第64話あらやだ! エルフとの友好条約だわ!
敵対種族のエルフと友好条約を結ぶ。
まるで子供におつかいを頼むような気軽さで言うた皇帝に、あたしらは沈黙してもうた。
「……おいおい、皇帝さんよ。そりゃあ無茶な話だぜ」
ようやく言葉を発せられたのはランドルフやった。そして呆れた顔で続ける。
「敵対種族の中でも一番人間を毛嫌いしているエルフと友好条約を結ぶ? あんた何言ってんだ? もしかして俺たちを殺そうとして回りくどいやり方をしているのか?」
「あなた方を殺すなんてとんでもないですよ。私は大真面目に言っているんです」
皇帝はそう言って「ツヴァイさん、彼らに状況を説明してください」と宰相のツヴァイさんに命じた。
「ははっ。よいかお前たち。というよりユーリとやら。エルフと友好条約を結ばなければならなくなったのは、お前のせいでもあるのだぞ」
はあ? あたしのせい?
「どういうことやねん?」
「旧アストは海に面した沿岸国だ。吸収したソクラはさらに力を増した――と言いたいが、大きな問題も抱えることになった。それはエルフの暮らす島と水域が重なってしまったということだ」
水域が重なる? 意味が分からへんかった。
「子供にも分かりやすく説明すると、旧アストは旧イデアルとの戦いであまり航海技術は発展しなかった。理由としては旧イデアルが内陸国だったからだ。海戦がなければ造船技術すら必要とされない。まあ海産物を獲ることはしていたが、近海だけで国内の需要は足りていたらしい。だから遠洋漁業はしなくて良かったのだ」
「貿易とかしてなかったんですか?」
クラウスが手を挙げて訊ねると「我がソクラとはしていたがな」と意外にも答えてくれたツヴァイさん。
「しかし少量の取引だけだった。我がソクラも沿岸国であるから海産物を必要としなかった。また海流の関係で旧アストの近海で獲れる海産物は我がソクラでも獲れなくはないのだ」
「じゃあなんで海域が問題になるんだ? 欲張らずにアストの近海だけで漁をすればいいじゃねえか」
今度はランドルフが訊ねた。するとツヴァイさんは「我がソクラは大陸で随一の遠洋航海の技術がある」と自慢げに言うた。
「その技術をもって漁業を発展させれば、今まで獲れなかった海産物が入手できるし、航海技術の発展は我がソクラの未来のためになるだろう」
「……その結果がエルフとの摩擦になったんじゃ話にならねえ」
ランドルフは面倒臭そうに吐き捨てた。いまいちピンと来えへんあたしは「どういうことや?」と言う。
すると答えたのはクラウスやった。
「ソクラ帝国は遠洋漁業をアストの方面でもしたいんですよ。でも地理的にエルフの水域にぶつかってしまう。だから友好条約を結びたいんですよ」
「あ、なるほどな。やっと理解できたわ」
そういえば二つあるエルフが支配しとる島の片方はアストと近かったなあ。
「そういうわけで三人にはエルフと友好条約を結んでほしいんですよ」
皇帝はまとめるように言うた。あたしは「流石に難しいんちゃうか?」と意見した。
「さっきランドルフが言うたとおり、エルフは人間のことを毛嫌いちゅうか、見下しとるんや。それにあたしら子供やし、舐められるんちゃうか?」
「子供だからいいのです。いくらなんでも子供を殺すような真似はしないでしょう」
「それは楽観的すぎるわ」
このやりとりを聞いたツヴァイさんは「私も反対ですぞ」と皇帝に進言した。
「陛下にこのような無礼な口の利き方をするような礼儀知らずを使者とすれば、友好条約どころか一気に開戦となるかもしれません」
「だから私が直接行こうと言ったじゃないですか」
「陛下にもしものことがあれば、帝国は滅亡しますぞ!」
まあツヴァイさんの言うとおりや。まったくもって正論や。あたしみたいな無礼者が使者になってしもうたら戦争一直線に決まっとる。
「でもユーリさんは特使としての実績はありますよ?」
「結局は囚われてしまったではありませんか。私が知らないとお思いか?」
あかん。ぐうの音も出えへん。
「ていうか皇帝さんよ。どうして俺たちを使者にしようとしたんだ? あんたらには当世一流の説客が山ほどいるんじゃないのか?」
ランドルフが皇帝と宰相の口論に口を挟んだ。すると皇帝は「簡単なことです」と答えた。
それは何の衒いも誤魔化しもない、真っ直ぐな言葉やった。
「あなたたちならば必ずできると思ったからです」
聡明すぎる皇帝は続けてこう言うた。
「私はできないことを人に強要する人間ではありません」
その言葉に誰も何も言えへんかった。ツヴァイさんでさえも言えへんかった。
「はあ。仕方ないですね。僕は行きますよ。エルフ料理にも興味がありますしね」
そう言うたのはクラウスやった。おお、意外やな。一番こういうの嫌がる思うたけど。
でもあたしが特使になろうと言うたときも協力してくれたな。
「陛下、一つ訊いてもよろしいですか?」
「なんですか? クラウスさん」
「友好条約を結べないと思ったら、一段階下の交渉をしてもいいですか?」
一段階下? なんやろか?
