第六章 戦争回避編

第32話あらやだ! 建前と本音だわ!

 私室で一晩経って。混乱してた頭も正常に戻りつつあったんやけど、当事者のイレーネちゃんは起きてからも落ち着かない気分らしく、ベッドに座ったり立ったりを繰り返しとった。

 そういえば、寝る前もベッドの上でごろんごろんしてたな。


「落ちつくんや、イレーネちゃん。起きてしもうたことはしゃーないやろ」

「ううう、だってえ。緊張しますよ。どうしてランクB+の魔力しか持たない私が、いきなりランクSだなんて……」

「まあなるようになるやろ。そう考えるんが自然やで」

「ユーリは何にも変わらないからいいですよね……」

「何言うとるん。あたしかていろいろ変わったんやで。三人のクラスが倍の六人になったんや」

「それはそうですけど……」

「ボケとツッコミの構成を考えなあかんし」

「ええ!? 真剣に考えることじゃないですよね!?」


 なんや冗談に決まっとるやん。そう言いたかったんやけど、涙目で睨むイレーネちゃんに思わず「ごめんな」と謝ってしまう。


「いいです。ユーリみたいな強い人には分からないですから」

「あたしは全然強ないわ」

「いつも余裕たっぷりじゃないですか」

「強いんやなくて、鈍いだけやと思うわ」

「……時々鋭いくせに」

「あはは。それより早よ教室に行こうや。その調子やと、ご飯食べれへんちゃうの?」

「やっぱり鋭い。そうですね、ご飯は食べずに行きます」

「飴ちゃん舐めるか?」

「……それはいただきます」


 あたしも飴ちゃんをころころ口の中に入れて舐めながら、イレーネちゃんと一緒にランクSの教室に向かった。なんや新鮮やな。

 それにしてもどうしてランクSの生徒を増やしたんやろ。単に三人が成長したからやろか? それとも別の思惑が?

 あかんいろいろ考えてもうたけど、答えが見つからんわ。


「デリアと一緒に行かなくて良かったんですか?」

「あはは。どうせ教室におるやろ」

「どうして分かるんですか?」


 あたしはランクSの教室の前に立ち、ドアを開いた。

 その先には、デリアが所在なげに立っとった。


「あら。早いわね、二人とも」

「デリアが来とるんちゃうかなと思うてな」

「ユーリは予知でもできるんですか?」


 不思議そうなイレーネちゃんにあたしは種明かしした。


「こういうタイプの子は自分のテリトリーを早めに確認しときたいんや」

「子供扱いしないでよ!」

「ああ、ごめんな。でも当たっとるやろ?」

「……業腹だけど当たっているわ」


 あたしは教室を眺めた。今まで三つしかなかった椅子が六つに増えとる。前に三つ、後ろ三つの構成や。


「ねえ。あなたどこに座ってたの?」

「うん? 真ん中やけど、そうやな、みんな後ろの席に座ろうか」


 置き勉とかしてへんし、別にええやろ。あたしは後ろの真ん中、イレーネちゃんは右、デリアは左やった。意外とデリアは他人の席に着くのは嫌なんかなあ。


「デリアは昨日はきちんと眠れたん?」

「はあ? 何言っているのよ? 当たり前でしょ?」

「へえ。緊張とかせえへんかったんや」

「イレーネとは違うのよ」


 その一言でイレーネちゃんは顔を真っ赤にした。そして「普通誰だって緊張しますよ!」と手をぶんぶん回してあわわとしとる。可愛い。


「デリアはなんで緊張せえへんの?」

「いずれなるって分かっていたからよ」

「それは自信なわけか?」

「確信よ。高貴なヴォルモーデン家の人間として頂点に立つのは当然よ」


 ヴォルモーデン家。そういえばレオのことを訊かなあかんな。


「そういえば、この前、騎士学校でレオに会ったんよ」


 それを言った瞬間、デリアの顔色が変わった。いや、青ざめたとか悪くなったわけやあらへん。むしろ逆で顔が紅潮して血色が良くなった。


「ええ!? お兄様が騎士学校に居たの!? いやそれよりなんで知っているのよ!」

「この前、ランドルフに連れられて行ったんよ。デリア、どないしたん?」

「お兄様が騎士学校に! ああ、今すぐ会いたいわ!」


 ガタっと椅子から立ち上がるデリアにあたしは「待てえや。まだ全員揃ってないやろ」と制した。イレーネちゃんは不気味なものを見るような目でデリアを見とる。


「なに、そないにレオが好き――」

「……お兄様を呼び捨てにしないで!」


 うわあ切れとる。これはあれか。健太が話してたブラコンちゅうやつか?


「じゃあデリアのお兄さんって呼べばええんか?」

「……まあそれでいいわよ。ていうか馴れ馴れしいのよ。お兄様に対して。私が唯一敬愛している無二の存在であるお兄様に対して敬意が足らないのよ? 分かる?」

「ごめんなあ。足らんかったわ」

「……デリア、ちょっと怖いです」


 デリアは消え入りそうなイレーネちゃんの声を無視して「うふふ。お兄様。今度こそ逃がさないわよ……」とぶつぶつ呟いとる。これも健太の漫画に描いてあったなあ。ヤンデレ、ちゅうのかな。

