第37話あらやだ! イデアル王に会うわ!
王城に行くのは実は初めてやない。確かあたしが二才の頃、おとんに連れられて即位式を見に行ったんを覚えとる。貴族でない、ただの平民でも即位式は見られたんや。
当時、第三王子、アダム・カイザー・イデアルは弱冠二十二歳やった。ちなみにミドルネームの『カイザー』はノース・コンティネントの王族特有のものや。アストやソクラの王族も例外ではない。
煌びやかな衣装とはつらつとした所作で立派に見えたイデアル王。
そして宝石が散りばめられた王冠を頭に授かった瞬間、平民、貴族関わり無く、歓声が上がったんや。
その光景は今でも忘れへん。大学卒業したての年頃の青年が緊張した面持ちで即位を宣言するところはなんだか初々しかったなあ。
そんで王城の中に入ったときの第一印象は、なんや知らんけど、質素になった感じがした。いや、言い方は悪かったな。質実剛健と言うたほうが正しい。
なんちゅうか平安貴族ではなく武家っぽい感じがするな。いやたとえ下手かあたしは。
素晴らしく奢侈でありつつ機能的な甲冑や戦場の構図を描いた絵がかけられとる。なんや庶民のあたしにはキラキラ輝いてしゃーないなあ。
「あんまりきょろきょろしないの。恥ずかしいでしょ」
「ああ、堪忍やで」
あかん。注意されてもうた。あたしの後ろを歩くデリアはめかしこんでおって、化粧もしとる。まるでお人形さんみたいで可愛い。
そんなデリアと対照的にあたしとクラウスはいつもの格好やった。まあこの虎柄のローブのほうが目立つやろ。
……悪目立ちはせえへんやろ?
しかし、王城内を歩くのに近衛騎士が六人も着いてくるのはどうしてやろ? 警戒されとんのか? それとも慣習からか?
王座の間の前に立つ。そして騎士の一人が「ヴォルモーデン家のご淑女、デリア・フォン・ヴォルモーデン殿が参上つかまつった。扉を開けられよ」と大声で言うと、ゆっくりと開いていく。
前世も異世界でも庶民やったあたしでも分かる。この場は聖域やと。なんて表現したらええんやろ。厳かちゅうんか? そんな空気が漂っとる。
脇には文官たちが居る。無表情で愛想がない。あんまり歓迎されとらんな。
そして目の前の奥には王冠を被っとるイデアル王。王座にどっしりと座って、肘掛に右ひじを置いて頬杖をついとる。
八年前に見たときより、当たり前やけど老けとる。それだけやない。顔に凄みというか威厳というか、とにかく強面になっとった。
王座に就くちゅうことはそれほど苦労があるんやな。
デリアは王座の間の入り口近くで跪いた。あたしもクラウスもそれに倣う。
見ると王城に入る前に別れたゴットハルトさんが玉座の近くに控えておった。
「偉大なるイデアル王様。この度は拝謁の栄に浴し、真に――」
「その方ら、ちこう寄れ」
デリアの口上途中で発せられた声。渋みのあって、それでいて威厳のある声。
「王よ、軽々しく近づけさせては――」
「構わぬ。私が許す」
文官の一人が提言したけど、すぐに取り下げられた。文官は失礼しましたとばかりに頭を下げた。
王様の言うことを聞かんのは無礼にあたる。あたしたちはなるべく近すぎないでイデアル王が満足するような距離という難しい位置まで歩いた。
「楽にしていい。その方、私に頼みがあると言ったな」
「はっ。私、ヴォルモーデン家の娘、デリアの友人、ユーリの望みを聞いていただきたく存じ上げます」
するとイデアル王は「ユーリ? ああ、ホットポカリを作った者か?」と予想もしないことを言いおった。
それに思わず反応して「えっ? なんで知ってますのん?」と無礼を働いてしまった。
「貴様、不敬であるぞ!」
「良い。自分のことを言われたら、誰だって驚くに決まっている」
イデアル王は「お前たちの素性は知っている」と目を細めながら言うた。
「ヴォルモーデン家の孫娘。ハンバーグとやらの開発者。そして効果的な栄養補給飲料の発明者。調べはついている。そしてユーリとやらが私に何を奏上しようとしているのかも」
「どうして、ご存知なのですか?」
デリアが訊ねるとイデアル王はにこりともせずに「この国の特別な出来事は全て私の耳に入っている。だから知っていたのだ」と種明かしした。
