第33話あらやだ! 戦争が始まるわ!

 イデアルとアストの戦争。それは大陸にある三つの国のうち、二国が戦うことになる。

 クヌート先生の言葉で否応なくランクSの生徒が増やされた理由が分かってしまう。


「……つまり、実戦で使える魔法使いを増やすために、生徒を倍にしたちゅうことですか?」


 ショックのあまり、誰も何も言えへんから、意を決して言うと「……そのとおりだ」と本当に辛そうにクヌート先生は答えた。


「あまりこういう言い方はしたくなかったが、ユーリ、クラウス。お前らが後方支援向きのカリキュラムを組んでいるせいもあるんだ」

「確かに前線向きじゃないですからねえ。僕とユーリさんは」


 冷静に言うクラウスに対し、あたしはやるせない気分になってしもうた。自分のせいでイレーネちゃんたちが危険な目に遭うことになるなんて。


「それに、新しく入った三人は実戦向きなんだ。いや、イレーネに関してはアスト戦に向いているということだな」

「どういう意味やねん? イレーネちゃんが?」


 横目でちらりとイレーネちゃんを見る。

 複雑な顔をしとった。まるでようやく念願が叶ったけど、いざそうなると怖いみたいな、そないな表情。

 でも、すぐに物凄い恐い顔になってしもうた。


「……私は、アストに恨みがあるんですよ」


 静かに語り始めるイレーネちゃん。


「五年前の休戦前、村に火を放って母を殺し、弟を、可愛い弟を、餓死させたアストが許せないんです」


 知らんかった。イレーネちゃんの恨みは知っとたけど、詳細は知らんかった。友人なのに、知ろうとせえへんかったんや。

 するとクヌート先生は「だから向いていると言ったんだ」と言うた。


「恨みは人を成長させる。良くも悪くもな。アストに恨みを持っていることは既に知っていた。それを利用しているわけだな」

「恥ずかしくないのか? 子供を利用するなんて」


 ランドルフの言葉に「ああ、恥ずかしいさ」とクヌート先生は開き直った。


「恥知らずな大人ってわけじゃない。分別くらいついているつもりさ。でもな、そうでもしない限り、アストには勝てないんだ」


 まあほぼ国力は一緒やからな。それにもう一つの国のこともあるし。


「先生、『ソクラ』はどうなるんですか?」


 エーミールがいち早く問う。ソクラちゅうのはこの大陸で最も強大で最も発展している帝国のことや。


「帝国は介入しない。『ハキル戦約』は今でも有効だからな。まあ、イデアルかアストか。どっちが勝っても、ソクラに滅ぼされるだろうな」


 ここでソクラとイデアル、そしてアストについて説明したいと思う。

 北の大陸、ノース・コンティネントの歴史は戦争の歴史であり、相続の歴史でもあり、そして何よりくだらない家族喧嘩の歴史やったんや。

 三つの大陸のうち、ノース・コンティネントを自分の国にしたのは、六英雄の『皇帝』やった。彼は政治、経済、内政、外交と抜群の統治センスを持っとった。加えて彼の直属の戦闘部隊、『親衛騎士団』は無敵の名を欲しいままにしていた。


 あっちゅう間に大陸を統一した『皇帝』。完全無欠と思われた人物やったけど、唯一の欠点があるとするなら、身内に甘いということやった。

 三人の息子に序列を作らんかった。長男が嫡男としていたけど、それでも平等に育てて愛してしまったんや。まあ良き父親の手本のような男やったけど、広大な大陸を治める統治者としては失格やった。


 病死したとき、彼は具体的に長男を後継者に指名せえへんかった。遺言は『兄弟が協力して大陸を治めること』しか書かれてへんかった。

 長男は凡愚ではなかったけど、賢い人間やあらへんかった。それに次男と三男の仲が決定的に悪かった。長男の言うことは聞くけど、互いは敵視して憎み合う間柄やった。理由は三男が次男の嫁さん候補を横恋慕して奪い取ったこと。そして次男は三男より優れていて常にコンプレックスを持っていたことが由来とされとる。


 このまま血を血で洗う権力闘争が起こると思われたんやけど、ここで一人の家臣が活躍――いや暗躍する。その人物とは賢臣にして奸臣という二つの評価を得ているソウ・フォン・クロバーやった。

