第36話あらやだ! 論戦するわ!

「私のおじいさま、ゴットハルト・フォン・ヴォルモーデンはイデアル王国の宰相よ」

「マジか。凄いやないの。王国のナンバーツーやん」


 プラトへの道中の馬車の中で、デリアのおじいさんが宰相やと知って、少しだけ驚いた。


「……なんか反応薄いわね」

「いや十分驚いとるよ」

「本当かしら? あなたは結構、身分を軽視してるから――」

「それではデリアさんは宰相閣下のお孫さんだったんですね。凄いですね」


 クラウスが口を挟んで褒めると機嫌が直ったのか「そうよ! おじいさまは凄いんだから!」と自慢げに言うた。


「第三王子の教育係兼財務大臣だったんだけど、その王子が新しくイデアル王に即位してから一気に宰相に昇格したのよ」


 教育係が宰相か。かなりの出世やな。

 そのために第三王子に近づいたんかと邪推してしまうなあ。

 そういえば、第一王子はアストとの戦いで、第二王子は病死したらしいな。


「それで、デリアのおじいさんをどうやって説得するん?」

「素直にイデアル王に会いたいって言えば大丈夫よ」


 デリアは自信たっぷりやったけど、あたしはあまり確信が持てへんかった。

 一人のおじいさんではなく、巨大な政治家を相手にするおそろしさをデリアは分かっとるんか?

 横目でクラウスを見る。のほほんとしていて、何考えているのか、分からへんかった。




「まあかけたまえ。デリアはともかく、庶民の君たちには初めて経験だろう。貴族の屋敷に来たのは」


 嫌味、というよりは無自覚な見下しなんやろうな。悪気は一切ないらしく、ゴットハルトさんはあたしたちに椅子を勧めた。

 でっかい円卓のテーブル。ゴットハルトさんの正面にデリア、その右隣にあたし、左隣にクラウスが座った。天井は大きなシャンデリア。奢侈な調度品。成金とはちゃう、品のある配置やった。これが貴族なんやなあ。


「紅茶でも飲むか? セントラル産の紅茶だ。我が国の紅茶も悪くはないが、やはりセントラルには勝てぬ」

「はい。いただきますわ。おじいさま」


 初めて見た本物のメイドさん四人がティーポットとティーカップを持ってきた。まずゴットハルトさん、その次にあたしたちやった。

 ゴットハルトさんが飲んだ後、ゆっくりと啜る。うん。美味しい。


「それで、君たちの用件はなんだい?」

「イデアル王にどうしても会いたいのです。おじいさまの力で会わせてもらえないですか?」

「ほう。それはどうしてだ?」

「アストとの戦争を――止めたいんです」


 デリアのお願いにゴットハルトさんは満足そうに頷くと「可愛いデリアの願いはなるべく叶えてやりたいが、それは無理だな」と断ってまう。

 デリアは顔を真っ青にして「ど、どうしてですか!?」と思わず立ち上がる。


「悪いが戦争をやめさせるわけにはいかんのだ。戦争は金になる。つまりヴォルモーデン家の利益にもなるからな」


 ゴットハルトさんのはっきりした物言いに思わず「結構正直ですね」と言うてもうた。すると老練な政治家はこう言うた。


「子供に嘘を吐いても仕方がないだろう。嘘というものは大人同士で使うものだ」

「それって一人前って認めてもらってないってことですか?」


 クラウスの一言にゴットハルトさんは「当たり前だ」と頷いた。


「半人前以下の君たちに対等に接するつもりはないよ」

「半人前以下? 案外見くびられたもんやな」


 内心、焦っておった。このおじいさんの余裕を打破しなければ、本音で語ってくれへんやろ。確かに戦争は貴族からしてみれば儲かる。でもそれとともにリスクがあるはずや。たとえば資産である領民を戦争に駆り出さんといかん。そして死んだ人間は生き返らん。

 何か裏がありそうやな。


「でも大きな視点で考えるとデメリットは大きいですよ。戦争は」


 いろいろ考えているうちにクラウスが仕掛けてきた。


「ほう。デメリットとは?」

「半人前以下の僕でも分かることを、わざわざ説明しなければいけませんか?」

「半人前以下の君が誤解していることもあるだろう。説明したまえ」


 クラウスは「まず前提として、この戦争は勝ってもいけないし、負けてもいけません」と前に話したことを挙げていった。


「もしも勝ってアストを征服したらソクラの介入を受けます。負けてしまってもいわずもがなです。そんな状況の中、士気を高めつつ、厭戦の空気を平民に出さない方法なんて、一つしかありません」