 その後、ランドルフたちがやってきた。クラウスもエーミールも一緒やった。


「あん? デリアにレオのことを話したのか?」

「あれ? あかんかった?」


 ランドルフは前の真ん中、エーミールは左、クラウスは右に座った。ランドルフは背もたれを抱えるようにしてあたしと向かいあっとる。


「いや。言わなかった俺が悪い。あいつ異常に妹が苦手でなあ。デリアのほうは病的に好きみたいだが」

「ブラコンとヤンデレやな」

「……なんでそんな言葉を知っているんだ?」

「健太――息子が教えてくれたんよ」

「……そうか」


 ランドルフは複雑そうな顔をしとった。まあデリアは少しだけ歪んでいるからなあ。


「今度、ハンバーグステーキ食べさせてくださいよ」

「いいですよ。イレーネさんはよく食べてくれますから作り甲斐があります」


 クラウスとイレーネちゃんの関係は良好やな。


「それで、お兄様はこう言ったのよ。『デリア、食事のときは右手にナイフを持つんだ。左手じゃない』って! カッコいいでしょ!」

「いや、当然のことを言っただけだと思うけど……」


 デリアとエーミールの関係も悪ないな。


「……おい、兄貴自慢を止めさせろよ」

「ええやん。好きちゅう気持ちは誰にも抑えられへんのやから」

「いや、そうじゃなくて……まあいい」


 こうしてわいわい騒いどると教室の扉が開いた。クヌート先生やった。なんやうるさそうな顔をしとるな。


「騒ぐな私語やめろ……というわけで新しく三人、ランクSに加入したわけだが、自己紹介は別にいいな。郊外訓練で一緒だったんだから。では新しくカリキュラムを――」

「ちょお待って。なんで三人がいきなりランクSになったん?」


 さらりと重要なことを言わないクヌート先生。それに対してツッコミを入れると「なんだ、不満なのか?」と意地の悪いことを言うてきた。


「ちゃいますねん。理由が知りたいねん」

「……そうだな。建前と本音、どっちの理由が聞きたい?」


 クヌート先生の問いにクラウスがすかさず「じゃあ建前から聞きましょうか」と言うた。

 まあ建前ちゅうか言い訳なんやろうけどな。


「そうだな。そもそもランクSはどういう基準で設けられているか分かるか?」


 えーと、なんやったけな。悩んどるとイレーネちゃんとエーミールが手を挙げた。


「じゃあイレーネ。答えてみろ」

「はい。魔力の総量によって変わります」

「そのとおりだ。魔力の質や精度、威力とはまったく関係ない。いかに魔力を内包しているかが重要だ。だからランクSでも魔法が下手な奴もいるし、ランクCでも効率が良ければ長期戦は可能となる。まあ極端な例だけどな。普通そんな奴はいない」


 ああ、思い出したわ。だからランクAがSになることもあるけど、下がることはないわけやな。

 分かりやすく言えば身長と一緒やな。


「でだ。今回どうしてこのような異動をしたのかというと、新しく入った三人はランクSになれる可能性を秘めているからだ。つまり才能がある」

「え? 才能、ですか?」

「なんだイレーネ。自分に才能がないと思い込んでいるのか?」

「デリアやエーミールくんはともかく、私に才能なんて――」


 クヌート先生はくすりと笑った。


「お前は知らないだろうけど、魔力量が上がっているぞ。ランクAに匹敵している」

「え? ええええ!?」


 イレーネちゃんだけやなく、この場に居る全員が驚いた。


「な、なんで――」

「知らん。どうせ自主訓練の賜物だろうよ。誰に教えてもらったんだ?」

「ユ、ユーリです……」


 クヌート先生は「どうやって伸ばしたんだ?」と不思議そうに言うた。


「体力が足らんかったので、それを中心に鍛えただけです。魔力は関わってないです」

「ふむ。そうか。だったら気になってたことがあったんだ」


 クヌート先生は己の推測を語りだした。


「イレーネは初めに測定したときランクBだったのに、こっちで計ったらランクB+だったの覚えているか?」

「は、はい。覚えています」

「もしかして、成長速度が半端ないのかもしれん。それかどこか異常があるのかもな」


 物騒なことを言わんといてえな。可愛いイレーネちゃんに異常なんてあるわけないやろ。


「まあいい。エーミールとデリアは説明しなくてもいいだろう。攻撃魔法においてはトップだからな。ランクSも間近だ。そんな人材はほっとくわけにはいかない。だから一緒に集めて教育しようというわけだ」


 なるほどな。筋は通っているわな。でもなんか裏がありそうな気がするねん。


「それでは先生。本音のほうを聞かせてもらおうか」


 ランドルフの言葉にクヌート先生は笑って言うた。


「言えるわけねえだろうが。馬鹿かお前は」

「…………」


 全員、何も言えへんかった。


「……舐めてんのか、先生よぉ」


 ランドルフが当然の怒りを表した。あたしも同じ気持ちやったから止めへんかった。


「……これを言ったら、お前らは俺を恨むだろうな」


 クヌート先生は淋しそうに笑いながら言う。なんか哀愁があって、同情してもうて、怒りが吹っ飛んでしもうた。ランドルフも同じようで何も言わんかった。


「大人の事情に子供を関わらすなんてとんでもねえことだ。俺だってしたくない。本当はゆっくり鍛えて、それで死なせないようにしたかったんだ」


 先生が何を言うてんのか、分からへんかった。でも絶対に良くないことが起こることは予想できたんや。


「先生、何が起こるんですか? いや起こったんですか?」


 あたしの問いにクヌート先生は言うた。


「アストとの休戦が終わる。ちょうどお前らが二年生になる頃だ」


 そしてクヌート先生は残酷な事実を言うた。

 だけどそれは彼にとって珍しい本音でもあったんや。


「お前らは二年生になったら戦場に行くんだ。そしてアストの国民を殺さないといけない。それが――辛いんだ」

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