第41話あらやだ! 説得するわ!

 話を聞くと、彼女はこの国の王女らしい。名前はロゼ・カイザー・アストという。つまりアスト王の娘でタイガの妹ちゅうことやな。

 確かに嘘を吐いとる感じもないし、嘘を吐く理由もないから、信じるしかないけど、そんな彼女がどうして囚われの身であるあたしに助けを求めたのか、はっきり分からんかった。


「えっと、ロゼちゃんって呼べばええか?」

「……はい。お好きなようにお呼びください」

「それで、お父様とお兄様を助けてちゅうのはどないなことなの?」


 できるだけ優しく訊ねるとロゼちゃんは「お兄様――タイガお兄様は殺されてしまいます」と悲しげにとんでもないことを言うた。


「……誰に殺されるん?」

「お兄様の腹心たち。そして騎士たちです。彼らはお父様とお兄様の命と引き換えに保身に走ろうとするのです」


 うわあ。陰謀だらけやな。ていうかどんだけ忠誠心とか足らんねん。


「どうして、みんなが裏切ろうとしとるんか、分かるか?」

「それは――もう戦争が嫌いなんです。嫌になっているんです」


 ロゼちゃんは拙い言い方やけど、なんとか伝えようと懸命に説明しよる。


「続いているイデアルとの戦争。親兄弟を死なせる戦争。それがみんな嫌になっている。それなのに、お兄様はまた戦争を始めようとしている。だから、みんなお兄様を嫌いになっているんです」

「なるほどな。話は分かったで。それで、あたしにどうしてほしいの?」


 ロゼちゃんは「ここから出してあげます」と言うた。


「城の秘密の地下通路を通れば、ここから簡単に逃げられます。そして逃げて、イデアルまで行って、そして、えっと……なんとかしてください……」

「なんや。なんにも考えてなかったんか?」

「……ごめんなさい。でも逃げてくれたら、なんとかなるかなって」


 まったく、タイガと同じように後先考えへんのは血筋なんやろか。でもまあ呆れるというより愛らしい気持ちが勝ってしまう。ロゼちゃんはロゼちゃんなりに、頑張って考えてるんやな。


「でもなあ。逃げてもどうすることもできひん。イデアルがアストへ先制攻撃して征服しても、『ハキル戦約』があるからなあ」

「……? 『ハキル戦約』ってなんですか?」


 おっと。『ハキル戦約』を知らんのか。お嬢様っぽいなあ。


「せやな。簡単に言えば『ハキル戦約』を結んだ国同士は他の国の介入を許さないちゅうことやな。つまり、争ってる国だけで喧嘩しようってことや」

「どうして、そんな決まり事ができたんですか?」

「昔、龍族がまだ滅んでなかったとき、ハキルという人間の少年が隣の村の少年に殺されたことがきっかけなんや。それが村同士の争いから街同士、国同士になって、とうとう人間だけやのうて、龍族同士の戦いまで発展してしまったんや」

「ど、どうしてそうなったんですか!?」

「詳しく語ろうとしたら小一時間かかる。そんで龍族だけやなく、人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、巨人、小人、獣人、魚人、鳥人の全ての種族に遵守させる盟約ができたんや。それが『ハキル戦約』や。これを破った国は滅ぼされることになっとる。友好種族でも敵対種族でも一緒や」