「なんだそれは?」

「与えることです。現に前の戦争だって報奨金や孤児年金で国庫をだいぶ使ったでしょう」


 その指摘にゴットハルトさんは眉をぴくりと動かした。


「財務大臣を歴任されたゴットハルトさんならご理解いただけるでしょう。一部の貴族は儲かるにしても、国自体は赤字になってしまう。なのにどうして、戦争を始めるんですか?」

「…………」


 沈黙いや黙秘しよった。ここはクラウスに援護せなあかんな。


「クラウス。当たり前やろ? 戦争は儲かる言うてんねや。きっとヴォルモーデン家だけが儲かるようになっとんのやろ」

「ああ、なるほど。確かに気づきませんでしたね。問題は、そのやり方が王国に利益をもたらすか、もしくは不利益になるかですね」


 このやりとりに真っ向から反対したのは、ゴットハルトさんやのうて――


「何言っているのよ! おじいさまがそんなことするわけないじゃない!」


 デリアやった。彼女は大声をあげて喚いた。


「王国宰相になったほどのお人なのよ! そんな卑怯なこと、するわけがないわ!」

「いいや。デリア。彼らの言うとおりだよ」

「……えっ? おじいさま?」


 デリアを半ば無視するように、ゴットハルトさんは「君たちは賢いね。改めて名前を聞かせてくれないか」と今更ながら訊ねてきた。

 いや、これは半人前以下から一人前になったことを表すんやな。


「ユーリです」

「クラウスです」

「ユーリくん、クラウスくん。ワシにとって重要なのは今の収益なんだ。老い先短い身でいかに資産を子供や孫に与えるかが、最後の仕事になりつつあるんだ」


 前世で言うところの資産整理、ちゅうやつやろうか。


「そのために確実に儲かる戦争を行なわなければならない。だから平和を願う君たちをイデアル王に会わせるわけにはいかない」

「――そのせいでたくさんの人間が死んでもええんか!」


 勝手な物言いに我慢できひん。あたしは円卓を強く叩いた。


「たくさんの悲劇と死者を産みだす戦争なんて、害悪そのものや! それにあんたらがやったことはいずれ明るみに出る! そうなったらヴォルモーデン家はおしまいやで!」

「ふん。誰が暴くというんだね」

「誰かやない。事実として起こりえるのなら、いつの日かバレるに決まっとる。何故なら、この場で少なくとも四人は知っとるんや。これだけ知られとるのに、バレへんわけないやろ!」


 この啖呵にゴットハルトさんは「恫喝しようが説得しようが変わりない」とすっかり冷めてしもうた紅茶を飲んだ。


「それに、平和など作れるわけがない。条約でも結ぶか? そのようなものはすぐに破られた。歴史を習えば、誰にだって分かる」

「歴史を乗り越えへんのなら平和への道は辿り着かん」

「綺麗事だな。美しくすらある。しかし汚い謀り事を知らぬ君には、何も成せんよ」


 まるで柳のように手ごたえがあらへん。不味いな。これではどうしようも――


「デリアさん。あの人にこう言ってみなさい」


 こっそりと耳打ちするクラウス。するとデリアは「そ、そんなことできるわけないでしょ!」と顔を真っ赤にして怒りよった。


「いいから。これで駄目なら、平和は実現しませんよ。イレーネさんのために言ってください」

「――っ! 分かったわよ。言えばいいんでしょ!」


 デリアは深呼吸して、それから覚悟を決めたようにゴットハルトさんを睨んだ。

 怪訝に思うゴットハルトさん。そして――


「おじいさまなんて、だいっ嫌い! 二度と近づかないで!」


 一瞬、時が止まった。あたしはもちろん、ゴットハルトさんは反応できひんかった。

 氷付けになってしもうたように、ゴットハルトさんは動けず、考えられず。

 そして氷解したときには――


「で、デリア! なんて酷いことを! ああ、私が悪かった! だからそのようなことは言わないでくれ!」


 なんとイデアル王国宰相、ゴットハルト・フォン・ヴォルモーデンは年甲斐もなく、孫に言われた一言で、狼狽してしまったんや。


「それでは、イデアル王に会わせてくれますか?」


 クラウスが悪魔のような取引を持ち出した。


「もし会わせてくれるなら、デリアさんは二度と言いませんよ?」

「うぐぐ。しかし――」

「おじいさま、嫌い」

「がっは! やめろ、やめてくれ! 分かった! 会わせるから! 頼む!」


 懇願する老人を見て、今までの論戦はなんだったんと思うと、どっと疲れてきた。

 そういうわけで、イデアル王に面会することが決まった。三日後の昼過ぎや。

 その間はエルザと一緒に居てあげたり、おかんの身体を診たり、おとんに弁当を作ったりしてあげた。


 そして、当日。

 ゴットハルトさんに連れられて、あたしたちは王城へと向かう。

 見事に王様を説得できたらええんやけど。

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