 彼はこう言うた。『広大な大陸を一人の人物が治めるのは難しい。ここは遺言どおり弟君に土地を明け渡して独立国家を作らせるのはいかがでしょう?』

 その結果、次男はイデアル王国を、三男はアスト王国を建国したんや。それから、戦争の始まりやな。次男と三男が亡くなっても戦争は断続的に起こり、現在に至るんや。


「説明するまでもないが、ソクラは大陸の六割を手中に収めている。もしもイデアルが勝っても、あっという間に滅ぼされるだろうな」

「それじゃあ勝っても負けても駄目ですやん」


 クヌート先生は「負けなければいいのだ」と開き直ったことを言う。


「ようするに継続戦をすればいい」

「勝とうとも負けようともしないちゅうことか」

「ああ、だけど少し状況が変わった。守戦派が征服派に政治で負けたらしい。つまりアストは本気で我々を攻撃してくるだろう」


 イレーネちゃんは「だったらこっちも戦うしかないですよ」と声を震わせながら言う。怒りと憎しみで心が支配されとる。


「戦って、アストを征服しなきゃいけません。そしてアスト人を皆殺しに――」

「皆殺し? はあ。これだから庶民は」


 イレーネちゃんの言葉を遮ったのはデリアやった。


「いい? 皆殺しなんてしたら労働力の低下、戦闘員の欠如、諸外国からの非難。これだけのデメリットがたくさんあるのよ? それに未来の領民は国の資産になるわ。それをみすみす放棄するのはどうかと思うわよ」

「……そんなの知りません。母と弟の仇を――」

「あなたは、戦う資格はないわ」


 デリアはぴしゃりとイレーネちゃんを言葉で切った。


「恨みで人を殺めるなんて、巷の殺人鬼と変わりないわ。いかにして犠牲を少なく、最小限の労力で勝利すること。これが正しい戦いなのよ」

「関係ないです! 私は自分の――」


 そこまで言うたから、立ち上がって、イレーネちゃんの頬をぴしゃりと叩いた。

 イレーネちゃんは信じられないという顔をしとる。

 デリアも息を飲んだ。他のみんなもあたしの様子を伺っとる。


「そないな馬鹿なことを言うな! 恨みを晴らす相手を履き違えるな!」


 あたしは怒っていた。イレーネちゃんに対して物凄く怒とった。


「ええか? 今あんたが頭の中で殺したんは何の罪もないアスト人が含まれておるんやで! あんたと同じ、毎日が平凡で、それでいて明日が希望に満ち溢れとる少女が理不尽に殺されるのを、あんたは良しとするんか!」


 するとイレーネちゃんは「……だったらどうすればいいんですか!」と同じように立ち上がった。


「あたしの恨みと憎しみは、どうやって晴らせばいいんですか! 無くすことも許すこともできないんです! ましてや、無かったことになんて――」

「あほう! 誰が忘れろ言うたんや!」


 あたしはイレーネちゃんの肩を掴んで、真っ直ぐ目を見た。


「一生恨むんや。一生許さんと生きるんや!」

「――えっ?」

「でも人を殺したらあかんねや!」


 イレーネちゃんは涙目になって叫んだ。


「ユーリが何を言っているのか、分からないよ!」


 握った肩の力を強くする。


「恨みや憎しみを人間は忘れることはできひん。一度受けた酷いことはトラウマとなるんや。でもな、それに支配されて生きるのは違う。我を忘れて人を殺めるんは、もっと違う! 何故なら、それは、自分の恨みと憎しみを他人に植え込むことと変わりないからや!」


 イレーネちゃんの目からぼろぼろと涙が流れた。


「恨みと憎しみを忘れたらあかん。忘れたら他人にそれを植え付けることになる。だから一生恨んで憎んで生きるんや。そしてその倍、笑って楽しんで生きるんや。辛いことがあったら、その分笑うんや」


 イレーネちゃんはもう何も言えへんかった。顔を抑えてわんわんと泣き始めた。

 するとデリアが、あの傲慢なデリアがイレーネちゃんに近づいて、背中を抱きしめたんや。一緒に泣くことはないけど、それでも抱きしめたまま、何も言わんかった。


「……なあクヌート先生。まだ休戦解除はされてへんよな?」

「ああ、そうだな」


 先生は答えたけど、あたしの問いを不可解に思うとるやろうな。


「確か再戦する場合は宣戦布告書を出さなければあかんよな」

「それもそうだ」

「使者はもう出発したんか?」

「いや、使者は光の月の七日に向かう予定だ」

「じゃあまだ時間はあるな」


 あたしは一つの決意を持っとった。そして覚悟もできていた。


「ユーリさん。あんたは何を考えているんだ?」

「ランドルフ、あんたは分かっとるやろ」

「……どうなっても知らねえぞ」


 あたしはクヌート先生だけやなく、教室に居る生徒に向けても言うた。


「アストとの戦争は始めさせない。止めてみせる」


 その言葉にエーミールは「どういうことなの? ユーリさん」と質問してきた。


「まさか休戦状態を続けさせるの?」

「ちゃうよ。もっとシンプルやで」


 あたしは全員に向けて宣言した。


「アストとの戦争を終わらせるんや。平和条約を結ばせてみせる。せやから、アストに向かうで。王様に直談判や!」

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