めたようやった。なんか感じ悪いな。
「それでは、ご案内しますよ。聖殿まで」
港に着くと、潮の匂いのほかに香水みたいな香りが漂った。花の匂いやな。
「くれぐれもトラブルは起こさぬように。ただでさえ人間というだけで、敵愾心を持たれるのですから」
それは承知の上やけど、案内人の兄ちゃんも持っとるんやないかと疑ってしまう。
港を歩いとるとひそひそ声が聞こえる。おそらく人間を見るのが初めてやからかもしれん。
視線を感じながらチャイブの後に着いていくと、突然「やめてよ!」と大声がした。
その方向を見ると小さな女の子のエルフが男性二人のエルフに囲まれとった。
「気にしないでください。どうせブルーカの子供がキーファーに逆らったのでしょう」
チャイブが聞き慣れない言葉を言うた。
ブルーカ? キーファー? なんやそれ?
女の子は泣きながらこう叫んだ。
「おかしいわこんなの! 何がキーファーよ! 私たち、同じエルフじゃない!」
「黙れ小娘! 身分を弁えよ!」
そう言って片方の男が手を振り上げて、女の子の頬を殴った。
倒れる女の子。それを見て血が熱くなる。
「ブルーカに生まれた自分を恨むんだな、小娘」
そう言うて女の子の頭を踏みつけようとして――
「やめや! 何しとんねん!」
思わず声が出てもうた。そして走って女の子も元へ向かう。チャイブの「待ちなさい」という声は無視した。
「なんだ? ……人間か。何のようだ」
「やめ言うてんのや」
「何をやめろと言うのだ?」
「あんたが今しようとしてることや!」
エルフたちは顔を見合わせて、それから嫌な笑みを浮かべながら言うた。
「虫を踏み殺そうが、人間の知ったことではないだろう」
虫? こいつ今、女の子を虫扱いしたんか?
「あんたら、腐っとるわ!」
「なんだと? おい、この人間を囲め!」
すると近くに居ったエルフ――多分仲間やろ――が集まってきよった。
全部で八人やな。
「人間がどうしてここにいるのか知らんが、この国では殺しても罪にはならない。覚悟してもらおう」
「……覚悟すんのはあんたらや」
あたしは構えながら八人のエルフに向かって啖呵を切った。
「あたしはもう怒ってんのや! 怪我をしたい奴だけ、かかってこいや!」
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