第39話あらやだ! クーデターだわ!

「そもそも、平和条約を結ぶことすらおかしいんだよ。何対等だと思ってんだコノヤロー」


 皮肉混じりの笑みを見せながら、あたしらに近づいてくるタイガ。よくよく見ると大剣を背負っとる。そしてそれが飾りではないことぐらい、タイガの鎧の上でも分かる鍛えられた身体を見れば素人でも判断がつく。


「降伏なら受け入れてやっても良かったがな、イデアルのクソ共。何をトチ狂ったのか知らねえけど、政権を返上するだあ? そんなことしたら戦争できねえじゃねえか」

「あんた矛盾しとるな。降伏したら戦争もクソもあらへんやないか」


 思わず立ち上がってツッコミを入れると「はっ。降伏にもいろいろあんだよ」と得意そうな笑みを崩さずに言うた。


「そもそも、ここまで戦争が長引いたのはソクラ帝国のせいだ。あいつらの存在でアストはイデアルを滅ぼせなかった。何故なら、滅ぼしてしまえば、ソクラは大義名分を得るし、『ハキル戦約』も無効になるからだ」


 タイガの言葉は正しかった。だからこそイデアルとアストは泥沼の戦いをしてきたんや。


「ならよ。話は簡単だ。滅ぼさずに征服すればいいってことだ」

「……どういうことだ! タイガ!」


 アスト王が問い質すと「うるせえよ親父」とタイガは鬱陶しそうに言うた。


「あんただって分かるだろうが。長年王様やってたんだから。でもな、今日でお終いだよ――おい! やれ!」


 五十人近くおる騎士が駆け足でアスト王と家臣たちに近寄り、そして剣を向けた。そしてそれはあたしらも例外やなかった。


「おとなしくしてもらおうか。ま、戦争が終わるまでの辛抱だ。一年もあれば解放してやるよ!」

「そないなこと、させてたまるか!」


 あたしは剣を無視して立ち上がった。何故か知らんけど、ほんまに腹が立ったんや。


「ふん。イデアルの特使の分際で偉そうにするな。このまま殺されても良いのか?」

「そんなん怖がってたら特使なんてやってやれへんわ! ていうか、あんたは誰やねん!」


 啖呵を切るとタイガは一瞬、面食らった後、豪快に大笑いした。


「ふははは! 面白い女だな! 気に入った! もう少し歳を取ってたら、妾にしてやっても良かったぜ!」

「下品なこと言うな。あんたの妾さんになるくらいなら死んだほうがマシや」

「ふん。本当に恐れ知らずなお嬢ちゃんだぜ。そうそう、俺のことだったな。アストじゃ俺のことを知らない奴は居ねえから、新鮮な問いだったぜ」


 そうしてタイガは野獣的な笑みを見せながら、あたしに自己紹介した。


「俺の名はタイガ・カイザー・アスト。この国の王子であり、大将の地位に就いている男だ。以後よろしくな」


 アストの王子やと? ちゅうことは――


「なんや、身内のごたごたかいな」


 思わず本音を出してしまうとタイガは眉をぴくりを動かした。


「この女、無粋というか庶民的な考えをしやがるな」

「まあ庶民やからな。それに女という名前やない。あたしはユーリというんや」

「はん。それで? 庶民なんぞがどうして特使に選ばれたんだ? イデアル王の考えは読めねえな。まあ、殺されてもいい人材を選んだわけだろうがな」


 まさかあたしが政権返上を思い立ったとは夢にも思わんやろうな。


「さてと。一応特使たちも殺さないでおくか。外交問題になっちまうからなあ。でも抵抗するなら痛い目に遭ってもらうぜ」


 その言葉にピンと閃いたんは、クラウスやった。自然と立ち上がって、あたしを守るようにタイガとの間に来る。


「お前、何してんだ?」

「何って、抵抗するんですよ」


 そう言うてクラウスは手をかざし、魔法を行使した。


「ファイア・マグナム!」


 ショット系よりも威力の高い魔法を遠慮も躊躇もなく、タイガに放った。油断していたタイガはまともに食らい、後方へと吹っ飛んだ。


「く、クラウス!? あんた何を――」

「いいですか? 僕たちは特使の一団です! 殺してしまえば、タイガさんの言うとおり、外交問題になります! この場合、ソクラの介入もありえるということです!」


 これはあたしたちに言うてるんやない、周りの騎士たちに言うとる。現に動揺して指示を仰ごうとしとる。

 チャンスや。向こうはこっちを殺せない。だから手加減するしかないんや!


