第35話あらやだ! 実家に帰るわ!

 四人乗りの高級馬車での移動中に土の月から闇の月へと月を跨いでしもうた。もうすっかり冬になってもうたな。馬車窓から外を見ると木枯らしに落ち葉が吹かれておる。

 寒いのかデリアは手を擦りながら、これからの予定をあたしとクラウスに言うた。


「まず、私の実家に行く……と言いたいけど、おじいさまがちょうど所用で出かけてね。夕方まで帰宅しないそうなのよ」

「馬車がプラトに着くのは昼ごろですから、時間が余りますね」


 その言葉に「なあ。あたしの実家に行かへんか?」と提案してみる。すると二人の顔はきょとんとしとった。


「あのね。里帰りじゃないのよ? そんな気楽な感じで行かれたら困るわよ」

「気楽やないよ。失敗したらもう二度と家族に会えへんと思うし、その前に会いたいのは人情やん」


 そうや。アスト王の説得だけやない。イデアル王への説得が失敗すれば、戦争一直線や。そないなことになったら目も当てられん。


「クラウスはどうなんや? 家族に会いたいか?」

「いえ、大丈夫です。手紙を書きましたから」

「はあん。準備ええなあ」

「……そうね。庶民の家がどんなものか見てみたいしね。いいわよ、あなたの実家に行きましょう」


 相変わらず、素直やない言い方やった。でもそれがなんだか微笑ましかった。

 プラトに着く。なんや空気がテレスと違うな。テレスはジメッとしとったけど、プラトはカラッとしとる。やっぱり故郷の空気の方が好きや。


「あなたの家はどこなのよ? 王城の近く?」

「いや、職人街やで。貴族のお嬢ちゃんには狭いと思うけど、我慢してな」


 勝手したるプラト。のん気に歩いとると、悪ガキ共がヒソヒソと噂しとる。


「あれ、『赤毛のユーリ』じゃないか?」

「なんでここにいるんだ? 退学したのか? 魔法学校を」

「そんな人間じゃないだろう。多分里帰りだ……」


 まあまさか特使になろうて思とるとは思えへんやろうな。


「へえ。ユーリさんは有名人なんですね」

「えへへ。照れるやん」

「あまり良いほうの噂じゃないのに、どうして自慢げなのよ?」


 そんなこんなであたしたちは実家の目の前に居るんや。

 しかし久しぶりやと、なんや緊張してきたなあ。


「確かに狭いわね」

「そうですか? 確かユーリさんは四人家族ですよね? 十分じゃないですか?」

「四人? お手伝いは居ないの?」

「いや、住み込みのお手伝いさんはおらんわ。さあ入るで」


 一応、実家とはいえノックはしないとあかんな。

 コンコンコン、と三回ノックした。

 すると中から聞き覚えのある、可愛い声が聞こえてきた。


「はい。どちら様――」


 出てきたんは、艶やかな黒髪。あたしとは似ても似つかない、美少女。

 あたしの妹、エルザやった。

 あたしの顔を見ると、呆然として声も出せへんかった。


「お、おねえちゃん……?」

「おお、エルザか。元気か? うん? なんや背が伸びたなあ」


 頭を撫でる。すると大きな瞳から大粒の涙が零れてしもた。


「え、エルザ? 何泣いて――」

「お姉ちゃんだ! 私のお姉ちゃんが、帰ってきたんだ!」


 扉を思いっきり開けて、あたしに抱きつくエルザ。勢いに負けて、尻餅をついてもうた。

 結構痛かった。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん――」

「あはは。エルザは相変わらずやな。元気そうでなによりやで」


 頭をよしよしと撫でてあげた。なんちゅうか、世界でいっちゃん可愛いんちゃうか?


