第42話あらやだ! 助かったわ!

「まったく、あんたはたいした女だ。結局この大陸を統一しやがった。言葉と度胸でな」

「ランドルフ、褒めても飴ちゃんしか出えへんで?」

「それでいい。いやそれがいい。ユーリさんの飴ちゃんはなんか知らんが元気が出るんだ」

「……怪しいクスリとか入ってるんかな?」

「言っておくが、俺はヤクに手を出したことは一度もねえ」


 冗談やでと言いながら、あたしはパイン飴をランドルフに手渡した。

 アスト城の東にある医療院と呼ばれる、いわゆる病院にあたしはおる。まあ快適とは言いがたい牢屋暮らしが八日も続いたんや。身体が弱っとるかもしれへんから治療も兼ねて入院した。

 そしてあまり清潔とは言えない病室のベッドで上体を起こしながら、ランドルフと話しているわけや。


「まずどうして俺がここに居るのか、説明しようか」

「そうやな。訊きたいことが山ほどあるからな」

「最初に異変というか、ユーリさんの危機に気づいたのは、イレーネだった」

「……イレーネちゃんが?」


 まさか予知能力でも手に入れたんやろか?


「あんた、イデアル城に居たときに手紙をイレーネに送っただろう。それを受け取ったイレーネが俺とエーミールに相談したんだ。どうすればいい? ってな」

「どうすればいい? なんやそれは」

「イレーネは『ユーリが無事にアストから帰ってくるか分からない。でも私には力がない』と言った。どうやら、今回の事件を予期してたのかもな」

「……知的キャラっぽかったけど、そこまで鋭いとは思わなかったわ」

「悪意に晒された人間は悪意に対して敏感になる。これは前世の親父の言葉だ」


 そこでランドルフは遠くを見つめながら「俺たちは確信はなかったが、イレーネに協力することにした」と言うた。


「俺の実家――といえばいいのか知らんが――ランドスター家とエーミールの実家、キーデルレン家の私兵をイデアルとアストの国境に配置した。まあ俺もエーミール、イレーネも現場に居たんだが」

「ああ。なんとなく読めてきたで」

「多分その読みどおりだと思うぜ。待機して二日後に斥候が近隣の村でドランの兄さんとクラウスとデリアが騎士たちに捕まりそうになっているとの報告があがった。俺たちは強行軍で向かって、満身創痍な三人をなんとか助けたんだ」


 そこでランドルフは愉快そうに笑った。


「デリアとイレーネの再会は感動物だったぜ。互いに泣きじゃくって抱き合ってたからな」

「なんだかんだ言うて、あの二人は仲が良かったからな」

「それで一旦、プラトに戻ってイデアル王に報告したんだ。いや、そのとき既に王じゃなくなってたけどな」

「はあ!? あたしらが行っている間に政権返上したんかいな!?」


 びっくり仰天とはこのことやな。早すぎるやろ。


「イデアル王――いや、イデアル公の判断は早かった。ソクラ帝国に軍勢の要請をしたんだ。ソクラ帝国も動きが早かった。総勢十五万の軍勢でアストに侵攻した」

「ああ。イデアル王国が無くなったから、『ハキル戦約』も無くなったんか」

「そうだ。それとアストはほとんど抵抗しなかった。もう何百年と続く戦争にうんざりしてたし、イデアルじゃなくソクラなら降伏してもいいって考える奴も多かったし、何よりソクラの戦法が効果的だった」

「どんな戦法だったん?」

「支城や砦を大軍勢で囲んで、使者を出す。行くのは当世一流の説客さ。地位と資産は保障するから降伏せよと説得する。ハナから勝ち目のない戦いでそんなことを言われたら降伏しないやつはいねえ」


 いやらしいちゅうか人の心を突いた説得やな。


「それで、ランドルフも従軍したんか。他のみんなもか?」

「いや、デリアとクラウスはかなり疲労しててな。プラトの医療院に入院しているぜ。イレーネとエーミールは二人が心配だから残った」

「エーミールはともかく、イレーネちゃんはアスト攻めに参加したかったんやないか?」

「まあな。でもそこは上手いことデリアに言ってもらった」


 はたして、どないな説得をしたのか。めっちゃ興味あってんけど、不意に病室の扉からコンコンとノックの音がした。あたしはどうぞと返事をした。

 入ってきたのは知らんおっさんやった。五十代くらいの恰幅のええおっさん。髭を蓄えておって、若い頃は美男子だったんやろなと想像できる顔立ち。軍服を着とって、胸にはぎょうさんの勲章を付けていた。

 ランドルフが立ち上がって敬礼をすると「ああ、楽にして結構」と言うた。言い慣れとるなあ。


「君がユーリくんかね? 私はグスタフ・フォン・ソルハン。ソクラ帝国で陸軍大臣をしている」

「――っ! そないな大物さんがあたしに何の用ですか?」


 陸軍大臣言うたら最強の軍隊、『親衛騎士団』を擁する、ソクラ帝国のトップの一人やないか。はたしてそんな大物が十才の子供に何の用や?


