第43話あらやだ! 十五年後に会うわ!
自分で言うのも滑稽やけど、劇的とも言えるタイガの処刑中止はそのまま無罪放免になるんちゃうかと思うたけど、そう簡単に上手いこといくわけがなかった。それにタイガ自身もケジメはつけなあかんと思うたらしい。その結果、タイガの様々な特権が剥奪されることになったんや。
まず王族から廃嫡された。アスト王――いや今はアスト公か、その相続権などが奪われた。だからタイガ・カイザー・アストからただのタイガになった。ようするに平民になったんやな。
次にアストでの軍階級を剥奪された。大将やあらへんようになった。
それからタイガは自ら進んで牢獄に入ることになった。ソクラ帝国にある、刑務所みたいな場所に投獄されることになったんや。刑期は十五年。重い気もするけど、クーデターを起こして死刑を免れたんやから、妥当だと言えるやろ。
しかし、妥当とはいえやるせない気持ちがあたしの中にないとも言えへんかった。
「なあ。本当に牢獄に行くんか?」
「まあな。もう決めたんだ。罪を償わなければいけないしな」
目の前におるタイガは若干顔が青ざめておるけど、元気そうやった。周りにはずらりと騎士たちがおって見張っとるけど、その気になればタイガはその人たち倒して逃げられるやろ。
今居る場所は王城の食堂やった。なんで王城の食堂なのか。それはタイガにハンバーグを食わせるためやった。もちろん作るんはあたしや。
クラウスほど上手くは作られへんけど、それでも前世では子供たち相手に散々作ったんや。難しゅうない。ほんまはたこ焼きとかお好み焼きとか作りたかったんやけど、たこがなかったり、里芋がなかったり、そもそもソースがなかったりするから、できひんかった。いずれ作りたいものやな。
「ほれ。食えや。これがイデアルで流行っとるハンバーグステーキや」
「おお。これがハンバーグか。美味しそうだな」
「騎士さんたちはイデアル、古都テレスに来て食べてや」
思わず身を乗り出した騎士たち。残念そうな顔しとる。堪忍やで。
タイガはフォークとナイフで切り分けて、口に運ぶ。そして一言呟いた。
「……美味しいな。産まれて初めて食べたな。こんなに美味しいものは」
「そうか。絶対にこの味忘れんといてな」
「ああ、ありがとう」
タイガは憑き物が落ちたような顔で、あたしに感謝する。なんか切なくなってきたな。
「なあ。今更やけど、ほんまにええんか」
「良いに決まっているだろう。何回言わせるんだ?」
「なんか後味悪いやん。助けたのに牢獄行きなんて」
「俺は罰せられるべき人間なんだ。それに楽になったよ」
楽になった。その意味は分からんかった。だからタイガの言葉を待つ。
「王子で大将だった頃に比べて、気が張らなくなったんだ。戦争のことばかり考えてた。人を疑ってばかりだった。それがどうだ? 気楽になれたんだ」
「……そうか」
「それよりどうして、お前は助けてくれたんだ?」
不思議そうに訊ねるタイガに「人を助けるのに理由はいらん」と手を振った。
「それにロゼちゃんに頼まれたからな。泣く子の頼みは断れんしな」
「ロゼか。あいつはアスト王――じゃなかったなアスト公を継ぐんだろうな」
後継者がロゼちゃんしか居なくなったからな。でもあんな小さな子が貴族、それも領地を治める立場になるんか。なんか想像できひんな。
「まあ、気張りや。牢獄でも元気でな」
「ああ、頑張らないとな。産まれて初めてだ。牢屋に入るのは」
「あんたのせいで、あたしは九日間、入ることになったからな」
「悪かったって。そんなに根に持つなよ」
「あはは。冗談やで」
それからタイガはあたしをじっと見た。
「俺は決めたぜ。牢獄から出たら、人のために生きるってな」
「へえ、立派やん」
「十五年間、自分を見つめなおして、何ができるか考えるぜ」
「あたしは十五年後とは言わず、その武力を今すぐにでも国のために使ってほしいんやけど」