「デリア! ドラン! なんとかこの場を脱出するで!」


 唖然としていたデリアもその言葉を聞いて「ああもう! あなたと居るといつも面倒事になるわね!」と言いながら魔法を放つ。


「ウィンド・マシンガン!」


 無数の風の弾が騎士たちにぶつかり、吹き飛ばしていく。おお、流石デリアや。中級魔法を使いこなしとる。


「こいつら……! ええい、生け捕りにせよ!」


 副官らしき者の命令で騎士たちは大怪我覚悟で特攻してきよった。剣を使わず、素手でやる気なんやな。まあ、剣を使わんでも、普通やったら大勢で取り押さえられるやろ。

 そう普通の相手なら。


「むうん! 豪衝撃、拡散!」


 素手での戦いのスペシャリスト、ドランの相手は誰にもできひんやろ。数人を一遍に倒しよるその姿はまさに夢物語の勇者そのものやった。


「アクア・ショット・ホーミング!」


 確実に当たるホーミング系の魔法を放ちながら、あたしはなんとかアスト王を救えるかどうか、見とったけど、無理やと悟った。家臣たちは動けへんし、アスト王の周りは大勢騎士がおる。難しいやろ。


「みんな! 出口まで走るんや!」


 決して無理なことやなかった。アスト王と家臣を見張る人間はその場におらんとあかんし、魔法やドランの活躍で人数が減っとる。

 あたしらはわき目もふらずに走った。これならいけるやろ。目の前に出口が見えた、そのときやった。


「おいおい。逃げるなよ。もっと歓迎させてくれや」


 油断した。クラウスの魔法でリタイアしたと思うたタイガが、まるでノーダメージやったのが計算外や。タイガはあたしの前に回りこんだ。


「なあっ!?」

「女だからって容赦はしねえよ」


 顔面に思いっきり、拳を叩き込まれた。後方に吹きとんで、その場に倒れてしまう。


「――ユーリ! ユーリ! ちょっと、立ちなさいよ!」


 絶叫するデリアの声。あたしはクラクラして反応できひんかった。視界が真っ赤に染まって、何も考えられへん。

 考えられへんかったけど、気絶はせえへんかった。男に殴られるのは初めてやった。その怒りと悔しさが、気絶することを許さんかった。

 気がつくと、デリアとクラウスに肩を担がれていた。


「状況はどないなっとんねん……」

「ユーリさん、平気ですか? 今やばいですね。出口は騎士たちで固められています。ドランさんはタイガと交戦中です」

「……どっちが有利なん?」

「タイガのほうですね。あの人は強いです。それにドランさんはこっちに気を配ってきて戦いに集中できてません」


 本格的にやばなってきたわ。

 さて、どうする? 出口以外の逃げ道は確かにある。そこら中に窓があるからな。それに壁を壊すぐらい、ドランなら余裕やろ。

 この場合の最適解、冴えたやり方は――


「はあ。こうするしかないか」

「……ユーリ? あなた何を考えているの?」


 不安そうなデリア。ごめんな。また心配かけることになるで。


「ドラン! ちょっとこっち来いや!」


 大声で呼びかけるとドランはすぐさま戦闘から離脱して、あたしらのところへ来た。


「なんだ? 今、楽しいところだったんだが」

「あはは。ごめんな。ドラン、ふたりを頼むわ」

「ちょっと! ユーリ、何考えているのよ!」

「――っ! 流石に反対です! あなたは一体――」


 あたしは二人から離れて、ドランに言うた。


「ドラン! 二人を連れて窓から逃げるんや! 急いでこのことをイデアル王に伝えるんや!」


 どうして特使のおるときにクーデターを起こしたのか。考えてみれば簡単なことや。このクーデターを敵国であるイデアル、また仮想敵国であるソクラに知られたくないからや。

 だからこそ、特使は抑える必要があったんや。


「しかし、君を置いて――」

「ええから早く! お願いや! あたしを無駄死にさせんといてえな!」


 その言葉にドランも覚悟を決めたようやった。暴れるデリアとクラウスを抑えて、騎士たちが止める間もなく、物凄いスピードで窓を突き破り逃走をした。


「何している! 追え!」


 タイガの指示で三人を追う騎士たち。願わくば無事に逃げて欲しい。


「なるほどな。どうしてお前だけが残ったのか、理解できたぜ」


 タイガは怒りの眼差しを向けつつ、あたしに向かって言うた。


「一先ず、人質を確保すればそれでいいからな。追っ手をそこまで割く必要はない。それにクーデターを起こしたからには人手が要る。当然、追跡は緩やかになる。でもな、あいつら三人がイデアルまで辿り着けるとは思えないけどな」


 ニタニタ笑うタイガに「何勘違いしとるん?」とはったりをかました。


「あたしはあんたを一発殴って説教垂れな気が済まんのや。だからここに残ったんや」

「ほう。ならやってみろよ」


 あたしはふらふらする身体とがくがくする脚を抑えつけながらタイガに歩みよろうとして――倒れてしまう。

 くそ、なんちゅう馬鹿力で殴ったんや。


「おい。特使様を牢屋に入れて差し上げろ。なるべく丁重にな」


 そんな言葉が遠くに聞こえる。

 ああ、もう。

 どうしてこうなったんやろ。

 後悔だけが頭に残り。

 そして意識がなくなった。

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