第七章 皇帝謁見編

第44話あらやだ! 皇帝に会うわ!

 ソクラ帝国の首都、クサンにはアストを出発して五日で到着した。アストからソクラへ入るときは関所とかで時間がかかったんやけど、ソクラ帝国に入ってからは比較的に早く首都に入れた。理由はソクラには関所というものがなかったからや。これは驚きやな。

 代わりに異常事態を知らせるのろし台ちゅうもんがあって、他国の侵攻や災害などを知らせる役目を持っとる。仕組みとしては異変があったらのろしを上げて、それを見た別ののろし台がまたのろしをあげての繰り返しをして首都まで知らせるちゅうことや。よく考えてあるなあ。

 そんで、ソクラ帝国の首都クサンを見た感想としては――


「なんやフランスのパリみたいな場所やな」


 そう呟くと馬車で同席しとるランドルフは意外そうな顔をした。


「ユーリさんはパリに行ったことがあるのか?」

「家族旅行でな。なんか懐かしいわ」


 パリみたいと評したのは街道が中央に向かってできており、その中央には大きな宮殿があったからや。まあパリやったらエッフェル塔が中心にあるんやけどな。街の造りとかが二度ほど行ったことのあるパリに似ているんや。


「そんで、あたしは宮殿に行くんか? 直接?」

「本当は休みたいと思うだろうがな。悪いが向かってもらわないと困るんだ」

「ていうか、皇帝が何の用やねん」

「知らん。まあ平和の聖女さまの顔を拝んでおこうなんて腹じゃねえのか?」

「あたしはパンダか。ていうか平和の聖女ってなんやねん。恥ずいわ」


 ランドルフは「何言ってんだ。あんたは凄いことをしたんだぜ?」と呆れた顔になる。


「何度も説明するように、大陸を統一できた立役者なんだぜ? あんたの、その、なんだ、大政奉還だっけか? そんな発想がなかったらこうして平和は訪れなかった」

「ランドルフは日本史苦手なんか?」

「元やくざに教養を期待するなよ」

「教養を強要するな、ちゅうことか?」

「つまらねえことを言うんじゃねえよ。まあそんなことはどうでもいい。とにかくあんたは大した人間なんだよ」


 そう言われても困るわ。あたしは普通のおばちゃんやで?


「まあ皇帝になんか言うとくことを考えておくわ」

「無茶な要求なんてするなよ? もしくは無礼なことをするなよ?」

「あはは。元やくざらしくない発言やわ」

「誤解しているようだが、やくざは結構礼儀正しいんだぜ」


 そんな会話をしとると、馬車が止まった。宮殿に着いたらしい。

 御者さんが馬車の扉を開けた。そしてランドルフの後に続いて外に出た。

 伸びをして身体をほぐしとると「ご苦労さまです」と声をかけられた。

 振り返るとそこにはスレンダーなおねーちゃんが立っとった。


 三十代、貴族の服装、すみれ色の髪、細めの目。背がかなり高く、キャリアウーマンみたいな感じがする。高圧的な目。まあ典型的な貴族やけど、どこか違和感を覚えた。


「シヴ・フォン・クロバーです。皇帝陛下がお待ちです。こちらへどうぞ」

「ああ、ありがとうございます。あたしは――」

「存じております。ユーリ様とランドルフ様ですね」


 自己紹介をする間もなく、そのまま踵を返して宮殿に向かうシヴさん。ランドルフとあたしはきょとんとしたけど、それに従って、宮殿内に入る。

 宮殿内にはそこら中に貴族がおって、あたしを見るなりひそひそ話をしとる。なんか感じ悪いなあ。

 ぼそぼそすぎて何言うてんのか分からんし。


「お気になさらず。陛下の私室には誰も居ませんから」


 シヴさんの言葉どおり、皇帝陛下の私室とやらに向かうにつれて、人が少なくなっていく。そして誰も居なくなったときに、シヴさんは立ち止まった。

 ……うん? なんやろ?


「……大陸を統一してくださって、ありがとうございます」


 限りなく小さな声でお礼を言われた。うん? なんでや?