 まあ全世界が敵に回ったらやばいことくらい、子供でも分かるやろ。

 ちなみにくだらない子供喧嘩や諍いを収めるときは『ハキルが泣くよ』というのが常套句やったりする。


「せやから、あたしは逃げることはできひん。いや、逃げても無駄やな」

「ではどうすれば、お父様とお兄様を救えるのですか?」

「うーん、難しいけど、タイガを説得するしかないやろ――」

「――ああん? 誰を説得するって?」


 噂をすれば影やな。

 しかし現れたタイガの傍には御付の者がおらんかった。


「おいおい、ロゼ。こんなところに来ちゃ駄目だろう?」

「……お兄様、いつからそこに?」

「うん? 最初からだよ」


 その言葉にロゼちゃんは顔を真っ青にする。


「安心しな。腹心共も騎士共も、みんな用済みになったら殺すからな」

「あんたとんでもない男やな」


 思わずツッコミを入れてしまうけど、タイガはどこ行く風で「王ってのはそういうもんさ」と嘯いた。


「しかし逃げない選択をしたのは賢かった。もしも選んでいたら、俺は妹ごとお前を斬り殺さなきゃいけなかった」

「自分の妹を殺すと、今言ったんか……!」

「そんな恐い顔をするなよ。まあ俺は目的のためならなんでもするぜ」


 残忍な目でこっちを見つめるタイガ。あたしはどう足掻いても説得は難しいと思うてしもうた。


「なあ。戦争なんてろくなもんやないで? 今からでも遅ないから、アスト王を解放して――」

「親父は解放しない。一生牢屋で暮らしてもらう」

「実の親にそんな仕打ちはないやろ!」


 その言葉にタイガは「実の子供を死なせるような男は親じゃねえだろ!」と初めて感情を露わにした。それがあたしが触れた、タイガの心でもあった。

 いつの間にかロゼちゃんはしくしくと泣いとる。悲しくてしゃーなかったやろな。


「タイガ。それはどないな意味やねん」

「……俺の兄と弟はイデアルとの戦いで死んだ。戦場に向かわせたのは親父だった」

「……詳しく聞かせろや」


 タイガはふうっと溜息を吐いてから、それから話し始めた。


「兄はイデアル軍一万の兵に対し、僅か二百の兵で砦に立て篭もった。それを救おうと俺や弟は出撃しようとしたが、親父に止められた。そして兄は死んだ。弟も同じように親父に殺されたんだ。許すわけにはいかないだろうが」

「気持ちは分からんでもない。でもな、恨みで恨みを返すようなことをしたらあかん」

「知ったような口を利くな! 小娘が!」


 タイガは鉄格子越しに怒鳴り散らした。


「お前みたいな、何の苦しみも悲しみも知らねえ平民の小娘が、王族の苦しみが分かるか! 救えたはずの命を見殺しにすること、学友たちが自分に媚びへつらうこと、そして力がありながら何の救いにもならないこと! その苦しみも分からないくせに、偉そうに言うな!」

「ならなんで戦争を始めようとするねん! あんたなら戦争せずに解決できるやろ!」

「俺に恨みを忘れろって言うのか!」

「ちゃうわ! 自分の恨みを赤の他人に渡すな言うとんねん!」


 あたしの言葉にほんの少しだけ怯んだタイガ。すかさず追撃する。


「あんたのやってることは親父さんと変わらへん! いや、もっと酷いで! そんなに恨むなら、一人でイデアルに攻めこんで、王様でもなんでも殺せばええやろ! でもな、あんたは強いくせにそないなこともできひん、臆病者や! 親の七光りや! 自分の恨みを他人に押し付けて、他人に晴らさせて、自分の手は綺麗なままになっとる。そんなくだらんことはするな言うとんねん!」


 タイガは何か言いたそうに口をわなわなさせとったけど、結局は何も言わずに、その場を立ち去ってしまった。

 ロゼちゃんは「待ってください、お兄様!」とタイガの後を追った。

 その後、タイガがあたしの牢屋に来ることはなかった。


 食事は三食与えられた。どうやら殺す気はないらしい。

 しかしこのままでええんやろか。魔法で牢屋は壊せんし、ロゼちゃんもあれから来ないし。

 さて。どうしたものか。

 しかし、考えていたことが徒労になるちゅうか、無駄になるちゅうか、そないなことが起こったんや。

 いや、良い意味でそうなったんやけど。


 投獄されて八日後。そろそろ水浴びだけやのうて、お風呂に入りたいなと思うてたとき。

 こっちに誰かが来る足音がした。

 もしかして、とうとう処刑されるんやろか。

 そんな悪い予感が頭を巡った。

 でも悪い予感は外れてくれた。


「――よう。待たせたな」


 銀色の立派な鎧姿。強面やけど性根は優しい人やと知っとる。背は十才にしては高い。騎士たちを数人連れとるそいつの名は――


「遅かったやん――ランドルフ」


 ランドルフはにやりと笑って「なんだ、俺が来ることは予想済みか?」と言うた。


「いや、ここに来るのは誰かなとたくさん予想しとった。本命ドラン、対抗で知らん騎士、穴がイデアル王で、大穴がイレーネちゃんやな」

「俺が入ってないじゃねえか」

「予想では三番目やったな。あたしの勘は鈍ったか。それで、どないなったん?」


 あたしが訊ねると「平和的に解決したぜ」とランドルフは言うた。


「保護したアスト王は政権をソクラ帝国に返上した。最後まで抵抗したタイガ王子は捕縛した。そんな感じだ」


 どないしてそうなったのか、知りたかったけど、とりあえずあたしはランドルフに言うた。


「三人は無事ちゅうことやな」

「クラウスたちか? そうだな。無事だ。そこらへんのことも詳しく話す。まずは――」


 ランドルフは金色に光る牢屋の鍵を見せた。


「そこから出ないか? 正直飽き飽きしてるだろう?」

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