第61話あらやだ! ジェダの屋敷に乗り込むわ!

「さっきはジェダの奴も考えるじゃないかと言ったが、前言を撤回する。あいつはとんでもない失敗を犯した。よりにもよってヴォルモーデン家に手を出したんだからな」

「まあ宰相家やからなあ。それにデリア自身もランクSの魔法使い――」

「それもあるが、俺が言っているのは違う。ヴォルモーデン家には子飼いの戦闘集団が居るんだ」


 あたしとアンダー、そして二人の護衛はジェダの屋敷に向かって大通りを走っとる。

 こっちを見て驚いとる人も居る。そらそうや。あたしたちは物凄い速さで駆けとるから。


 前世では陸上や柔道に青春を捧げ、異世界でも鍛えとるあたしは喋りながらでも息を切らすことはないけど、地下に引きこもっとるアンダーがついて来れとるのは驚いた。

 まさかそないに体力があるとは思えへんかった。前にも話したと思うけど、異世界の人たちは前世と比べて身体能力や持久力が優れとる。それを差し引いてもあたしのスピードについていくのは凄いと思うた。

 いや、そんなことはどうでもええ。アンダーの話を素直に聞かなあかんな。


「子飼いの戦闘集団? 兵隊さんとか傭兵さんとかか?」

「それを言うなら私兵に近いな。そいつらは普段は執事やメイドの仕事をしているが、有事の際は兵士となり、当主の手となり足となる。ユーリ、お前の世界にもそういうの居るだろう?」


 あたしは少し考えて「現代には居なくなったけど、忍者に近いな」と答えた。


「にんじゃ? なんだそりゃ?」

「あたしの国の……なんやろ、大昔に居たスパイみたいなもんや。忍術ちゅう怪しげな術を使こうて、敵の大将の首を獲ったり、情報を盗んだりするんや」

「……お前の世界には魔法はないんだろう?」

「魔法ちゅうか技術に近いやろうけど、ほとんど作り話やな。活躍したんはあたしが産まれる四百年から五百年前のことや。そんときは科学は発展せえへんかったし」

「なるほど。脚色されているわけか」


 納得した表情のアンダー。でもそれ以上は聞かへんかった。まあこの情報は必要ないかもしれん。スパイなんて居らんでも一人で情報を仕入れられるからや。


「そんで、その戦闘集団がどないしたんや?」

「ヴォルモーデン家は策謀の家とも言われるのは、そいつらを使って政敵を失脚させたり、暗殺したりしていたからだ」


 そういえば、ランドルフも『ヴォルモーデン家は裏で画策するのが好きな一族』言うてたな。あれはそういう意味やったんか?


「その集団――『フィンガーズ』の中で最も強く、最も優秀だった男が居たんだ。それがガーランだ」

「へえ。あのおじいさんが……ていうかそないなことをこんなところで話してええんか?」


 大通りで人が往来しとるのに、平気で裏事情を話すんは迂闊ちゅうか浅はかに思えるんやけど。


「安心しろ。俺は既に能力を使っている」


 その言葉の意味が分からへんかったので訊こうとすると、目の前をスライドするように四角い板が目線に来た。


「俺の『ウィンドウズ』の第二の能力。発動しているとき、俺が選択した人間以外に俺たちの会話は聞こえなくなる。現に後ろの護衛は無反応だろう?」


 つまり家ん中で会話しとることは外には聞こえへんみたいなことか? いやこれは分かりづらいか。

 とにかく消音機能もあるんやな。なんちゅう便利な能力やろ。


「話を戻すぞ。ガーランは優秀な奴でな、数々の諜報や姦計を実行してきた。しかしある日突然、職を辞して古都に来たんだ。古くなった店を買い取って、本屋を始めたんだ」

「なんでそないに詳しいんや?」

「古都テレスの情報は俺の元にいくらでも入ってくる。だが最初はガーランの情報が入って来なかった。それがかなり不気味だったし不思議だったから調べたんだ。久しぶりに骨の折れる仕事だったぜ」


