第65話あらやだ! とある少年との出会いだわ!

 あたしの知っとるエルフのあれこれ。

 異世界において最も美しく、そして最も傲慢であると評される種族。

 寿命が長く、老人ともなると軽く千才を超えると言われる。

 巨人族を除けば一番の長身である。しかし肥満のものはいない。太るという概念がないらしい。羨ましいこっちゃ。

 肌は白く、髪の色は金髪か銀髪しかおらん。そして耳が尖がっとるらしい。これは実際見なあかんな。

 また武器は細身の剣と弓矢を使う。理由は数ある種族でも筋力が低いからや。

 人間と仲が悪いけど、最も険悪なのはドワーフらしい。一説によるとドワーフが人間の味方をしたから、龍族の味方をしたと言われとる。

 そしてあたしが一番注目しとるのは、薬草学や魔法薬の技術が随一ちゅうことや。

 もしも機会があれば治療魔法士として、彼らの技術や学問を学びたいところや。


 とまあここまで調べたところで、エルフの島に行く約束の期日になったんや。

 同行するのは稀代の料理人にして未来の魔法調理師のクラウス。

 そしてあたしの大切な友人の一人――


「うん? どないしたんや? イレーネちゃん」

「……ちょっと緊張してます。エルフの島に行くのも当然ですけど、そこまでの船旅も初体験ですから。船なんて一度も乗ったことありませんし」


 アストにある港、ソフィー港へ向かう馬車の中。

 何故か船に乗る前なのに船酔いのように顔色が悪なってるイレーネちゃんにあたしは元気つけるように言うた。


「まあなんとかなるやろ。そうそう危ない目には遭わんと思うで」

「ユーリは相変わらず楽観的ですね……」


 さて。どうしてイレーネちゃんが一緒に同行することになったのか。

 それはこんな会話が発端になったんや。


『イレーネちゃん、一緒にエルフの島に行かへんか?』

『……ユーリ、あなたは何を突然言うのですか?』

『皇帝にエルフと友好条約を結んでほしい言われたんや。せやから一緒に行かへんか?』

『さらりととんでもないこと言わないでください!』

『頼むで! 多分楽しい旅になると思うんや。きっと』

『多分!? きっと!? なんですかその不安げで不安定な言葉は!』

『おっ。結構レベルの高いツッコミできるようになったやん』

『とにかく、私は――』

『クラウスに聞いたんやけど、エルフ料理ってかなり美味しいらしいな』

『……今なんと言いましたか?』

『うん? 世界三大美食の一つとされるエルフ料理は楽しみやなと思うてな。使者となると相当のもてなしがあってしかるべきやろ。まあええわ。考えといてくれや。あたしはこれからデリアを誘いに――』

『私も行きますよ。何を水臭いことを言うんですか』

『……ほんまに?』

『ええ。ユーリだけじゃ心配ですからね。それに友達じゃないですか。決してエルフ料理に釣られたとかそんなんじゃないですよ。友達だから当然のことです。当然ですから』

『……おおきに』

『いえいえ。あなたの友人、イレーネ。どこまでもついていきますよじゅるり』


 まさかクラウスの言うたとおりにエルフ料理を引き合いに出したら、同行してくれるとは思わなかったわ。

 そのクラウスやけど一足先にソフィー港に着いとるらしい。なんでも魚料理の研究がしたいらしい。まあ新鮮な海魚を見るのは久々やろうし、そこは料理人の血が騒いだんやろな。