「まどろっこしい話は嫌なんでね。単刀直入に言う。まずは報奨金を受け取ってほしい。十万イデアル金貨だ」


 そう言うて、金貨の詰まった皮袋を三つ渡された。十万イデアル金貨。五年間は遊んで暮らせる金額やった。


「はあ。ありがとうございます」

「反応が薄いな」

「別に、お金のためにやったわけやないですから」


 するとグスタフさんは「素晴らしいな。欲がない人間というのは」と笑った。


「それから、もう一つ用事があったんだ。君をスカウトに来たんだ」

「スカウトですか? ソクラ陸軍にですか?」

「違うな。親衛騎士団にだ」


 今日一番の驚きがあたしとランドルフを襲った。


「せ、世界でも最強と謳われる親衛騎士団に、ユーリさんが!?」

「びっくり仰天やな! 驚き過ぎて何も言えへん」

「まあ返事は後でいい。ゆっくり考えたまえ」


 そう言って、そそくさと出て行くグスタフさん。気になったので訊ねてみる。


「そないに急いで、どこ行くんですか?」

「うん? ああ、君は知らないんだね」


 グスタフさんはさらりと言うた。


「タイガ・カイザー・アストの処刑に立ち会わないといけないんだ。後一時間しかない。急がないとな」

「…………」


 扉がゆっくりと閉まった。あたしはどないしていいのか、分からんかった。


「……なあランドルフ。タイガは処刑されるんか?」

「……まあな。首謀者だしな。最後まで抵抗した人間でもある。そして責任を取るべき人間だ。ま、結局は血は流れなかったけどな」

「……? どういう意味やねん?」

「あいつはアスト城を包囲されて勝ち目がないと悟ると、騎士たちに投降したかったらしても良いと言って、自分は自害するつもりだったんだ。だけど潜入した親衛騎士団に身柄を拘束されて、結局はできなかったけどな」


 それを聞いて、あたしは今までの会話を思い出した。はっきり言うて、タイガはええ奴やない。仲良くなれるとは思えへん。親の七光りちゅうか傲慢なところもある。

 それでも――あたしは助けたいと思った。


「ランドルフ、あたし――」

「そうだろうな。あんたはそういう人間だぜ、ユーリさんよ」


 ランドルフは十万イデアル金貨を一つのカバンの中に入れて、手渡した。


「金でどうにかなるか分からねえが、一応持っていけよ。ちなみにアスト城前の広場で処刑は行なわれるぜ」

「止めへんのか?」

「止めたら止まるのか?」


 あたしはにやりと笑って答えた。


「止まるわけ、ないやん!」


 あたしは医療院を出て、アスト城を目指した。

 走って走って走った。

 人が次第に多くなっとる。

 多分、処刑を観にいく悪趣味な人たちやろ。

 そして広場に着いた。

 広場中の人間に見えるように高く築きあげられた処刑台の上にはタイガが居た。

 全てを諦めている顔。

 全てを受け入れる顔。

 あかんよあかん。そないな顔、似合わへんよ。


「その処刑、待った!」


 広場中に聞こえるような大声で、あたしは叫んだ。

 ざわめいてた声がぴたりと止む。

 人ごみをかきわけて前へ進む。

 スーパーの特売日で獲物をかっさらうように。

 前へ前へ前へ!


「な、なんだこの子は! 下がりなさい!」


 衛兵が止めてくる。ええい、邪魔や! 払い腰で倒して処刑台前まで到達する。


「こ、この、ガキ――」

「待て! この子は確か、あのユーリだ! 虎柄のローブだから分かるぞ!」


 衛兵の一人があたしやと分かって他の衛兵を制してくれた。

 やっぱり虎柄のローブは役に立つやん。

 あたしは周りの視線を感じながら、処刑台を上っていく。

 そして目の前にはタイガが居た。

 後ろ手に縛られて、身動きの取れん形になっとる。

 傍には首切り役人がおった。


「なんだ。俺を笑いに来たのか?」


 せせら笑うタイガにあたしは無言で頬をぱちんと殴った。

 呆然とするタイガ。多分殴られたことなんてないやろな。


「これで貸し借りなしやで」

「……はあ?」


 あたしは処刑台近くで座っとるグスタフさんに向けて言うた。


「どうか、タイガを許したってくれへんか!」


 ざわめく群衆。口々に何を言っているんだという声がする。


「そんなことはできぬ。こやつはクーデターを起こし、国を混乱せしめた張本人だぞ」


 グスタフさんが威厳たっぷりに言う。

 そんな彼にあたしは――


「そんなん分かっとるわ! でもな、そうさせたのは、タイガだけやないで!」


 あたしは群衆に、ソクラの偉い人に言い聞かせるように言う。


「タイガの恨みは元をただせばソクラとイデアルとアストの小競り合いが原因や。そんなくだらん喧嘩に巻き込まれただけの話や! タイガやって、したくてしたかったわけやない。恨みというどうしようもない、人間誰しも持っとる心の弱さから生まれたんや!」


 あたしはイレーネちゃんを思い出しとった。


「もちろん罪はある。でもな、死罪になるほどのことやない。誰一人死ななかったって言うやん。なのに、一人だけ押し付けて、殺して終わりなんて、そんなんあかんわ!」


 自分が何言うとるのか、分からんなってきた。けど、頬をつたう涙は真実そのものやった。


「頼む。どうか許したってくれ! お願いや!」


 するとグスタフさんは隣に居る誰かに耳打ちされた後、こう言うた。


「ならばこうしよう。お前が得たものを全て返してもらおう。十万イデアル金貨と親衛騎士団への推薦。これを取り消すならば、認めよう。彼の特赦を!」


 金と名誉を捨てろ言うんやな。そんなん答えは決まっとるわ。


「そうか! じゃあタイガを助けてくれるんやな!」


 あたしの一言は群衆とタイガを動揺させた。


「お前正気か? どうして俺なんかのために、そこまで――」


 あたしはタイガを見た。困惑した顔。それに笑顔で答える。


「人の命は金や名誉なんかより重いわ。どあほう」


 タイガの目からどっと涙があふれた。


「よろしい。それではタイガ・カイザー・アストの処刑は取りやめとする! 解散!」


 こうして、あたしは人を救うことができた。

 傲慢で七光りで現実の見えへん人望のない元王子。

 それでも救えて心から良かったと思える。

 そう確信しとるんや。

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