第62話あらやだ! デリアが可愛いわ!

 アンダーの言うてたとおり、ハストは冒険者崩れとはいえ、なかなか手強い相手に違いなかった。奴は両手に二本のナイフを持つ戦闘スタイルや。

 いわゆる二刀流は有利に見えて扱い方は難しい。実際、前世で柔道やっとるとき、近くで練習しとった剣道部でもおらへんかったし、前に貴文さんと一緒に見た全日本剣道選手権大会でも二刀流の剣士は数えるほどしかおらんかった。


 しかし言い換えるなら、熟達した二刀流ならば大抵の敵に対して有利に立ち回れるちゅうことや。ハストを見る限り素人とも思えへん。それに冒険者崩れちゅうことは少なくない戦闘を行ない、戦い抜いたことになるんや。

 それに比べてガーランさんは暴行を受けとる。見た目は平気そうやけど、ダメージがあることは変わりないやろ。それにガーランさんには武器があらへん。素手で戦わなあかんねや。


 二刀と無刀。圧倒的に不利な状況や。持久戦は厳しいけど刃物を持っとる相手に仕掛けることはできひん。隙を見て拳なり蹴りなりを叩きこまなあかん。

 ガーランさんが魔法使いなら分はあるやろうけど、そないな感じせえへんし。

 ハストは自分が有利なのを知って余裕そうやった。

 さあ、どないするんや?


 ――そう思うたけど、勝負はあっさりと着いてしもうた。

 ガーランさんは老人とは思えへんスピードでハストとの間合いを詰めた。まるで剣道の踏み込みを見とるようやった。

 それまで余裕の態度やったハストは「――っ! このジジイ!」と怒鳴りながら右手に持っとるナイフをガーランさんの首元目がけて振るった。


「――遅い」


 ナイフは空を切った。一瞬、消えたと思うたけど、なんてことはあらへん、地を這う蛇のように姿勢を低くして回避しとる――いや、それだけやなくて足払いのローキックを放った。

 バランスを崩したハスト。しかし転ぶ前に左手のナイフをガーランさん目がけて投擲した。これは褒めるべきところやった。左側に倒れる場合、どうしても左手のナイフは受身を取るのに邪魔になる。捨てるくらいなら投げるのに使うたほうが有効やろ。


