第31話あらやだ! 才能について話すわ!
ぽたぽたと涙を流すクリスタちゃんにあたしは何も言えんかった。それはどうして泣いているのか、分からんかったからや。
「なんだ。まだ気にしてたのか。仕方のないことだろうが」
ローレンツの無遠慮な言葉にラルフもルーカスも頷いたんや。
「才能がないわけじゃねえ。ただユーリのほうが上なだけなんだ。いや、ある意味才能がないかもな。魔法使いとはいえ、素手の相手に負けたんだからよ」
「なっ……! そないな言い方ないやろ!」
思わず怒鳴ってしまうあたしにローレンツは肩を竦めた。
まるで事実だと言わんばかりに鼻で笑っとった。
「人間生まれながらの才能ってのはあるんだ。魔法使いのあんたには分かるだろう? 俺たち騎士は魔法という才能に恵まれなかった人間の集まりなんだ」
「でも、騎士の誇りちゅうもんがあるんやないの?」
「もちろんあるさ。前線の最前線で戦う騎士。武勇伝や御伽草子に出てくる騎士に憧れない人間はいねえ。けどなあ――」
そこでローレンツはあたしを見た。ランドルフを見た。レオを見た。
「どんなに頑張っても、才能のある本物には勝てねえんだよ」
ああ、この子たちはもう諦めとるんか。自分の才能に見切りをつけとるんか。前世で陸上や柔道をやっていたときにもそういう人はおった。
せやけど、この子たちは間違っとる。正しくあらへん。
「あんたらは馬鹿やな。才能なんてくだらんもんに縛られておるのが滑稽やわ」
「……ああ? お前、調子に――」
胸ぐらを掴もうとしたローレンツを逆に関節をきめてやる。
「イテテテ! 何すんだ!」
「これは柔道の技やあらへん。護身術の一つや。まああんたは知らんと思うけどな」
「はあ? 護身術?」
あたしは乱暴にローレンツを放すと、まだ泣いているクリスタちゃんに向かい合うようにしゃがんだ。
そっぽ向かれたけど、強引に目を合わす。
「なあ、クリスタちゃん。あたしが使った柔道――まあ体術なんやけど、どんぐらい技があると思う?」
「……知らないわ」
「およそ百ほどあるんやわ。でもな、あたしはその中の七、八個ぐらいしか会得しとらんのよ」
その言葉にクリスタちゃんは思わずあたしを見つめた。
「どうして? そんなに難しいの?」
「いーや、難しいことあらへんねん。あたしは才能がなかったから、それしか覚えられへんねん」
「……やっぱり、才能が大切ってわけじゃない!」
「ちゃうねん。あたしが言いたいのは才能なんてなくてもええってことやで?」
あたしは自分の体験談を述べることにしたんや。
「あたしは才能がないから、負けっぱなしやった。でもな、何度も倒されて負けて。それでやっと強くなるねん。それが努力や。努力さえあれば、どんなに技が多彩やのうても、太刀打ちできんねん。たった一つの技を極めれば、どんな相手でもなんとかなるねん。まあ、勝てるかどうかは別やけどな」
「……なによ。勝てなかったら意味がないじゃない」
「意味はあるねん。それはな、納得するってことや」
クリスタちゃんは「納得することが大事……?」と首を傾げた。
「そやねん。人はな、自分の人生を納得して生きられて、それで笑って死ねたら、それがいっちゃん幸せなんや」
「意味が分からないわ! 笑って死ねるって……」
「まずは努力することやな。必死で努力して、格上の人間にも勝てる。人間、懸命に生きれば報われるんやから。今はどんだけ負けても大丈夫。最後に勝てばええねん」
「そ、それでも勝てなかったら?」
その問いにあたしは満面の笑顔で応じた。
「そんだけ努力したんやったら、すでに納得はできとるわ。今は分からんでもな」
「……なんか才能のある魔法使いに言われることじゃないわね」
クリスタちゃんはくすりと笑った。案外年相応の可愛らしい笑みやった。
「私の話を聞いてくれる?」
「ええで。聞くわ」
「本当は魔法使いになりたかった。ゾンドルド家に生まれた身として、戦場を優雅に歩ける清くて正しくて美しい魔法使いになりたかった。でも魔力がほとんどなかったの」
クリスタちゃんは悲しそうに微笑んだ。
「初め、ユーリを見たときは嫉妬しなかった。でも体術でも強いって分かったら、なんだか心のもやもやが増してしまったの。ああ、才能のある人間は何でも上手く行くんだって」
本当は前世の記憶を引き継いだだけやけどな……
「だから勝負を挑んだの。結果負けちゃった。私はね、この特級クラスで最下位なんだよ。必死で喰らいついていたけど、なかなか努力が実を結ばなくて。悲しかった」
「そうか。それはそうやろうな」
「でもユーリの話を聞いて、なんだか心の重荷が取れた気がした。ありがとうユーリ」
「あはは。でもな、それ聞かされたら、クリスタちゃんのことを強くせなあかんと思うようになったわ」
