第30話あらやだ! 女同士の戦いだわ!

 あたしは目の前におる少年、レオ。

 まさか虐められとった男の子が騎士学校の首席やったとは思わなかったんや。

 でもそれ以上に驚いたのは――


「ヴォルモーデンって、あんたはデリアの親戚かなにかか?」


 思わず訊いてまうと、レオは「ああ。デリアは双子の妹だよ」と短く答えよった。


「なんや、デリアから全然そないな話聞いてへんから。でもデリア見たときは誰かに似てるなあ思うてん。まったく、水臭いなあ。今度会ったら話し――」

「やめてくれ。あいつの話は好きじゃない」


 うんざりした顔でレオは言うたもんやから「なんでやねん?」とベタに聞いてもうた。


「なあなあ。君たちの関係はあれかい? 虐められたところを助けただけじゃなくて、共通の知り合いが居るってことかい?」

「ラルフ、その通りやな」

「信じられないわ。レオが虐められるなんて」


 クリスタちゃんの愕然とした声。あたしは前の状況を思い出しながら「そういえば、剣を持っとらんかったし、抵抗もそないにしなかったな」と言うた。


 するとレオは「当たり前だ」と恥ずかしそうに答えた。


「俺は剣を持たないと極端に弱いんだ。何より平民に暴力を振るうのは貴族のプライドが許さない」

「はっ。プライドがお高いことで」


 ローレンツの茶々にレオは「うるさいな」とそっぽを向いてしまう。


「それにしても、ユーリ殿は強いのだな。虐められてたレオ殿を救うとは」


 ルーカスの言葉にランドルフは「ああ。体術なら俺より少し下ぐらいだ」と言う。まあ実際そないなもんやから否定はせえへんかった。


「どんな状況だったんだい?」

「ラルフ、黙れ。好奇心は身を滅ぼすぞ」

「レオには訊いてないさ。ユーリに訊いたんだ」

「そうやな。確か、あんときは五人に囲まれとったな」

「ふうん。それでどうやって助けたんだい?」

「よう覚えてへんけど、リーダー狙いで戦ったんかな?」

「ほう。戦の常套手段だな。戦略というものを知っているようだ」


 感心するルーカスに「そないなもんやあらへん」と否定した。


「リーダーちゅうもんは後ろにどっしりしてないとあかんねん。そうやないと倒されたときに仲間は危なくなるねん。リーダーが先頭に立つときは、確実に勝てるときやないとあかん。何故なら、リーダーは狙われやすいからや」

「……もう少し分かりやすく言ってくれねえか?」

「ローレンツ。もしもあんたより強い人間、つまりリーダーが真っ先に倒されたら、どないする?」

「うーん、状況にもよるが、一旦引くだろうな」

「せやねん。だからリーダーや大将は後ろに控えておらんとあかんねや」


 ま、これは受け入りや。前世の夫、貴文さんからのな。


「じゃあ、一対一ならどっちが勝つのかしら」


 そう言うたのは紅一点のクリスタちゃんやった。レイピアをぶるんぶるんと風を切る音をさせとる。何故か好戦的な視線をこっちに向けとった。


「一対一? 誰とやねん」

「私とあなたよ。少し興味が湧いたわ」

「あはは。冗談はやめや。勝てるわけないやろ」

「……どっちが勝てるわけがないって?」


 な、なんや知らんけどやる気満々らしいな。なんでやろ? もしかして女騎士やから女には負けんと思うておるのかな? それとも気に障ることでも言ってしもうたか?