「えーと、姉妹の感動の再会は美しいですけど、そろそろ紹介してくれませんかね?」


 クラウスの罰の悪そうな声にエルザはこれまた勢いよく、あたしから離れた。


「す、すみません! 私はエルザです! えっと、お姉ちゃんの友達かな?」

「そうよ。デリア・フォン・ヴォルモーデンよ」

「僕はクラウスです。よろしくお願いします」


 高圧的なデリアと低姿勢なクラウスの自己紹介にエルザは「デリアさんとクラウスさんですね」とにこやかに応じた。


「えっと、狭いですけど、どうぞ中へ。今は父と母も一緒に居ますから」

「なんや、おとんとおかんもおるんか」

「うん。なんだか知らないけど、恐い顔してた。お父さん」


 とりあえずデリアとクラウスを中に招き入れた。デリアは何か言いたげやったけど、何も言わへんかった。

 リビングに行くとおとんとおかんがおった。おとんは椅子に、おかんはベッドで寝とった。両方ともこっち見てないなあ。気づいてないようやった。


「久しぶりやな。おとん、おかん。ユーリやで!」


 元気よく声かけるとおとんとおかんはびっくりしてこっちを振り向いた。そしてすぐ笑顔になった。


「おお、ユーリ! どうしたんだ? いやなんでもいい、元気そうだな!」

「良かったわ……元気そうで何よりよ」


 おとんはあたしに抱きついてくる。あたしも抱きしめ返した。


「それで、その二人は誰だ? 学友か?」


 おとんの目線にはデリアとクラウスがおる。二人は先ほどと同じように挨拶をした。


「まさか、ヴォルモーデン家とあのハンバーグの料理人が、ユーリと友人だとはなあ」


 椅子に全員座ると、開口一番におとんはそう言うた。


「ヨーゼフさん。こっちでもハンバーグは有名なんですか?」

「大流行している。お得意様の間でも噂になっているな」

「それは嬉しいですね」

「なあ、クラウス。お昼ごはんにハンバーグ作ってくれへん?」


 あたしの提案にクラウスは「いいですよ。それじゃあ食料買ってきますね」と出て行こうとする。


「ちょい待ち。あたしも一緒に行くで。あんた土地勘ないやろ」

「あ、それもそうですね。じゃあ一緒に行きましょうか」

「私はここで待っているわ。ちょっと疲れたし」


 デリアは馬車酔いこそなかったけど、あまり好きやないみたいやった。


「じゃあ、私も――」

「エルザはデリアの相手してくれへん?」

「子守りは要らないわよ!」

「あはは。ナイスツッコミやな。でも疲れとるデリアの面倒診てほしい。頼んだで、エルザ」


 エルザはなんや納得のいかへん顔しとったけど、結局は「うん。分かった……」と頷いてくれた。

 そういうわけでクラウスと一緒に肉屋に行くことになったんやけど、クラウスと二人きりって何気に初めてやな。何話そうとぼんやり考えてたところにクラウスが話しかけてきた。


「エルザさん、でしたっけ」

「うん? ああ、妹やな」

「可愛いですね」

「……手え出したら怒るで?」

「あはは。ロリコンではないですから。でもなんだか甘やかしている感じがしないでもないですね」

「まあ、二人っきりの姉妹やからな」

「羨ましいですね。仲が良いことは」


 そのときのクラウスの顔は、なんだか哀愁に満ちていて、淋しそうやった。

 あたしは何も言えへんかった。あまりにも切なかったから。


 肉屋で牛肉と豚肉を値切って買って、家に帰るとデリアとエルザがおかんに怒られとった。おとんはおろおろしとる。何が起こったんや?


「いいですか? 二人とも仲良くしないといけませんよ?」

「……ごめんなさい、お母さん」

「……悪かったわよ」

「謝る相手が違うでしょ? ほら、二人とも、ね」


 何が起こったのか、おとんに聞いてみた。


「えーとだな。デリアさんのお兄さん、レオさんとユーリ、どっちが素晴らしいか語っている間に、喧嘩になったんだ」

「……なんやねんそれは」

「ブラコンとシスコンの遺恨、ここに極まれり、ですね」

「韻踏んどるけど、あんまり上手くないで」


 まったく。二人の仲をなんとかせえへんといかんな。


「エルザ。あんたは優しい子やと思ったんやけどな」

「お、お姉ちゃん! ごめんなさい!」

「まあええわ。デリア、あんたもお兄ちゃん好きは大概にしたほうがええよ?」

「うるさいわね! お兄様の素晴らしさを教えてあげたいだけなんだから!」


 それは余計なお世話ちゅうんやけどな。

 それからハンバーグをクラウスに作ってもうて、みんなで食卓を囲んだんや。


「うめえ! こんな料理、食ったことねえよ!」

「本当ねえ。まるで魔法だわ」

「これ、本当にレシピ貰っていいんですか?」

「うん。みんなには内緒ですよ。エルザさん」


 ほっこりした団欒の後、あたしたちはヴォルモーデン家に向かうことにした。


「そういえば、どうしてユーリは戻ってきたのよ?」

「ああ、ちょっと世界を平和にするためや」


 そう答えると質問したおかんはもちろん、おとんもエルザも訳の分からん顔をしとった。


「帰ってきたら説明するから。それじゃあ行ってくるで」





 ヴォルモーデン家の屋敷は王城の北にある。

 貴族は基本的に屋敷を二つ以上所有しとる。一つは自分の領地に。そしてもう一つは王城の近くや。自分の領地にある屋敷で家族を育て養い、王城近くの屋敷は政務に使う。まあ単身赴任と考えれば分かりやすいなあ。


「いい? おじいさまの機嫌を損ねないように。ただでさえ貴族至上主義なんだから」

「分かってますよ。気をつけます」

「うん。おとなしゅうしとくで」


 デリアのおじいさんに会うのは、王城に向かうツテを得るためや。なんや、アスト王に会うためにイデアル王に会うて、そのイデアル王に会うために、デリアのおじいさんに会うことになるなんて、ややこしいなあ。


「ここがヴォルモーデンの屋敷よ」


 案内されたのは実家の数倍ある広さと大きさの屋敷やった。大きな鉄の門。そこをくぐり抜けると使用人たちが「おかえりなさいませ、デリア様」と深くお辞儀をしとる。


「ほんまにお嬢様なんやな」

「どういう意味よ?」


 小声でぼそぼそと言うてると、玄関の扉が開いた。

 そこに現れたのは――


「遅かったな。我が孫よ」


 コート姿に頭にはシルクハット。両手には杖を持っておる。でも杖で身体を支えているわけやない。ただのファッションみたいや。

 六十代半ばくらいの老人がにこやかにしとる。この人が――


「お久しぶりです、おじいさま」


 デリアのおじいさんにして。


「ワシを待たせるとは不敬だぞ?」


 イデアル王国の宰相、ゴットハルト・フォン・ヴォルモーデンや。

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