きょとんとするクリスタちゃんにとある提案をすることにした。
「あんたが強くなるにはもっと柔らかくなって、もっと体力をつけて、もっと速くならなければあかんねん。どうやろ、放課後時間があるなら、魔法学校で訓練するのは?」
この言葉に「魔法学校に行って、どう訓練になるの?」と不思議に思うとる。
「まず基礎体力。それからあたしが知っとる護身術を教えたる。後そうやな、ランドルフ、あんたも手伝えや!」
不意に呼ばれたランドルフやけど「ああ、構わねえぜ」とすぐに応じてくれた。
「学年次席とあたしなら、的確な訓練ができるわ。一緒に来るか?」
あたしは手を伸ばした。受け取るのはクリスタちゃん次第や。
しばらくその手を見つめとったクリスタちゃん。
そして――意を決して、手をとったんや。
その手に、そっと飴ちゃんを添えた。応援の形や。
クリスタは嬉しそうに受け取った。
「はん。どこまで強くなるのか、見ものだな」
槍使いのローレンツはにやにや笑っとる。そうやな。まずは目標を決めなあかんな。
「まずはローレンツ、ラルフ、ルーカスの三人を倒せるように頑張るんやで」
その言葉に三人はかちんときたらしい。
「やってみろよ」
「我輩は負けんぞ!」
「これはあれかい? 宣戦布告ってやつかい?」
クリスタちゃんは大きな声で宣言した。
「絶対に勝つわ! いつまでも最下位に甘んじていないんだから!」
おお。気合十分やな。それでこそ教え甲斐があるちゅうもんがあるわ。
「さてと。俺もレオに勝つように頑張るか。手合わせ願うぜ」
「いいよ。というより、魔法使いに剣で負けたら騎士の名折れだな」
ランドルフの剣は普通の剣やった。対してレオは二刀流。
このまま勝負が始まるかと思いきや――
「あのう。料理できましたよー」
クラウスがのんびりとした声とともに戻ってきた。
ご飯と聞いてルーカスが「中断ですな」といち早く言うた。
「おい、クラウス。美味しいものだろうな?」
「ランドルフさんには馴染み深いものでもありますよ」
ということはあたしにも馴染み深いものなんやな。
美味しそうな匂いを辿って、食堂へと向かった。
近づくにつれて美味しそうな匂いがしてくる。
そして食堂の席に着いたあたしたちの目の前に置かれたんは――
「どうぞ。マルゲリータ・ピザです」
チーズとトマト、そしてあたしが渡したバジルが散りばめられた美味しそうなピザやった。とろとろにとろけたチーズがなんとも言えない。
「な、なんだこれは!」
「貴族のみんなも初めて見るのかい?」
「ああ、初めてみるな」
「クリスタもそうなのか?」
「ええ。そんなもの、見たことがないわ」
騎士たちは恐れおののいて手を付けられずにいた。あたしは久しぶりのピザに感動して「いただきます!」と言うて、アツアツのピザに手をつけた。ランドルフも同じようにしたんや。
「美味しいなあ! こういうシンプルなピザはめっちゃ好っきゃねん!」
「ああ。本当に久しぶりだ」
美味しそうに食べるあたしらを見て我慢できひんのか、一斉にピザを取った。
そしてパクリと一口。
全員に衝撃が走った。
「これは、やばいな」
「ああ、やばい」
平民の二人は繰り返し「やばい」と言うとる。他の三人は無言で夢中で食べとる。
「なあ。クラウス。ピザは簡単に作れるのか?」
「かまどさえあれば。意外と簡単なんですよ。家庭でも作れますし」
この会話を聞いた騎士たちが我も我もと作り方をねだったんは言うまでもなかった。これも一種の才能やな。
こうして、魔法使いと騎士との交流会的なものは成功したんや。
後でランドルフとレオの戦いを見せてもらったけど、速すぎて目では追えんかったことを言うておく。
宮本武蔵もびっくりな早業な二刀流やったな。
結果としてランドルフは負けてもうた。
でも――もしも魔法と同時に剣を振るえたら、勝負は分からんかったかもな。
騎士学校の生徒と仲良くなって、魔法学校に帰ってきたあたしら。しかしとんでもないことが起きていたんや。
「ユ、ユーリ……大変なことが起こりました」
イレーネちゃんが生徒がたくさん集まっとる掲示板のところで固まっとった。デリアも近くに居る。
「うん? どないしたんや?」
「ねえ。あんたの差し金じゃないわよね?」
「デリア? 何のことや?」
「……嘘じゃないみたいね。一応信じてあげる」
デリアは掲示板を指差した。
生徒たちが邪魔であんまり見えへんかった。
けど、見えた瞬間、とんでもないことが起こったんやと分かった。
『エーミール・フォン・キーデルレン、デリア・フォン・ヴォルモーデン、イレーネ。この三名を明日からランクSへの昇格とする。詳しくは担任のクヌートに訊くように』
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