「その三人が魔法学校からこのプラトに来るという情報も入手している。知らないとでも思っていたのか?」
「……なら話は早いですなあ」
あたしははっきりと自分の要求を述べることにした。
「あたしらを特使にしてください。そしてアストとの戦争を回避するために、平和条約を結ぶ許可をください」
それを聞いた文官連中がざわめき始めた。
「子供風情が、特使だと?」
「それよりも平和条約を結ぶ? あのアストとだと?」
「不可能に決まっている!」
それでもイデアル王は何も言わなかった。何を考えておるのか分からん目でこっちを見つめとる。
だから目を合わせ続けた。それしか誠意を示すことができひんかったから。
「どうして戦争を厭うのだ?」
ようやく、イデアル王が口を開いた。文官たちは騒ぐのをやめて沈黙した。
「そら、誰だって戦争は嫌に決まっとります」
「怖いのか?」
「そうですね。自分や仲間が死ぬのも、敵を殺したり死んでいくのを見るのも嫌です」
「ふっ。正直だな」
イデアル王は軽く笑った。
「それに面白い。子供が一国の王に対して、戦争を止めろというのは前代未聞だな」
「それで、イデアル王さま。お返事はいかに?」
イデアル王は首を横に振った。
「駄目だ。許可できぬ」
「……理由を訊いてもいいですか?」
不敬かもしれへんけど、イデアル王なりの意見を知りたかった。
はたして王様の意見ちゅうのはどないなもんやろ。
「まず、我が国とアストは犬猿の仲だ。建国の成り立ちからにして、どちらかが滅ぶまで戦う運命なのだろう」
「それを曲げて、なんとかなりませんか?」
「曲げられるものなら、とっくに曲がっている。いや捻じ曲がっているからこそ、このような関係ができてしまっているのだろうな」
そこでふうっと溜息を吐くイデアル王。かなりお疲れのようやな。
「私も戦争などしたくはない。しかしそれ以外の道はないのだ。お前たちは知っているか知らんが、アスト内の守戦派が征服派に圧されてしまった。もう止められないんだ」
ここであたしは気になることをつっこんでしもうた。普通なら不敬罪で捕まる発言やったけど、後から考えると好プレーやった。
「なんかお疲れですね。もしかして――王様やめたいんちゃいますか?」
その瞬間、傍に控えていた騎士が一斉に剣を抜き、あたしに向かって剣を向けてきた。
やばい! そう思ってしもたけど、イデアル王の「やめよ!」の一言でぴたりと騎士たちは動きを止めた。
「ユーリ。お前は今、この私が王を辞めたがっていると、そう言っているのか?」
これは怒ったり叱ったりしとるんやない。ただ純粋に不思議に思っとるだけや。
「ええ。八年前に比べて、顔がやつれてると思います」
「……お前は現在十才で、私が即位したときは二才だっただろう。どうして覚えているのだ?」
あたしは自信満々に答えた。
「子供でも大人でも関係ないですよ。あんな素晴らしい即位式、決して忘れません」
「……そうか」
「でも今の王様には覇気がありません。威厳はあるけど、どこか疲れております」
そこまで言うたら、イデアル王は「皆の者、席を外せ」と目元を抑えながら、命じた。
「私はこの三人の子供と話がしたい」
「しかし――」
「黙れ。二度は言わぬ」
文官たちも騎士たちも疑惑の目を向けながら、王座の間を出て行った。ゴットハルトさんも例外ではなかった。でも出て行くとき、どこか面白がっているような顔をしとった。
そしてあたしたちとイデアル王のみ残された。
王座の間は静まり返っていた。
「その方ら。私をどう見る?」
どう見る? 何を突然言うてんねん。そう思いながらも何言おうか考えておると「どうやら栄養が足らないようですね」とクラウスが口を開いた。
「栄養が足らない、だと?」
「ええ。あまり食事を召し上がらないようですね。そのように見受けられます」
流石料理人。顔色見ただけ分かるもんやな。
「ユーリ。お前はどう思う?」
「診断していませんが、おそらくはストレスがかさんでますね」
「ふむ。デリアはどう思う?」