「……どうしてあんたが言うんだ?」


 ランドルフも怪訝な顔をしておる。


「元はと言えば、私の先祖の責任です。子孫の私が果たすべき務めでした」


 振り返るとシヴさんの目には涙が浮かんどった。


「私の名前に心当たりはありませんか?」

「えっと、シヴ・フォン・クロバー……まさか、ソウ・フォン・クロバーの子孫かいな!?」


 ソウ・フォン・クロバー。賢臣にして奸臣という評価を得ている政治家。彼の提案でイデアルとアストが独立し、血みどろの戦争が起こったとされる――


「私たち一族は生まれながらにして、迫害されていました。国を割った売国奴。そう罵られて生きてきました」


 なるほど。高圧的な目は虐げられた人間の抵抗の証。つまり強そうに見せた結果でああなったんやな。


「私たち一族の願いは大陸を統一すること。しかしその手立てがありませんでした。『ハキル戦約』を結ばれ、介入できない状況に追い込まれて。何百年間も汚名を被って、一族は生きてきたんです」


 なんやろうな。先祖の罪は子孫には関係ないのにな。


「しかし、ユーリ様のおかげで私は、私たちは救われました。本当にありがとうございます……!」


 ぽたぽたと頬を流れる涙。あたしは「そないな大したことしてへんよ」と優しく言うた。


「まあ、あんたも辛かったなあ。飴ちゃん舐めるか?」

「あ、飴ちゃん? なんですかそれは?」

「ええから食べ。美味しいで」


 ピーチ味を渡すとシヴさんはおそるおそる口にした。そして驚くように「甘い!」と言うた。そして慌てて口を抑える。


「美味しいやろ? そうやな、今まで苦しかった分だけ、甘い思いをするんやで」

「……ありがとう、ございます」


 ランドルフは泣いとるシヴさんを見て「結構な人たらしだな、ユーリさんは」と呟いた。


「ランドルフ。人に親切したり優しくしたりすることは人たらしとは言わん」

「そうだな。悪い、間違えた」


 しばらくしてシヴさんは「すみません、取り乱して。陛下のところへ案内します」と言うて歩き出した。

 あたしたちは黙ってついていく。なんか知らんけど緊張してきたなあ。


「ここが陛下の私室です。一つだけ忠告、いえ助言させていただきます」


 シヴさんはあたしたちに向けて言うた。


「陛下は聡明すぎる方です。嘘は通じません。ですからなるべく嘘は言わないでください」

「聡明すぎる……? まあええやろ」

「別に嘘なんてつかねえよ」


 シヴさんは私室をノックした。


「どうぞ。お入りください」


 若い男性の声。その言葉に従って中に入るあたしたち。

 部屋の中には二人の男性が椅子に座っとる。一人は簡素な服装のイデアル王――じゃなかった、イデアル公。そしてもう一人。ぼさぼさっとした銀髪にぎょろりとした目、病的なまでに痩せていながら長身な男性。服装は赤色に統一されとる。

 なんちゅうか、二十代前半ぐらいの若者やった。

 この人、いやこのお方が――皇帝陛下か。


「ああ。あなたが平和の聖女、ユーリさんですね。どうぞ適当にかけてください」


 結構フレンドリーな感じな皇帝さん。あたしは皇帝の左隣に座った。ランドルフはあたしとイデアル公の間。ちょうど円を描くようになっとる。


「それでは、私は――」

「ああ、シヴさん。残っていてください。あなたにも大事な話がありますから」


 一礼して部屋から退席しようとするシヴさんを制する陛下。シヴさんはそれに従って、扉付近に立っとる。


「えっと。初めまして。私が皇帝です。この大陸で一番偉い人です。よろしく」

「なんかフレンドリーやな」


 思わずツッコミ入れるとイデアル公に睨まれた。ランドルフは笑いを噛み殺しとる。


「うふふ。いい反応ですね。それに求めていた反応でもあります。こういう自己紹介をしてもみんな流すか、固まるかぐらいしかしてくれないんですよ」


 皇帝はニコニコ笑っている。反射的にツッコンでしまったけど、意外と好評やったな。


「改めまして。ケーニッヒ・カイザー・ソクラです」

「初めまして。ユーリです」

「えっとそちらの男性の方は?」

「ランドルフといいます」


 皇帝は満足そうに頷いた。


「そうですか。ランドルフさんですね。ああ、私、ユーリさんに訊きたいことがあったんですよ」


 皇帝はニコニコしながらあたしに問う。

 それは何の心構えをしてなかったあたしの油断を誘うような、一言やった。







「えっと、ユーリさんはもしかして『転生者』なんですか?」

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