第十章 エルフの国編

第63話あらやだ! 謁見の間だわ!

 基本的に水の月は雨期になる。せやから毎日雨でしんどい。

 しとしと降る雨の中、貸し切りの馬車であたしとランドルフ、クラウスはクサンに向かった。古都とクサンの間の街道がいつの間にか整備されとったので前に来たときよりも早く到着できたのは嬉しかった。馬車に座っとるとガタガタ揺れて痛いんや。


「それにしても皇帝さまは何の用事で僕たちを呼び出したんでしょうか?」


 後もう少しで着くちゅうところで、クラウスは馬車窓の外を見ながらぼそりと呟いた。


「さあな。自称大陸で一番賢い人間の考えることなんて、凡人の俺には想像もつかねえよ」


 どうでも良さそうに答えるランドルフ。凡人とか言うとるけど座学では結構成績が良かったりするから案外侮れへん。


「まあ厄介なことには変わりないやろな。また前世のことを聞きたいちゅうなら話は楽やけど、そないなことはあらへんし」

「ですね。僕たちにとってデメリットの多すぎる話でしたらどうしましょうか?」

「そのときは断ればいいさ」


 ランドルフは簡単に言うたけど、大陸で一番偉い皇帝の頼みを蹴るのはなかなか勇気の要ることや。あんなキャラしとるけどケジメはとりそうやし。


「そういえばユーリさん。クヌート先生も転生者だったんですね」

「うん? そうやな。それがどないしたん?」


 クラウスの唐突な問いであたしはさっきまで考えとったことが頭から離れてもうた。


「元イデアル王国のエリート集団、『護衛騎士』になった人で転生者。しかしそれにしても上手く隠していましたね」

「それはスパイのことか? それとも転生者のことか?」

「両方ですよランドルフさん。僕たちはすぐバレたのにクヌート先生は隠すことに成功している。その違いはなんでしょうか?」


 あたしはあくびをしながら「皇帝に会うてないからやろ」と答えた。


「ま、全部あたしの責任なんやけどな。二人を巻き込んでごめんな」

「いやそういうことを言いたいんじゃないんです」


 クラウスは言葉を選んどるようやった。自分でもなんと言えばええのか分からんようやった。


「なんて言えばいいのか分かりませんけど、とにかく違和感を覚えました。四知という言葉があるように秘密はいずれバレてしまうものです」

「天知る地知る我知る汝知るって奴か? それを言うなら俺たちは三人で秘密を共有したからバレたんじゃないか? クヌート先生は一人だから暴かれなかったんだ」


 四知ちゅう言葉は知らんけど、要するに秘密を知る人数の差でバレんのかどうかの確率が高まるちゅうことやろか?


「そう考えるのが自然ですけど……なんか上手く言えないな……」


 クラウスの言いたいことがさっぱり分からんかった。クラウス自身が分かっとらんのやから、それはしゃーないことや。

 でもこの段階でもっと真剣に考えておくべきやったんや。


「どうやらクサンに到着したようだ」


 ランドルフの言葉と同時に馬車が停まった。はあ。やっと着いたわ。

 停留所で御者さんに馬車代を支払って、これからどないしようか考える。手紙には来てくださいとしか書かれてへんかったし、意外と早く来てしもうたから――


「お久しぶりです。ユーリ様、ランドルフ様」


 後ろから名前を呼ばれたんで振り向くと、そこには笑顔で佇むシヴさんが居った。以前より高級な服を着とる。そういえば首席補佐官に任命される予定やったような。いや、もうなったんやな。


「そしてそちらの方はクラウス様ですね。初めまして、シヴ・フォン・クローバーです」

「ああ、あなたが。いろいろ聞いてますよ」


 クラウスとの挨拶を終えたところでシヴさんに訊ねた。


「どないしてあたしらがここに来るの分かったんや?」

「それは陛下にお訊ねになってください。なんでもネタバラシをするときが一番楽しいらしいのです」


 困った顔のシヴさん。まあ理解できひんやろな。正直、あたしも分からん。手品のタネは最後まで分かっとらんほうが何回でも楽しめるやろ。


「それであんたが案内人というわけだな」

「そのとおりです。ランドルフ様。馬車を用意していますので、こちらへ」


 また馬車か。まあ雨の中歩くよりはマシやな。

 空を見上げると雲の切れ間から少しだけ日が差している。

 それでも雨は止まへんかった。

 まるでこれからのことを暗示しとるようやった。





 前に来たときより、貴族の数が少なかった。それが宮殿の中に入った際の印象や。

 それでもうさんくさそうにあたしらを見つめるのは変わりはせん。ほんまに嫌やわ。動物園の動物たちの気持ちがよう分かる。


「今回は陛下の私室ではなく、謁見の間に来てもらいます」

「謁見の間ですか? 僕は人見知りで大勢の前で話すの苦手なんですけど」


 これは嘘や。入学式で堂々と話しとるのは誰やちゅうことや。まあでもクラウスなりの意図があるはずやから、そこは黙っておくことにした。ランドルフも同じように思うたようで別段ツッコミはせえへんかった。