デリアは緊張しながらも「体調が優れないことはおじいさまから伺っています」と言うた。
「そうだ。お前たちの言うとおり。私は――疲れている」
イデアル王はうんざりした顔で素直な言葉を吐露したんや。
「政務に軍務、経済に外交。全てを決済し、決断するのは骨の要ることだ。気軽に外に出ることも、音楽を聴くことも、そして空を見上げることすらできぬ。窮屈なものだよ」
そう言って、手のひらと指を下に向けた。まるで糸人形を操るような仕草や。
これは、自虐しているんやな。自分を操り人形のように思っとるんやな。
あたしはイデアル王に深い同情を覚えた。
「イデアル王、これをどうかお召し上がりください」
あたしはポケットからいちご味の飴ちゃんを取り出した。そしてイデアル王に歩み寄って手渡しした。デリアが止めたけど、無視した。
「これは、ガラスか?」
「いいえ。飴ちゃんです。舐めて食べる物です」
「……飴ちゃん、か」
そう言うたら、イデアル王は何の躊躇もなく、飴ちゃんを食べよった。
「……甘い、な」
「……イデアル王。あたしらは何も見てません」
静かに涙を流しとるイデアル王をあたしは抱きしめたい気持ちで一杯やった。
「せやから、泣くときぐらい、静かに涙を流さんと、大声で泣いてください」
「……それはできぬ。だが、その想いだけは伝わった」
目元を拭って、イデアル王は「それでだ。お前たちの要求は飲めぬ」とはっきり言うた。
「今更アストと平和条約を結べない。かといって滅ぼすこともできぬ。降伏などもってのほかだ」
まあそうやろうな。しかし上手い方法なんかないやろうか。
誰もが救えるハッピーエンドちゅうものは――
考えるんや。貴文さんも言うてたやろ。考えることは人間の特権やって。特権を放棄したとき、そこで人間は――
「うん? あれ? もしかして、いけるかも?」
ぴんと閃いた気がする。確か日本の歴史にも前例があったはずや。
いや、待て待て。そないに上手く行くか? 戦争になったやろ。
でも、もしかしたら、全てが上手くいくかも――
「どうしたんですか? ユーリさん?」
「……クラウス。日本史得意やった?」
「日本史? いえ、あんまり得意では――」
「ニホンシってなんなのよ? 説明しなさいよ」
デリアの言葉を無視して、あたしは再度イデアル王に訊ねた。
「もしも王様辞められたら、辞めますか?」
「そのようなことはできぬ。後継者がいないからな」
「いや、跡継ぎがいないことが重要なんです。後はイデアル王のお心だけです」
イデアル王もデリアもクラウスも、あたしの言うてることは分からんらしいな。
あたしは深呼吸をしてから言うた。
「イデアル王。降伏するんや」
「……アストにか?」
「ちゃいますねん。そんなことできるわけあらへん」
あたしは昔勉強していた日本史を思い出した。
「ソクラ帝国に降伏するんです。政権を返上するんです」
確か大政奉還、やったかな。
その言葉に全員が驚いた。
「そんなこと、できるわけないじゃない!」
「デリア、どうしてや?」
「どうしてって――」
「元々イデアル王国はソクラから独立したんや。元の鞘に収まるだけや」
口をパクパクさせるデリアとは正反対にクラウスは「いや、いけますね」と賛成してくれた。
「正統性もありますし、何より戦争を回避できます。ソクラの一部になってしまえば、戦争なんておきませんし、大義名分も無くなる。イデアル王もどこかの領主に納まるでしょう」
そしてイデアル王も賛同してくれたんや。
「なるほど。盲点だったな」
「イデアル王、どうですか?」
「……王国民に迷惑のかけぬような降伏を考えなければならぬな」
そしてイデアル王はあたしに言うた。
「ユーリ。お前を特使に任命する。イデアルがソクラに降伏することをアストに伝えに行くのだ。良いな?」
あたしは元気よく「承りました!」と返事したんや。
こうして無事に、特使になれた。
この時点で平和は確約されたんやけど、まだ役目は残っとる。
アストに向かわなければあかんのや。
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