第五章 騎士学校編

第28話あらやだ! 悶々とした悩みだわ!

 クヌート先生の言うてることがいまいちピンとけえへんかった。なんであたしらが魔族の居る島に行かなあかんのか? そこで何をすればええのか? もしかして戦わなければあかんのか? 頭の中がハテナマークで一杯になってしもうた。


「なあ。クヌート先生。俺たちはそこで魔族と戦うのか?」

「そうだ。魔族を滅ぼす戦争をするんだ」

「どうしてだ? 理由を説明してくれ」


 クヌート先生はランドルフの問いに「先ほども言ったはずだ。魔族は人間を食べる」と答えた。


「人間を食べるような知的生物は滅ぼすしかない。どうしてだか分かるか? ユーリ」

「分からへんよ。考えたくもない。そないな経験あらへんから」

「考えろ。それが人間だけの力だ。寿命が短い、特異な能力もない人間が覇権を握ることになった理由が、考えることなんだ」


 珍しくクヌート先生の言葉に熱が入っとった。そしてやる気のない先生が珍しく言葉を尽くしとる。


 あたしは考えたくなかったけど、考えた。そして言うた。


「……人間を滅ぼしかねないからですか? 魔族を殺さんと、今度は魔族以外が滅びるからですか?」

「そうだ。それも正しい。クラウス、お前はどう考える?」

「……あんまり言いたくないですけどね。料理人である僕は別の想像をしてしまうんです」


 クラウスは苦笑いをしながら残酷なことを言うた。


「人間を奴隷化して、しかも家畜化して、そして食糧化してしまうのかもしれませんね」


 その言葉にあたしもランドルフも反応できひんかった。


「……牧畜か。末恐ろしいなあお前は」


 クヌート先生だけが答えることができた。


「だからあまり言いたくないんです。でも可能性もありますよね」

「まあな。魔族の知能指数は龍族に匹敵するからな」


 ランドルフは「話を戻すが、どうしてランクSの人間が派遣されることになるんだ?」


「それはランクSの人間でしか対抗できないからだ。継続的な戦いを強いられる魔族の本拠地での戦いは魔力が多くなければならない」

「合理的な理由やな。でも何年くらい魔族と戦っているん?」

「魔族が産まれてからずっとだな。およそ三百年くらいだ。しかし三百年間闘い続けたわけではない。何度か停戦もあった。しかしここ五十年は激戦に次ぐ激戦だった」


 まあ言葉は通じるから停戦もあるちゅうことか。


「はっきり言おう。お前らはここを卒業後、大陸間の戦争に参加するだろう。アストとの戦いが再開するかもしれないからな。そこで経験を積んだ後に、魔族との戦いに身を投じてもらう。悪いが決定事項だ」

「もしも拒否したらどうなるんだ?」


 ランドルフが一応訊ねるとクヌート先生は「心苦しいが拒否はできない」と言うた。


「拒否できない? 意味が分からない――」

「ランドルフ。いざとなれば家族を人質にすることもありえるとだけ言っておく」


 なんやと? おとんやおかん、それにエルザを人質に?

 それを聞いた瞬間、全身の毛が逆立つのを感じた。


「クラウスもユーリも同じだ。本当に申し訳ないがランクSになるというのはそういうことだ。治療魔法士になりたいとか、魔法調理師になりたいとか、魔法騎士になりたいとか。無理難題を聞くのはその見返りだ。自由や夢を叶えることと引き換えに、お前たちにはやるべきことがたくさんあるんだ」


 そしてクヌート先生は最後にこう言うた。


「だから強くなれ。どんな人間、魔族、あらゆる種族に勝てるくらいの力を持つんだ。力を持つことは悪いことじゃない。むしろ正義となりえるんだ」


 その言葉とともに鐘が鳴って授業が終わった。クヌート先生が出ていったのに、あたしらは動くことはできひんかった。

 そのぐらい衝撃的やったんや。





 その日の放課後。修練塔で訓練をしとったあたしに、いつの間にか参加しとったエーミールが「ユーリさん、顔色悪いけど、休んだほうがいいんじゃないかな?」と心配そうに声をかけてきた。