 確かにただの老人に見えるガーランさんの情報がまるで入らなかったとなると、そうしてもおかしくないな。


「それにガーランの店にはとあるモノが眠っている。ジェダはそれを嗅ぎつけたんだろうな」

「とあるモノ? なんやそれ?」

「それは――っと、着いたな」


 アンダーが足を止めた。あたしも走るのをやめると目の前には並んどる他の家よりも大きな屋敷があった。三階建ての一見、立派な屋敷に見えるようで――


「――なんか成金ぽいな」

「あんたの言うとおり。先の戦争で儲けた成金だよ」


 古都らしくないちゅうか、雰囲気に合わんちゅうか、とにかくめっちゃダサかった。


「さてと。中に入る前に様子を窺うか……」


 アンダーの能力、『ウィンドウズ』で屋敷の中を見るみたいや。四角い板が小っちゃなテレビくらいになって、あたしにも見えるようにしてくれた。

 そこに映っとったのは――


「意外だな。人質が通じるような老人には見えなかったが。まあ、元の主の孫娘が人質なら仕方ないな」


 趣味の悪い内装の部屋。そこで縄で縛られて泣き叫ぶデリア。その目線の先にはガーランさんが殴る蹴るの暴行を受けとった。その中には店に来とったハストも居る。

 あいつら卑怯者やな!


「とりあえず、人質を解放しないといけないな。とりあえず見張りを効率的に倒して、中に入るか」

「なんや。助けてくれるんか?」

「ヴォルモーデン家に貸しを作るのも悪くない。それにだ、見て見ぬフリもできねえ。俺は正義の味方でもない。むしろその逆の悪党だ。けどよ――」


 アンダーはにやりと悪そうに笑うた。


「悪党にも悪党なりの美学があるんだ。ジェダの野郎とは合わねえ。ただそれだけだ」


 そういうわけで門の前で退屈そうにしていた見張りを倒すことになった。


「俺の能力でお前の声どころか、あらゆる音は聞こえなくなっている。だけど光や倒した敵の悲鳴は聞こえる。だから――」

「一撃で気絶させればええんやな」


 あたしは見えない角度から追跡型の魔法を上空に放った。


「アクア・ショット・ホーミング!」


 どさりと人が倒れる音がした。覗いてみるとうつ伏せで見張りの人が倒れとる。原理としては金ダライが上から落ちてきた感じやな。


「よし、行くぞ。お前らもついて来い」


 あたしとアンダーは護衛の人たちも連れて、屋敷の中に入った。


「ジェダのやつ、ケチったな。見張りは一人だけのようだ」

 『ウィンドウズ』で確認したから分かっとるけど、なんか緊張するなあ。


「後は自分の護衛とガーランさんへの対策か」

「好都合だ。あいつらが居るのは二階だな」

「どないするん? 正面突破はできそうか?」

「向こうは護衛が十人居る。特にハストという男はなかなか手強い冒険者だ。正直厳しいな」

「ならどないするんや?」


 焦りを覚えつつ訊ねるとアンダーは「俺の名に相応しくないが、こっちのほうがインパクトあるな」と悪巧みしとった。


「三階に行くぞ。早く人質奪って『怪物』の戦いを間近で見たい」




「ユーリ、あんたの魔法で天井をぶち抜け。ああ、結構薄いから問題はない」

「はあ!? 何考えとるんや!? そないなことをしたらデリアとガーランさんも危ないやろ!」


 三階。デリアたちが居る部屋の真上でアンダーがとんでもないことを言い出した。


「安心しろ。ここの範囲には誰も居ないし、こっちの方向にデリアとかいう娘が居る、当たることはない。それに天井をぶち抜いても大した高さじゃねえから平気だ。着地のときに足を捻らなければ大丈夫だ」