「エルフの島ってどんなところでしょうか。文献によると自然豊かなところだと書かれていますけど」

「せやな。楽しみでもあるな」

「そうですね。とても楽しみです」

「イレーネちゃん、料理を楽しみにするのもええけど、役目も忘れんようにな」

「分かってますよ。それにしてもデリアとエーミールくんが来れなかったのは残念ですね」


 デリアには「絶対に嫌」と断られた。危機察知能力が上がっとるなと感心する。

 エーミールには会えんかった。まだ実家のトラブルが解決してへんらしい。一応手紙を送ったけど、返事が来えへんかった。


「あ、もうすぐ着きますね」

「うん? そうやな。なんや潮風がしとるわ」

「……? ユーリは海へ行ったことあるんですか?」


 おっと。そうや、イデアルは内陸国やった。

 あたしは「本で読んだんや」と誤魔化した。


 火の月は水の月と比べてからりとした天候が多い。今日も快晴やった。

 ソフィー港の市場は活気に溢れていて、気分が良かった。アストちゅう国が無くなったのに市井の人間には関係あらへんのやな。


「ユーリ見てください! あんなに大きな魚、初めて見ます!」


 イレーネちゃんも独特の空気のせいかはしゃいどる。あたしも周りの店を見ながら一緒になって騒いだ。


 そんでソフィー港に着いた。大きな船がずらりと並んどる。その中でもひと際大きな船があった。帝国の紋章を付けとる。多分あれがあたしらの乗る船やろ。


「あ、ユーリさん、イレーネさん、こんにちは」

「お、クラウスやん。おはようさん」

「久しぶりですね、クラウスくん」


 大きな船の前で五十代くらいのおっさん、多分船長らしき人と話しとったのはクラウスやった。


「この船に乗るんか? めっちゃでかいやん」

「ガレオン船というらしいですよ。帆船で最大の大きさらしいです」

「凄いですね。なんかこう、どきどきします」


 するとクラウスと話しとった人が「あんたらがユーリとイレーネか」と訊ねてくる。


「船長のシーランスだ。よろしくな」

「ユーリです。よろしゅう頼んます」

「イレーネです。よろしくお願いします」


 シーランス船長は「それじゃあさっそく出航するが、準備はいいか?」と言うた。


「あたしはええで。イレーネちゃんは?」

「私も大丈夫です」

「そうか。では船内へ。中の船員が部屋の案内をしてくれる。クラウス、お前は既に構造を理解しているようだから、二人に教えてやれ」

「了解しました」


 シーランス船長に続いて、あたしらはガレオン船の中に入った。


「そういえば、この船の名前はなんですか?」


イレーネちゃんの質問に「ブルーパール号だ。良い名前だろう?」というシーランス船長は海の男の顔をしとった。これなら信頼できそうや。


「エルフの島までかなりの日数がかかる。最初は船酔いをすると思うが、そのうち慣れる」


 そう言い残して、シーランス船長は敬礼をして、あたしらと別れた。代わりに二十代くらいの見習い船員が「それではご案内します」と言うて案内を始めた。


「まず、みなさんの個室に――」


そのときやった。床下から「密航者が居るぞ!」という怒鳴り声がした。


「密航者? 無断で船に乗ったんかいな」

「よくあることです。まあ気にせず行きましょう。つまみ出されてお終いです」


 見習いの人は慣れたように言うた。あたしは「なんか怖いですね……」というイレーネちゃんの手を握りながら行こうとした――


「逃げるな! 待て!」


 船員の声が近くに聞こえた。その声に振り向こうとしたら、誰かがぶつかってきた。


「痛ったいなあ。誰やねん……」


 ぶつかった相手を見ると――あたしと同じくらいの少年やった。


 水色の長い髪。帝国では珍しく肌は黒い。なんちゅうか中東風の人種やった。目は金色で顔立ちは整っとる。百人が百人とも美少年と認める美貌。紫のローブを纏っていた。

 なんか人間とは思えへんほどの怪しげな魅力を持っていた。


「あんたは誰や?」


 とりあえず訊ねるとその少年はあたしに向かって名乗った。


「……ケイオス・クルナーフ」


 それが少年――ケイオスとの出会いやった。

 そして続けてあたしに懇願するように言うた。


「……お腹が、空いた。食わせてくれ……」


 運命とは数奇なもんや。合縁奇縁が絡みあっとる。

 このとき出会った少年、ケイオス・クルナーフは後に世界を大きく変えることになり。

 そしてその動きにあたしも巻き込まれることになるとは。

 想像もできひんかった。

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