第34話あらやだ! 戦争を回避するわ!

「そんなことできるわけがないじゃない! 馬鹿じゃないのあなたは!」


 猛烈に反対したのはデリアやった。怒った顔で頭ごなしに否定する。あたしは「できひんことはないで!」と反論した。


「アストの人間だって、話せば分かる者もおるやろ」

「何百年殺しあったと思うのよ! 今更対等な平和条約なんて結べないわ!」

「俺も反対だぜ」


 ランドルフもはっきりと言いよった。恐い顔で腕組みしとる。


「何らかのケジメもなしに、戦争は防げねえ。みんなハッピーエンドの夢物語なんて叶わねえよ」

「何を諦めとんねん! やる前にそないなことを言うたらあかんやろ!」


 声を張り上げるも誰一人として賛同してくれへん。クラウスは笑顔のまま、何も言わへん。エーミールはついていけへんという顔しとる。イレーネちゃんは泣いたままやった。

 そしてクヌート先生は――


「あのな、ユーリ。お前一人の力で何とかできるものじゃない。人間にはやれることとできないことがあるんだ」

「――じゃああたしらは死んでまうで」


 その言葉にクヌート先生は言葉を飲み込んだ。すかさずあたしは言うた。


「このままやったら戦場で死んでまう。生き残るためには力をつける。それは正しいけど、本当に間に合うんか?」

「…………」

「黙ってないで答えや! 誤魔化すんやない! 子供相手に素直になれや!」

「――うるせえ! 俺だって本当は嫌なんだよ!」


 クヌート先生は怒鳴りながらあたしに近づいて、胸ぐらを掴んだ。


「俺だって、戦争なんて嫌なんだよ! 同じ人間同士が殺し合うなんて、どうかしている! でもな、仕方がねえ。仕方がないんだよ! 誰だって平和がいいはずだ。誰だって生徒を戦地に送りたくねえ! そんなことは当然だろうが!」

「――っ! だったら、なんとかするのが教師やろうが!」

「綺麗事言うんじゃねえ! できたらとっくに――」

「クヌート先生。ユーリさんが苦しそうだぜ」

 ランドルフの冷静な声にクヌート先生はハッとして手を放した。ようやく普通に呼吸ができた。

「頭冷やせ。二人とも。冷静に話し合わなきゃ、駄目だろうが」

「……時々、お前の口の利き方にかちんと来るんだよ。本当に子供かランドルフよ」

「余計なお世話だ」


 話が途切れてしまったのを見て、エーミールがおずおずと手を挙げた。


「あのう。アストに行っても、門前払いされると思う。だって特使でもなんでもない、ただの子供なんだから。最悪牢屋行きになるよ?」

「……あっ」


 根本的な問題に直面した。ああ、確かにエーミールの言うとおりや。魔法学校の生徒でしかないあたしが行ったところで、門前払いを食らうだけや。

 ――うん? 特使?