 そしてアンダーは黒い笑みを浮かべた。


「あんたはデリアを助けろ。そうすれば後はガーランが始末してくれるさ」

「……ほんまやろな? 信じるで?」


 そう言うて、あたしはアンダーが示した場所に狙いをつけた。

 そして今あたしができる、最大限の魔法を放った。


「――アクア・マシンガン!」


 数十発もの水弾が床を砕き、下の階までの通路を作った。


「な、なんですか!? 今のは!? 雨漏りにしては酷すぎませんか!?」


 知らんおっさんが叫んどる。結構面白いこと言うなあ。

 あたしは穴から下の階に落ちて、アンダーが言った方向へ駆ける。二階と三階の間に溜まっとった埃で視界が遮られる。床は水浸しで足元がとられる。けどそれは事前に知っとる。既知と未知やとできる行動は違うんや。

 デリアが逃げへんようにと傍に居る、雇われた冒険者は二人。遠くに居るほうは風の魔法、そしてもう一人は得意の背負い投げで倒した。


「デリア、助けにきたで」

「――ユーリ! ……相変わらず派手なことを考えるわね!」


 強気に返すデリア。脚が震えとるのは指摘せえへんことにする。縄を解いて、状況を確認する。こっちにハストが向かってきよる。やばい――


「は、ハストさん! 私を守りなさい!」


 ハストは舌打ちをしながら、雇い主のほうへ向かった。

 その雇い主なんやけど、何だか頼りなさそうなちょび髭のおっさんで、頭がハゲてて痩せぎすで、小者ちゅう表現がぴったりの成金やった。こいつがジェダやな。


「ええい、誰です!? この小娘は!」


 さてと。ここは盛大にハッタリ利かさんとあかんな。


「このあたしを知らんとは、あんたは物を知らんなあ」

「な、なんですと!?」


 戸惑うジェダに大見得を切るように高らかに言うた。


「この国に平和をもたらし、大陸を一つにまとめた立役者、平和の聖女のユーリとは、あたしのことや!」


 決まった! 圧倒的に!

 誰も何も言わへんかった。それはあたしの正体に慄いて――


「な、何が平和の聖女ですか! みなさん、この小娘を捕らえなさい!」


 その言葉に従って、冒険者たちがあたしたちに突撃してくる。

 デリアはあたしに向かって怒鳴った。


「あんたの異名は強さを表すものじゃないでしょ!」

「……はっ。せやった!」


 五人ほどの大人があたしたちを捕まえようとする。

 あかん! これはあかんで!


「おいおい。俺たちが居ること、忘れてねえか?」


 その言葉が聞こえたと思うやいなや、こっちに向かってきた冒険者が急に倒れた。

 よく見るとアンダーの護衛が襲い掛かってきた冒険者の後ろに居て、手刀で気絶させたと分かった。


「ようジェダ。久しぶりだな」


 知らないうちにアンダーがあたしらの前に立って、ジェダと相対しとる。


「き、貴様はアンダー!? どうしてここに!?」

「俺を呼び捨てなんて、偉くなったもんだな」


 ジェダは顔を真っ青にして「何故、あなたがここに居るのです!?」と小者っぽい反応をしよった。


「お前に話す義理はない。それよりいいのか? ガーランから目を離して」


 ジェダはハッとしてガーランさんのほうを見た。

 するとガーランさんの足元には二人の冒険者が倒れておった。

 暴行を受けたのに、顔中アザだらけで身体もボロボロのはずやのに、なんて強いんやろか。


「な!? ただの老人じゃなかったんですか!?」

「なんだ。知らなかったのか。まったく、相手を知らずに喧嘩を売るんじゃねえよ」


 アンダーは呆れとる。するとジェダはハストに向かって「この老人から始末しなさい!」と命じた。


「良いんですか? 殺したらアレが――」

「構いません! 殺してからゆっくりと探します! アンダー諸共、全員皆殺しにしなさい!」

「はいはい。その代わりに報酬は弾んでくださいね」


 ハストは両手にナイフを持っとる。


「ガーラン、気をつけて!」


 デリアの声にガーランさんは黙って頷いた。

 ガーランさんとハスト。

 元執事と冒険者崩れ。

 二人の勝負が今始まる――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る