 せやけどそれを読んでたガーランさんはその場から上に飛び上がって回避――いや攻撃に転じた。

 天井近くまで飛び上がったガーランさんは空中で前転をして――横に倒れてがら空きになっとるハストの右の横っ腹を思い切り踏んづけたんや。

 ハストは血と胃液の混じったものを吐き出しとる。ボキっと音がしよったから肋骨か何か折れとるな。痛みで何もできひんハストのこめかみにかかと落としをして気絶させた。

 勝敗が着くまで一分もかからんかった。


「が、ガーラン……あなたそこまで強かったのね……」


 デリアはガーランさんの戦う姿を見たことあらへんかったらしい。そら驚いてそんぐらいしか言葉が出えへんやろな。


「はっ。流石だ。『怪物』の名は伊達じゃねえな」


 パチパチと拍手するんはアンダーやった。護衛の二人が驚愕しとるのに、まるで予想通りちゅう顔や。


「ひぃいいいい!? ハストがやられるなんて!?」


 ジェダが尻餅をついとる。他の人間に戦わせようと思わへんのか、無様に混乱しとる。


「さてと。ジェダを連れていけ。俺は三人と話をする」


 アンダーの命令に従って護衛の二人がジェダを間に抱えて運ぼうとしとる。


「わわ! やめなさい! アンダー、取引しましょう! その老人の家の――」

「地下に財宝が眠っているんだろう? 知っているさ」


 ジェダは顔面蒼白になって「ど、どうして知っているのです!?」とまるで三下のような台詞を吐いた。


「お前が知っていて、俺が知らないことはない。おい、連れていけ」


 じたばた暴れるジェダは「嫌だ! 私はあそこに行きたくない! 死にたくない!」と喚いて連行されてしもうた。


「なあアンダー。ジェダはどうなるんや?」

「安心しろ。しばらく牢屋に入れて、それから医療院に行ってもらうさ。まあ、二度と出られないけどな」


 悪そうに笑うアンダー。いろいろ話して善人かと思うたけど、本人が言うとおり悪党やな。


「……ユーリ。その人誰よ?」


 デリアが怪訝そうに訊ねる。あたしはなんて言えばええかと一瞬悩んだ。まさか裏ギルドを仕切っとる、裏社会の長やなんて言えへんし……


「俺はアンダーという。そうだな、古都の情報屋だな」


 あたしが答える前にアンダーは嘘をつかずに真実を隠した。こういうところは上手いなあ。


「……そんな感じしないけど、まあいいわ。ユーリ、ガーランを手当してあげて」

「あ、そうやな。ガーランさん、治療したるわ」

「……要らんと言いたいが、お嬢様の命令には逆らえませんな」


 ガーランさんの身体を診たけど、暴行を受けたわりには怪我が少なかった。


「あんな非力な若造に傷など付けられるわけがない」


 それは強がりでもなんでもあらへんかった。アンダーの『怪物』ちゅうのは嘘やないみたいやな。


「それでアンダーとやら。お前の目的はなんだ?」


 治療が終わった後、アンダーに訊ねるガーランさん。


「目的か。あんたの家の地下に眠る財宝が欲しい、と言ったら?」

「……情報屋はネズミと一緒ね。いやそれ以上に下衆だわ。お金のところに集るんだから」


 デリアは嫌悪感丸出しで言うとる。あたしは「そないなこと言うたらあかんよ」と窘めるとぎろりと睨まれた。


「どうしてあなたが情報屋と関わっているのか、詳しく訊きたいわね」


 うーん、どないしよ? 下手な嘘は通じひんようになっとるからな。


「……まさか、クヌート先生の事件の際に知り合ったの?」

「……結構自分、鋭いやんか」

「――っ! あなたねえ! 少しは自分の――」


 そこから説教が始まると思うたんやけど、ガーランさんの「悪いが財宝はない」という言葉で中断してくれた。ほっ。良かった。


「財宝がない? どういうことだ?」

「中古で買った家を隅々まで調べないのは無用心だと思わないか? 少なくともわしは調べる。そのうち、一階の床がおかしいことに気づいた。よくよく見ると地下室があり、そこに財宝が眠っていた。住み始めて二日後のことだ」


 アンダーは「それで財宝はどうしたんだ?」と訊ねると「ほとんど使った」とさらりとガーランさんは言うた。


「本屋を開くためにした借金の返済、商工ギルドに加入するための支度金、そして蔵書を増やすために本を買い漁っていたら、財宝の残りは七分の一になった」

「あ、だからあんなに見たことのない本ばかりあったんか!」


 魔法学校の図書室にもない、珍しい本がぎょうさんあったのはそのせいやな。


「おいおい。財宝はかなりあったんだぜ? どんだけ本につぎ込んだんだ?」

「財宝の半分以上だな。たまに生活費に回したが」

「なんてこった。しかしどうしてそこまで本を集めるんだ?」


 ガーランさんは「言えぬわ」と軽く笑って言わなかった。

 ガーランさんが本を集める理由。それを知るのはだいぶ時間を待たないといけなかった。


「ジェダが知ったら気絶するような話だな。まあいい、無い物は仕方がねえ」


 アンダーは出口に向かって歩き出した。


「それじゃあな、ユーリ。また何かあったら来てくれ」

「ありがとうな。あ、ゲートキーパーさんに明日行く言うといて」

「俺を伝言係にするな……一応伝えてやるよ」


 アンダーが出て行くとデリアは「ゲートキーパーって誰よ?」と訊ねてきた。


「デリア、あんたはあたしの彼女かいな?」

「はあ? 何言っているのよ?」

「まるで浮気を詮索する彼女に思えたんや」


 デリアは顔を真っ赤にして「馬鹿じゃないの!」と怒鳴った。

 その様子を見て、ガーランさんはにこりと微笑んだ。


「デリア様、良きお友達ができて良かったですね」

「……ふん! 行くわよ二人とも! このことを自警団に知らせるわよ!」


 ずかずかと立ち去るデリアを見て照れ隠しやな、可愛いわと思うた。


「確かユーリだったか。君に感謝しなくちゃいけないな」


 出口に向かって歩くガーランさん。あたしは「別にええで。あたしが居らんでも助かったちゃうん?」と言うた。


 するとガーランさんは首を横に振った。


「そうではない。デリア様のことだ。あんなワガママで貴族主義で他者を思いやらない女の子だったのに、それが変わってしまった」

「うん? まあそうやな。でも変えたのはあたしだけやないで?」


 あたしは指を折りながら数えた。


「イレーネちゃんにランドルフ、クラウスにエーミール、そしてクヌート先生。いろんな人がデリアを変えた、いや成長させたんや」

「……やっぱり、わしは居なくなって正解だったな」


 淋しそうに呟くガーランさん。もしかして、それが辞めた理由なんやろか。


「何言うとるん? ガーランさんが居たことは無駄やないで? ちゃんとあんたとデリアの間には確かなもんがあるんやから!」

「なんだ? 何があるんだ?」

「はあ? 決まっとるやろ!」


 あたしは胸を張って笑顔で言うた。


「もちろん、絆や!」






 それから水の月になるまであたしたちは勉学に励んだ。

 ゲートキーパーさんの古傷を治す方法を模索したり、騎士学校のクリスタちゃんを鍛えたり、イレーネちゃんとデートしたり、デリアとデートしたり。

 まあ後半は勉学やあらへんけど。

 休校になるまで魔法学校で勉強しとった。

 クヌート先生はリハビリが大変そうやったけど、座学でいろいろ教えてくれたし、アデリナ先生も実戦形式で鍛えてくれた。

 そんな日々が続くと思うたある日。

 水の月の後半が始まってすぐのことやった。


「ユーリ、手紙が届いてますよ?」


 夕方。寮の自室のベッドに寝っころがっていると、イレーネちゃんが郵便箱から手紙を取ってきてくれたんや。あたしはありがとう言うて受けとった。


「なんやろ? 差出人は書いてないな」

「不気味ですね……」


 それでも手紙は高級紙使うてあるし、蝋封までされとる。それに全体的に赤で修飾されとる。


「一応開けてみるで」


 イレーネちゃんも見守る中、手紙を開けて中身を見た。

 そこには綺麗な字でこう書かれていた。


『ユーリさん、お久しぶりです。大陸で一番偉い人、皇帝です。あなたに頼みたいことがあって筆を取りました。直接お話したいので、首都のクサンまで来てください。本来なら私が出向くべきですが、生憎忙しくてできませんでした。というわけでご足労願います。ちなみにランドルフさんとクラウスさんにも同じような手紙を出しました。三人で一緒に来てくださいね。ソクラ帝国皇帝、ケーニッヒ・カイザー・ソクラ』


 なんか厄介なことが起こりそうやな。

 皇帝からの手紙に慄くイレーネちゃんの横でそう思った。

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