「友好条約ではなく、不可侵条約とか水域を具体的に決めるとか、そういう交渉をしてもよろしいですか?」
「まあ仕方ないですね。許可します」
相変わらずクラウスは抜け目がないな。料理対決の後を思い出すわ。
さて、後はあたしとランドルフなんやけど――
「俺は行かないぜ」
しかしランドルフは皇帝に向かってはっきりと断ったんや。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「俺はやくざもんだ。交渉となるとどうしても恫喝的になってしまう。それはプライドの高いエルフには逆効果だろう。それに俺自身、怒りっぽいからな」
そしてランドルフは肩を竦めて自分の欠点を言うた。
「何か気にいらねえとなると、エルフを半殺しにしてしまいそうだ。そうなるとご破算になるだろう?」
「ああ、それは困りますね。分かりました、ランドルフさんは今回ご辞退されても結構です」
最後に皇帝は「ユーリさんはどうしますか?」と訊ねてきた。
「使者になってくれますか?」
あたしはちょっと悩んだ後、こう答えた。
「まあやってもええで。もしもエルフと戦争にでもなったらやばいしな。平和が一番や」
「やっぱり平和の聖女ですね。素晴らしい」
「やめてくれや……めっちゃ恥かしいねん平和の聖女って……」
皇帝は「ではクラウスさんとユーリさんが使者ということに決まりましたね」とまとめた。
それに対して「ちょっと待ってほしいんやけど」と手を挙げた。
「なんですか? 何かありますか?」
「あたしの友達も連れて行きたいねん。せっかくの旅行やしな」
「旅行気分で行かれても困りますけど……」
「最初に旅行は好きか言うてたの誰やねん!」
皇帝は「まあ変な人じゃなければいいですよ」とあっさりと許可を出した。
「……陛下、本当にこの二人で大丈夫ですか?」
「ツヴァイさん、賽は投げられたのです。精々良い目が出ることを祈りましょう」
ギャンブル感覚なんやなとは突っ込まへんかった。
「さて、難しい話はこれで終わりです。ここから宴をしましょう――」
「陛下! まだ政務は終わってませんぞ!」
あたしは帝国のトップが漫才の真似事をしているのを見ながら、とんでもないことを引き受けたなあとぼんやり思うてた。
まあなんとかなるやろと心の中では楽観的に考えてた。
「それで、出発はいつ頃になるんですか?」
クラウスの問いに皇帝は「火の月の七日ですね」と答えた。
「その頃になったら使いを出しますので。ユーリさんはお友達と一緒に来てください」
「分かったで。それにしてもエルフの国ってどんなんやろ」
楽しみというのもどうかと思うけど、人間わくわく感がなかったら人生に潤いがなくなるからな。
エルフの国、それはあたしのこれからの人生を大きく変える場所になるんや。
でも今はそんなこと想像もできひんかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます