第40話あらやだ! 閉じ込められたわ!
気がついたら、ベッドの上に寝かされていて、しかも調度品なんかが置かれた小さな部屋におった。
上体を起こして辺りを見渡す。窓に鉄格子、一ヶ所しかない扉は施錠されていて、しかも鉄の柵で丸見えやった。これは品の良い牢屋と評したほうがええな。
殴られた頬の痛みでさっき起きた出来事を思い出す。そして自分がどういう立場に置かれたのか理解できた。
とりあえず回復魔法で頬の傷と痛みを和らげる。
鉄格子の窓を見ると、すっかり夜が更けとる。あれから半日経ったんやろか。
そうしているうちにかつんかつんと足音がしてきた。三人から五人ぐらいやろか。
「よう。もう起きたのか。結構タフだな」
ニタニタ嘲笑いながら口を開いたのはタイガやった。御付の者を三人従わせておる。
「結構なもてなしやな。アストは特使をこんな風に扱えと教育されとんのか? それともこんな野蛮な風習が当たり前になっとんのか?」
「……大した奴だ。心からそう思うぜ。自分の立場を知りながら、そこまでの罵倒ができるんだからな」
これは皮肉でもなんでもない。純粋に感心しとる言い方やった。
「普通の十才かそこらの女の子ならパニックになるか、悲鳴を上げる。でもお前はそうしなかった。冷静でありつつ、敵意をもって、俺に相対している……お前、何者なんだ?」
「ただの女の子なんよ。見た目で分かるやろ。それより、あたしはどうなるの? 処刑? それとも一生牢屋暮らしかいな?」
「……なあ。お前、俺の部下にならないか?」
とんでもない申し出に目をぱちくりさせる。しかもタイガのほうが真剣そのものやったからなおのこと、びっくりしてもうた。
「何言うとるん? まさか本気やないやろ?」
「本気も本気。大マジだ。調べたがお前はランクSの魔法学校の生徒で、しかもホットポカリとかいう有効的な栄養補給飲料を作った天才らしいじゃねえか」
「……話を逸らして悪いんやけど、あたしはいつまで寝てた?」
「うん? ああ、一日半だな。なんか疲労が溜まってたみたいだな」
半日やと思うてたのが一日半。しかし一日半でそないな情報を仕入れられたんか? いや、あらかじめ仕入れた情報から導き出したというのが自然やな。タイムセールを広告で知るようなもんや。
「あっそ。でも悪いけど、あんたの部下にはならへんわ。厚意には感謝するで」
「あっさり振られちまったなあ。俺に言い寄られて落ちなかった女はいねえのによ」
「そら、王子やからやろ。ていうか、あたしはイデアル人やで? 部下になれるか」
そう言うたら、タイガは「これから征服する国の人間を使わないのは馬鹿だと思わないか?」と自論を述べてきた。
「俺はイデアル国を憎んでいる。その王族も貴族も憎んでいる。しかし平民は違う。あいつらは無理矢理戦争に参加させられて、殺したり殺されたりさせられて、死んでいく。こんな悲しいことはないだろうが」
「お優しいことで。そんであれか、王族と貴族を皆殺しにして、自分一人だけに従わせることにするんか」
「まあな。言葉を選ばなければそうなる」
はっきり言うてタイガのことがよう分からんかった。顔面を殴ったと思うたら、今度は勧誘してくる。そして稚拙な治世を堂々を語る。なんちゅうか、世間知らずの子供が大人になった感じがしたんや。
「それで、あんたの目的はなんや?」
「イデアルを征服することだ」
「あほう。滅ぼしたらソクラに滅ぼされるやろ」
そう言うたらタイガは大笑いしよった。
「征服にもいろいろあるじゃねえか。お前なら辿り着けるはずだぜ?」
征服にもいろいろある? なんやそれ?
必死こいて頭を働かせる。すると一つの考えが浮かんだ。
「まさか――滅ぼさずに征服するつもりなんか?」
あたしの推測にタイガはにやりと笑った。その笑みで確信に変わる。
「あんたの目的は、イデアルを自国の領土にするんやない、従属国にするつもりなんや!」
「ご名答。そのとおりだ」
それならソクラは攻めようとしても攻められん。なぜなら従属国ちゅうのは、国が滅んでいない状態やからや。つまり『ハキル戦約』が生きとる。つまり『その他の国や自国民以外の種族を戦いに関わらすことをしない』盟約が生きとることになる!
「なんちゅうことを考えるんや。そないなことになったら――」
「ああ。じっくりとソクラ帝国への戦争準備が整えられる。国土の四割しか満たない二国の力でも、十分に戦える」
あかん。流石にクーデター起こすだけはある。考えがまとまっとる。そうやないと人は動かんけど――
「後は副特使と護衛騎士を捕まえるだけだ。いや敢えて逃がすのも面白い。戦争の口実になるからな」
「どうしてそこまで戦争がしたいんや!」
「部下になったら教えてやるよ。丁寧に教えてやる義理もないしな」
そう言うてタイガは踵を返した。そして去っていく。
「待たんか! 質問に答えや!」
聞こえてくるのは高笑いだけ。
あたしは屈辱感に打ち震えておるだけやった。
夜が明けるまで、どないしたらええのか考えとった。そして三つの方法を思いついた。
一つは助けを待つ。これは消極的な方法や。かといって一番望ましい方法でもあるんや。
二つ目はタイガの提案に乗って味方となる。そして隙を見て逃げ出すんや。しかしこの方法はあまりやりたない。何故なら確実に監視がついて自由に動けへんやろ。また騙しているとはいえ、あんな奴の仲間になりたない。
三つ目は自力で脱出することや。まあそないなことができたらすぐにするんやけども。鉄格子に魔法を放っても、無効化させられた。流石に対策しているようやな。
考えているうちに、夢を見た。いや夢というより前世の出来事やった。
あたしには物心つく前から両親はおらんかった。
当然、両親との思い出は一切ない。
いわゆる施設育ちの人間やった。
だからやろうか。世話好きなところもあったり、おせっかいなところもあるのは。
そして誰も死んで欲しくないと思うのは。
施設育ちの人間にしか分からへんけど、『親』と呼べる人間がおらんのは、とっても悲しいし、淋しいし、辛いことなんやで。
だから夢ん中のあたしはずっと隅っこのほうで泣いてた。
悲しゅうてしゃーなかったけど、頼れる人は居なかったから、泣くしかなかってん。
小学校も中学校も高校も大学も、ずっと施設上がりの子やと後ろ指を指されとった。友人の中には、そないなことを言うやつはおらへんかったけど、それでもどこか淋しかったんや。
でも貴文さんに出会って。
兵庫の貴文さんの両親が親になってくれると言うてくれて。
義信が産まれて。
一美が産まれて。
健太が産まれて。
そして家族ができたんや。
こんな淋しかったあたしが、めっちゃ淋しくなくなったんや。
前世のみんなには感謝しとるで。
そして異世界に転生したとき。
めっちゃ嬉しかったのは、おとんとおかん、そしてエルザが居てくれたことや。
小さい頃の憧れやった、何も気にしないで居られる家族ができたこと。
それだけは神様に感謝しても良かったんや。
そして友人もできた。
可愛いのに健啖家のイレーネちゃん。
傲慢やけどどこか抜けとるデリア。
頼れる元やーさんのランドルフ。
変人やけど賢いクラウス。
弱気やけど何かやれそうなエーミール。
みんな大切な友人や。
せやから、あたしは守る。
今の世界の家族を守る。
今の世界の友人を守る。
それが前世の家族に顔向けできることやから。
そう思えたとき。
視界が白く開かれて――
あたしは目覚めたんや。
「ふわあ。……? なんや?」
ベッドから起きると、扉の向こうには女の子がおった。
よく見ると、王城に来る前に会った可愛らしい女の子やった。
「うん? どないしたん?」
声をかけたんは、どこか悲しそうで淋しそうで辛い顔をしとったから。
まるで施設に居た頃のあたしみたいで――
「……助けて、ください」
女の子は大きな瞳に涙を一杯にして、そして言うた。
「お父様とお兄様を、助けてください!」
小さな女の子の訴え。
それがアストの未来を大きく左右するなんて、あたしには想像もつかへんかった。
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