「なあ、エーミール。どうやったら特使になれるん? ていうか特使ってなんなん?」

 今更ながらの質問にエーミールは嫌な顔もせずに「特使は王の使者のことだよ」と一から説明してくれたんや。


「王様によって任命されるんだけど、外交上における権限は王様に次ぐんだよ。なりかたは王命を以ってなるんだ」

「特使は偉い人が任命されるんか?」

「いや。身分は関係ないよ」


 そこまで聞いて、あたしは閃いた。同時にデリアも同じ考えに至ったらしい。


「ユーリ、あなたまさか――――」

「よっしゃ。王様に会って特使にしてもらお!」


 次々ととんでもないことを言うあたしに「本当に頭がおかしいんじゃないの!?」と大声で言うデリア。


「どうやって王様に会うのよ! ツテも何もないでしょ!」

「なあデリア。あんた貴族やったなあ」

「……嫌よ。絶対に嫌」

「まだ何も言うてへんやん!」

「どうせ私の家を使って王様に会おうって言うんでしょ!」

「おお! 予知能力でも身につけたんか!?」

「あんたと一緒に行動してたら、自然と分かるわよ!」

「あはは。相思相愛やな」

「――っ! ふざけないでよ!」


 まあでもあたしはこの考えだけはふざけてなかったんや。


「よう聞けや。まずアストの王様に会うには、特使にならんとあかんやろ?」

「……まあそうね」

「そんで特使になるにはイデアルの王様に会わなあかんやん?」

「……それもそうだけど」

「だったら、会うしかないやろ。うん、それしかない」


 デリアは「そこまでして戦争をしたくないわけ?」と呆れてもうてる。


「死ぬのが怖いの?」

「怖いで。一度死んだからな」

「はあ? 何言っているのよ?」

「それよりも怖いのは、あたしの死じゃなくて、みんなが死ぬことや」


 あたしはデリアだけやのうて、みんなに言い聞かせるように言う。


「こうやって知り合ったみんなのことは大切や。イレーネちゃんもデリアもランドルフもクラウスもエーミールも。それにクヌート先生もや。あたしが死んでもみんなと別れる。みんなが死んでも別れてしまう。それが嫌なん」


 誰も何も言わんかった。反応がないのは寂しいなあ。 

 デリアが駄目なら、今度はクヌート先生に向かって言うた。


「なあ。先生のツテでなんとか会えへんかなあ。王様に」

「……俺は一介の教師だ。そんなツテはない」


 そうか。うーん、どないしよ。

 しゃーない、こうなったらこうするしかないか。


「先生、あたし今からプラトに行ってくるわ。そんで王様に会うてくるわ」

「どうやって会うつもりなんだ?」

「向こう行ってから考えるわ。まあなるようになるやろ」


 そう言うて、教室から出て行こうとすると――


「ああもう! 分かったわよ! 私が何とかしてあげるわよ!」


 デリアが自棄になったのか、喚くように言うた。


「へ? デリア、あんたできるの?」

「ヴォルモーデン家を舐めないでよね! 王様に会うぐらいできるんだから!」

「よっしゃ。これで問題ないな。それじゃあ今から行くで」

「え? 本気で今から行くの?」

「マジやで。思い立ったら吉日やしな」


 デリアの手を引いて、出て行こうとしたとき、意外な人から声をかけられた。


「僕も一緒に行きますよ、ユーリさん」


 なんと手を挙げたのはクラウスやった。そして椅子から立ち上がるとあたしの前に立つ。


「行ってくれるのは嬉しいけど、どないしたんや?」

「なに、戦争になったら美食王国を築けないですからね。微力ながら手伝わせてもらいますよ」

「……あんたが来てくれたら百人力やで」


 ちらりとランドルフを見ると「俺は行けないぜ」と断られた。


「そないな淋しいこと言わんといてえな。一緒に行こうや」

「俺にはやることがあるからな。一日でも早く強くならなければいけないんだ」

「……そうか。正直やな。エーミールは?」

「僕は行っても、役に立たないから、遠慮しておくね」

「そないなことあらへんけど、しゃーないな」


 そして最後にイレーネちゃんを見た。イレーネちゃんは悲しそうに言う。


「私は賛成しません。だって、アストと戦いたいから」

「……そうか。まあそうやろうな」

「でも、成功だけは祈ってます」


 イレーネちゃんは優しいな。仇を討つ邪魔をするあたしを応援してくれるんやから。


「さてと。ええやろ? クヌート先生」

「そうだな。月末試験は成功したら免除してやるよ。三人ともな」

「あはは。そりゃあありがたいわ」

「決して無理はするなよ?」


 クヌート先生は真っ直ぐあたしの目を見た。


「イデアル王は聡明だが、決して一筋縄には行かない相手だ。気を引き締めて行くんだ」

「分かってます。最大限の注意を持って、行きますわ」

「……成功を祈っているぜ、ユーリ」

「おおきに、クヌート先生」






 そないな訳であたしとデリア、クラウスの三人で古都からプラトに向かうことになったんや。あたしにして見れば里帰りなんやけどな。


「もし特使になれなかったら、すっぱりと諦めてちょうだい」


 馬車屋でプラト行きの馬車を待っていたときにデリアは言うた。


「そうでないと、あなたは無茶するから」

「分かった。約束する。でも平和への道は諦めないで?」


 人間、諦めたらそこで終わりなんや。

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