「安心してください。謁見の間に居るのは陛下と宰相、そして私と護衛の者だけです」


 ふうん。少人数でありながら公式な場である謁見の間で会おうちゅうことはそれなりのことがあるんやな。


「良かったです。それなら大丈夫ですね」


 ニコニコ顔のクラウス。でも腹黒さは隠し切れてへんで? もう付き合いが一年弱になるあたしとランドルフの目は誤魔化せへんわ。


「こちらです。みなさん、なるべく礼儀正しくお願いします」


 目の前には絢爛豪華で過剰なまでに装飾された黄金の扉があった。でもジェダのおっさんの家とは違ってどことなく気品が感じられるな。ていうかこの扉一枚だけで家が数軒建てられるわ。

 傍に居た衛兵さんが謁見の間の扉を開ける。そして素晴らしいとしか言いようのない内装で一瞬目が眩みそうになった。

 広々とした空間に赤絨毯。大きな柱は大理石でできとる。上にはステンドガラス。球形状になっとる。もしも雨が降っとらんかったらもっと明るくなっとるやろな。

 扉の真正面にはこれまた豪華な玉座があって、そこに皇帝がちょこんと座っとった。いや皇帝が小さいんやない、玉座が大きすぎるんやな。

 皇帝は相変わらず赤い服装をしとる。そんなに赤が好きなんやろか?

 ある程度近づいた後、シヴさんは片膝を付いて頭を下げた。それに倣ってあたしらも同じようにした。


「陛下。ユーリ様、ランドルフ様、クラウス様をお連れしました」

「ご苦労様です。皆さん、面を上げてください」


 言われたんで顔を上げると皇帝は立っていた。それだけやない、サタデーナイトフィーバーのように左手を腰に当て、右手を天高くを掲げて、人差し指を垂直に立てた。


「どうも皇帝です。いえい!」

「陛下! お戯れはよしてください!」


 なっ!? あたしのツッコミよりも速い反応やと!?

 そのツッコミ――いや叱ったんは豪華な内装に見とれて目に入らんかった、あたしから見て玉座の左側に居った知らない小柄なじいさんやった。

 なんちゅうか、おっさんとおじいさんの中間、どっちかちゅうとおじいさんよりの人はシヴさんと同じかそれ以上の豪華な服を着とる。しかし何故か黄色で統一されとるのが気にかかった。


「ツヴァイさん、そこはユーリさんが突っ込むところじゃないですか」

「どうして失望の目を向けるのですか!?」


 このじいさん――いや宰相さん、できる!


「いや、ユーリさん。そんなライバル登場みたいな顔はやめてくれよ――」


 ランドルフの呆れた声がした。


「ご紹介します。こちらは帝国宰相のツヴァイ・フォン・ダブルスです。帝国で二番目に偉い人です」

「偉いのに雑な紹介やな」

「こ、小娘! 陛下になんて口の利き方だ! 無礼だぞ!」


 ツヴァイさんが突っ込んだあたしに怒鳴ってきた。忠誠心はあるようやな。


「いいんですよ。彼女はなんてたって平和の聖女ですから。あ、でも私のほうが偉いんですからね?」

「いや分かっとるけど、それならそれなりにもっとこう、威厳を持ってくれへんと」


 皇帝は首を傾げて「そうですか? フレンドリーのほうが話しやすいですよ?」と言うた。偉ぶりたいのか親しみを持たせたいのか分からへんわ。


「まあそんなことはどうでもいいです。それよりあなたたち三人に頼みたいことがあって呼んだんですよ」


 皇帝はさっそく本題に入るようやった。忙しいんやろな、少しだけ早口になっとる。


「皆さんは泳げますか?」


 唐突な問いにあたしらは意図が分からへんかった。


「うん? 泳げる人は挙手してください」


 急かされたんで手を挙げた。というよりあたしら三人はみんな泳げるようやった。


「じゃあ大丈夫ですね。落ちても」

「……落ちるってどこに?」

「まあまあユーリさん。焦らないでください」


 皇帝に制されてとりあえず黙るあたし。


「それと森林浴は好きですか? 好きな人は挙手してください」


 あ、これは結構好きやわ。ストレス解消になるし。

 そんなわけで手を挙げた。あれ? ランドルフもクラウスも今回は挙げへんかった。


「あんたら自然が嫌いなんか?」

「いや、好きでも嫌いでもねえよ」

「僕もですね。都会っ子なので」


 なんやつまらんなあ。

 そして皇帝は最後に訊ねた。


「そうですか。じゃあ旅行は好きですか?」

「まあ嫌いじゃないわな」

「最近は旅行というより移動が多かったな」

「好きですよ。地元料理が食べられますし」


 それを聞いた皇帝は満足そうに言うた。


「なら安心ですね。では発表します」


 皇帝の頼みごと。それはこの大陸だけではのうて、人間という種族全体に関わる大事なターニングポイントになることやった。

 はっきり言ってしまえばあたしはこの頼みごとのせいで。

 大げさではなく――世界を救うことになってしまったんや。





「私の頼みごとはただ一つ。エルフの国に行って友好条約を結んでください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る