第60話あらやだ! お礼を言いに行くわ!
ガーラン書店に行った翌日。あたしは小包を手に持ちながら、裏ギルドへ向かっとった。もちろん、アンダーに会うてお礼を言うためや。ほんまならもっと早う会うはずやったけど、いろいろとこっちも予定だなんだがあって行けんかった。
薄暗い道を一人で歩いとると寂しゅう思う。それに心細い。お化け屋敷は苦手やないけど、物陰から誰か飛び出してきそうな感じがしとる。せやから不意に後ろを振り向いたりしてた。誰かに見られている感覚が不思議とあったし。あれやな、シャワー浴びてたら誰も居ないのに視線感じるみたいなもんや。
裏ギルドの入り口に人が居る。オスカーと一緒に来たときも居った門番さんやった。確か出された言葉に関連する言葉を自信満々に答えるんやったな。
そう思うて、門番さんの前に来ると――
「……お前は通っていい」
「うん? 合言葉言うてないよ?」
「……アンダーから、特別に通すように、言われた」
そうか。なら遠慮なく通らせてもらおか。
「ありがとうな。じゃあ通るでー」
「……お前は、俺が怖く、ないのか?」
不意に門番さんがあたしに訊ねた。首を傾げながら「怖い? どこがや?」と訊ね返した。
「……俺の、顔だ」
「別に怖ないよ。あんたは気にしとるんか?」
「……気にしないほうが、おかしいだろう」
「この世界で刀傷なんて珍しくないしな。うーん、そうやな。あんたが気にしとるんなら、あたしがいつか治したるわ。ま、そのためには勉強せなあかんな」
門番さんは見えとるほうの目をぎょろりと動かして「……できるのか?」と訊ねた。
「守れない約束はしない主義や。そうやな、アンダーとの話が終わったら、一度診てあげるわ。時間ある?」
「……アンダーの許可が、必要だ」
「なら話つけたるわ。あ、そうや。これ食べるか?」
あたしはポケットからメロン味の飴を取り出した。渡すと門番さんは不思議そうに眺めながら、包装紙ごと食べようとしたので「あかん! 包みから取るんやで!」と注意した。
門番さんはもたつきながらも包装紙を破って、メロン味の飴を口に含むと「……甘いな」と呟いた。そして頭を下げた。礼なんていらんのにな。
「……アンダーが待っている。さあ、行け」
「そうやな。じゃあまた後でなー」
そう言うて、あたしは扉の向こうへ入り、地下へ続く階段を下りて行った。
空気が澱んどるので、息苦しかった。
そして最下層に着いて、黒い扉を開けた。
「相変わらず、別世界やな」
ここにはいろんなもんがあった。表じゃ流通のできひん薬とか情報とか。後は口に出して言えへんものとか。
「さてと。アンダーはどこに居るんやろ?」
「……ユーリ様ですね」
声をかけられたんで、その方向に振り向くと見覚えのある二人組みが居った。腰に剣を携えとる。
「あ、あんたらアンダーの護衛しとった人やろ?」
「そのとおりです。アンダーがお待ちです。ご案内させていただきます」
「なんや。あたしが来ることはお見通しかいな」
「アンダー曰く、『あんたみたいな有名人の動向が分からないようじゃ、裏ギルドは仕切れない』そうです」
ま、そのとおりやな。
そんでアンダーの居る個室まで案内してもらっとるんやけど……
「おい。あいつ噂の平和の聖女だぜ」
「どうしてここに?」
「前にも来たことあるぜ」
「アンダーの護衛を従えてるだと? どういうつながりがあるんだ?」
有名人や芸能人の気持ちが物凄く分かるわ。好奇な目で見られたら、そら塩対応もするやろな。
アンダーの個室前に来た。護衛の人がノックして「入ってくれ」と返事があったんで、一先ず二人に「ありがとうございます」と礼を言うてから、中に入った。
「おう。ユーリ。久しぶりだな」
アンダーは能力『ウィンドウズ』を発動させながら、あたしと相対しとる。
「ちょっと仕事中なんでな。無礼だと思うが使ったまま話させてもらうぜ」
「別にええよ。今日来たんはお礼言うためやから」
あたしは小包をアンダーに渡した。
「この前の事件、ほんまに助かったわ。ありがとうな。これはお礼や」
「あん? なんだ、別に礼を言われるほどじゃないが。中身はなんだ?」
「紅茶の茶葉や。友人のデリアに取り寄せてもらったんや。気に入るとええが」
「……よく覚えてたな。俺が紅茶好きということを」
アンダーは感心しながら小包を受け取ってくれた。
「さっそくこれで茶を飲みたいところだが、あんたに知らせておかねえといけないことがあってな」
「なんや? また事件かいな?」
「――ジェダという男を知っているか?」
唐突に昨日聞いたばかりの名前が出たので「知り合いじゃないけど、名前は知っとるで」と答えた。
「さっき名前が出た友人のデリアの元執事のガーランさんを強請っとる大元やろ」
「なんだ。知っているのか。しかもあんたとの関係が薄いな……」
「そのジェダちゅう人がどないしたんや?」
アンダーは「そのジェダが雇った部下があんたを尾行してたんだ」ととんでもないことを言うた。
「……なんでそないな真似を? てかどうして分かったんや?」
「何の目的かは尾行していた奴に訊いた。ゲートキーパーの奴がお前を通した後に痛めつけたからな。尾行は三人居たらしい」
ゲートキーパー? あの門番さんか? いつの間に?
しかも結構強いんやな……
「それで、奴の目的はガーラン書店の土地買収さ。店主と親しいお前を人質に取って、強請ろうとしたらしい」
「……あたしは昨日行ったばかりやけど?」
「ならあいつらも騙されていたんだな」
アンダーは「そのデリアという友人は今、どうしているんだ?」と訊ねてきた。
「確か、本屋にまた行くって――!」
「なるほど。陽動か。ジェダの奴も考えるじゃないか」
「アンダー! デリアの居場所分かるか!?」
アンダーは「とりあえず本屋を検索している」と四角い板を使うて、本屋の中の映像を見た。
店の中は誰もおらへんかった。いつも居る清算台にも。
「うん? 台の上に手紙が置いてあるぞ?」
「見えるか? いや、中身は読めるか?」
「幸い、表向きだったから読めるぞ。拡大する」
手紙の内容はこうやった。『デリアを預かった。返してほしければ屋敷に来い』
「――っ! くそっ! 卑怯もんめ!」
あたしは急いで個室から出ようとする。せやけどアンダーに呼び止められた。
「待て。ユーリ。場所は分かるのか?」
「あ、分からん! アンダー、教えてくれへんか!?」
「教えるんじゃねえ。行くなら俺も行くぜ。ついて来い」
アンダーは椅子から立ち上がった。
「助けてくれるんか? おおきにやで!」
「いや助けるんじゃないな。正確には助ける必要はない、と言うべきか」
何を言うとるんか、あたしにはさっぱりやった。
「店主、ガーランが居ないということは屋敷に行ったということだな」
「ほんまか!? なら急いで行かんと!」
「急ぐ? まあ急いだほうがいいな」
アンダーは軽く笑いながら言うた。
「あの『怪物』の身内に手を出したんだ。あっという間に決着が着いてしまうからな」
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