本音を言うと、タイガは「今は駄目だ」ときっぱり断った。
「まだイデアルへの恨みがあるんだ」
「……当然やろな」
「でも十五年経って、アストがソクラと馴染んで、イデアルとも良好になったら、考えてもいい」
「ああ、そうなるように努力するわ」
「頼むぜ、『平和の聖女』さんよ」
平和の聖女。なんや知らぬ間にあたしのことをみんながそう呼ぶらしいな。
巷の噂やと、あたしは大陸を統一した立役者らしいし、しゃーないけど、なんかこそばゆいなあ。
「なあ。タイガ――」
「……すまないが時間だ。ユーリ殿」
声をかけようとしたとき、騎士の一人がすまなそうに声をかけてきた。
なんや、もう終わりかい。淋しいなあ。
「そうか。時間か。それじゃあ十五年後だな」
タイガは立ち上がり、両手首を合わせて騎士に向けた。
騎士は手枷を事務的に付けた。
「十五年後、か。そんときあたしは二十五やな」
「そのときは立派なレディだな」
タイガは笑って言う。それは存外爽やかな笑顔だった。
「独り身だったら、俺が貰ってやろうか?」
「あはは。考えてもええで」
互いに笑って、十五年後の再会を約束して。
そうしてあたしたちは別れた。
「ユーリさん。もう済んだのか?」
王城から出ると、ランドルフが門の近くで待っとった。
「ああ。待たせてすまんな」
「いいさ。タイガ、とか言ったか。なんかすっきりした顔になってたぜ」
「まあな。ハンバーグ食べたからやろ」
「……これで良かったんだよ」
ランドルフは遠くを見つめる。すっかり夕方になったアストの首都、サンドロス。
空はプラトと同じ、綺麗な黄昏や。
「タイガは自分の罪を償うために牢獄に行くんじゃねえ」
「……? どういう意味や?」
「自分が納得するために行くんだ。ケジメを付けるために行くんだ。ムショってのはそういうところだ」
「元やーさんの言うことやな」
「あいつは幸せ者だ。あんたのように待ってくれる人間が居るんだからな」
「ランドルフは行ったことあるん?」
「三年だけな。まあ昔のことだ」
ランドルフは「だから救えなかったとか思うなよ」と厳しい顔で言うた。
「全てを救おうなんて傲慢だし、あいつは心だけは救われたんだ。だからよ、悲しい顔をするなよ」
「……分かってんねん。あたしも大人やったからな」
でもあのまま死なせるほうが良かったんかなとか、十五年も閉じ込められるのは辛いやろなとか考えてしまうねん。
「ま、気にするなとかできないよな。それよりこれから行くところがあるんだ」
「プラトやろ? 早くみんなに会いたいわ」
ランドルフは「何言っているんだよ」と呆れた顔で言うた。
「これからソクラに行くんだ。皇帝とイデアル公が首都で待ってるんだぜ」
聞かされてなかったやけど、どうやらこのままでは終わらんらしい。
はたして、あたしはどうなるんやろか?
「面倒事はごめんやで?」
「そんなの俺に言われても困る。というより、俺だってとばっちりなんだぜ?」
ランドルフは溜息を吐いた。
「関係ないのに、俺まで同席しろってよ。なんでだろうな」
「知らへんわ。背中の龍でも関係あるんやないか?
「人にあまり見せたことないから、それはねえと思うぜ」
軽口を叩きながら、あたしはランドルフに連れられて馬車に乗り込む。
アストにおいて、あたしはただ捕まっただけやけど、何故か解決してしまった。
しかしそれはとんでもない思惑があったりするんや。
偶然とか幸運とか奇跡なんかやない。
確実に仕組まれたことが――あったんや。
それを知るのはだいぶ先になる。
今はただ、馬車窓から見える沈み行く夕日を眺めていた。
黄昏から闇の戸張が下りる。
そして星たちが輝き出す。
地上のことは何も知らずに、ただ輝いとった。
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