 ともかく無駄な戦いを避けようと、あたしは素直に言う。


「あはは。あたしがあんたに勝てるわけないやろ」

「へえ。それにしては余裕ありそうだけどね」


 やばいなあ。空気が読めへんあたしやけど、この状況は不味いってことだけは分かるなあ。


「それじゃあ模擬戦やろうぜ」


 ローレンツがとんでもないことを言うてきた。


「安心しろよ。模擬刀を使わせるし、危なくなったら俺らが止めるから」

「でもなあ……」

「なんなの? 怖いのかしら?」


 クリスタちゃんの挑発に対してあたしは正直な意見を言うた。


「あたし、怪我するのもされるのも、嫌やから――」

「――っ! 馬鹿にしないでよ!」


 クリスタちゃんはラルフがいつの間にか持ってきたレイピアの模擬刀をひったくるように奪って、勝手に校庭に作られとる試合場にずんずんと歩いてしもうた。


「え? どういうことやねん?」

「……ユーリさん。あんたの言い方は挑発にしか聞こえないぜ」


 ランドルフの呆れた声に「そないなつもりあらへんけど」と呟いた。

 しゃーない。戦うとするか。でもわざと負けるのも性に合わんしなあ。

 開始位置に着くと「そっちも武器は必要じゃないの?」とクリスタちゃんが訊ねてきた。


「武器? そんなもん要らん」


 扱い慣れてないしなと続けて言おうとしたんやけど「馬鹿にして……!」と怒りが増幅されてもうた。


「それでは、模擬戦、開始!」


 ラルフの合図で模擬戦は始まった。

 仕方ないから軽い魔法を当てようとした。せやけど、クリスタちゃんは間合いを詰めて、レイピアで――突いてきた。


「うおおお!? あかん!」


 鋭い突きを右に避けることで回避――いや、追撃があった!


「絶対に負けないわよ!」


 レイピアは刀身が柔らかくしなやかや。加えて女の子やから身体も柔らかい。柔剣と言うべき軌道の読めへん剣撃が縦横無尽に襲い掛かる。

 まるで鞭のようにしなる剣を全て避けきることはできひんかった。なんとか致命傷と思われる箇所へのダメージは防げたけど、ローブに切り傷ができてまう。うわあ。模擬刀といえども、普通に斬れるんやな。

 あたしはなんとかクリスタちゃんの間合いから逃れた。魔法使いの有利な間合いは遠距離で剣士の間合いは近距離や。このままだと斬られ放題やった。

 しかしクリスタちゃんは離れた間合いを詰めようとせえへんかった。


「ねえラルフ! 一本取れてないの!?」

「いやあ。致命的なダメージは与えられてないからね」


 どうやら勝負がついたと思うたみたいやな。

 周りの状況を見てみる。地面は砂の多い土。天気は快晴。視界の晴れた空気。

 よっしゃ、作戦は決まった。


「こそこそ逃げていないで、かかって来なさいよ! 魔法でもなんでも撃てばいいじゃない!」

「……なんでそないに、敵視しとるん? さっきは仲良うしとったやないか」

「……うるさい! それならこっちから行くわよ!」


 怒りで周りが見えてへん。なんや知らんけど、あたしはいつのまにか逆鱗に触れてしもうたみたいや。

 だったら、無理矢理戦闘不能にして――話し合うんや!

 気を取り直して迫ってくるクリスタちゃんの足元を目がけて、あたしは風の魔法を放った。


「ウィンド・ショット!」


 もちろんクリスタは高く飛び上がって避ける――それが狙いやった。


「なっ!? 土煙!?」


 土煙。砂の多い地面に風の魔法を放つことで視界を悪くした。


「くっ! 卑怯な!!」


 声を出しとるから姿はバレバレやった。ぶるんとレイピアを振り回すクリスタちゃん。そこに水の攻撃魔法じゃ危ないから『浄水』で作った水を用意する。ローブの中に小瓶が入っとって良かった。


「クリスタちゃん!」


 声をかけて『浄水』の入った小瓶をクリスタちゃんに投げつける。


「何――水!?」


 投げつけられた小瓶を咄嗟に切ってしもうたせいで水が顔にかかって、クリスタちゃんの視界が一時的に見えなくなる。

 その隙を突いて、あたしはクリスタちゃんに近づいた。近距離――接近戦が剣士の本領なら、接触戦こそ柔道家の本領や。


「くっ――」

「あんたが冷静だったら勝負は分からんかった。でもな、そないな感情じゃあたしには勝てへんよ」


 レイピアを持ったほうの右手を取って、得意の一本背負いをした。


「う、ぐ、ああああ……」


 地面に思いっきり叩きつけられて呻くクリスタちゃんに、奪い取ったレイピアを向ける。


「これでどや? 審判!」

「しょ、勝負アリ! ユーリの勝ち!」


 この結果を予想せえへんかった、騎士学校の生徒一同は唖然とした。ラルフもローレンツもルーカスもレオもや。

 唯一そうなるやろうなと思うてたランドルフだけは「あーあ、やっちまったよ」という顔をしとった。


「ふう。なんとか勝てたな」

「嘘吐けよ。あんたの余裕勝ちじゃねえか」

「あはは。――クリスタちゃん、大丈夫か?」


 クリスタちゃんを見ると彼女は――泣いとった。


「ええ!? 大丈夫!? どこか痛めたん!?」

「……悔しい。これが才能の差なの?」


 クリスタちゃんは静かに涙を流しとる。

 あたしはなんと声をかければええのか、分からんかった。

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