「うん? そないに顔色悪いか?」

「うん。何か心配ごとでもあるの?」

「……いや。そないなことはあらへん。でも休ませてもらうわ」


 そう言うてから、これまた参加している、休憩中のデリアの隣に座った。デリアは初歩魔法から初級魔法へ着々とステップを踏んどる。なんや、才能がありすぎて怖いなあ。


「あら。なんだか身が入ってないようね」

「デリアはよく見ているなあ。驚きやで」

「まあね。郊外訓練以来、視野が広がった気がするわ」


 そう言うて見ているのは槍を操るイレーネちゃんに剣で対応するランドルフ。その奥ではエーミールがクラウスに魔法を教えとる。


「ねえ。ユーリ。あなたなんかおかしいわよ。うじうじ悩んで。いつもの豪放磊落なあなたはどこいったのよ?」

「あはは。あたしでも悩むことぐらいあるわ」

「あっそ……その首飾り、何よ?」


 指差されたのはこの前獣人のアイサちゃんに貰ろうた、紐に大きな宝石が付けられた首飾りやった。宝石ちゅうか、ただの綺麗な石やな。金色に黒いスジがかかっていて、まるで虎模様のようやった。結構気にいっとるんや。


「虎眼石じゃない。結構質は良いわね」

「虎眼石? 宝石かいな?」

「知らなかったの? 宝石というより天然石ね。あまり高くないけど、騎士の間では人気が高いわ。魔力的な能力はないけど、護符みたいに扱われているわ」


 なるほどなあ。結構ええの貰ろうたな。後でお礼言っておかんとな。


「誰に貰ったのよ?」

「どうして誰に貰ったのかって分かんねん?」

「虎眼石だって知らなかったのに、買うわけないでしょ。どんな小売商でも説明ぐらいするわよ」

「ああ。獣人のアイサちゃんに貰ったん」

「……獣人ねえ。あんた、イレーネといい、あそこの男子たちといい、愉快な友人が多いのね」


 デリアもその一人やで。とは言わへんかった。


「だけど、あんたに似合いの宝石ね」

「どういう意味やねん?」

「あら? 石言葉知らないの?」


 デリアは挑発的な笑みを見せたんや。


「石言葉は『浄化』よ。きっと狂獣病を治した、いや浄化してくれたから、虎眼石を選んだんだと思うわ」


 そしてあたしに「ほら。訓練手伝いなさいよ」と手を差し伸べる。

 あたしは胸の中に熱いものを感じながら、その小さな手を取った。






 その晩、イレーネちゃんがすやすや寝ている傍で、あたしはいまいち眠れずに考えとった。治療魔法士になれば人殺しにならずに済むと思とったけど、案外簡単なことやなかった。ああすればこうなるって楽に考えておったのかもしれん。

 でも治療魔法士を目指すことは悪いことやあらへん。何故なら人を救うことは尊いからや。目の前で死に掛けている人を助けるのは善に違いない。

 そう信じているんや。

 首飾りを手で触りつつ、あたしは悶々とした気持ちで夜を過ごす。

 はあ。やっぱり弱いなあ。あたしは。

 こんなとき、前世の夫の貴文さんやったらなんて言うてくれるんやろか。

 ……詮のないことやな。もう寝よ。




 そんで翌朝。

 いつものようにイレーネちゃんとデリアと一緒に朝ご飯を食べ終わった後、ランドルフとクラウスと一緒に騎士学校に向かった。


「なあ。あんたらは人や魔族を殺すことをどないに思うとるん?」


 道中、気になったので訊ねてみた。ランドルフは「俺は人を殺したことはないから分からねえ」とあっさりと言う。


「へえ。前世でもですか?」

「ああ。暴力は振るったが、人は殺したことはない」

「意外ですね。ああ。僕も殺したことはまだありませんよ」

「そうやなくて、これから殺すことにどう思っているん?」


 ランドルフは「剣を持ったときから覚悟は決めている」と厳しい顔つきで言うた。

 クラウスは「料理人ですから、命は頂いてますからね」と答えになっとるのかならへんのか分からんことを言う。


「ユーリさんはどうなんだ? 殺せるのか?」

「殺せへんよ。そんなんおっかないわ」


 それが一晩考えた結論やった。殺すよりも救うほうが難しいけど、自分が納得できるやり方のほうがええからな。


「ま、どうなるか分からないからな。覚悟だけは決めたほうがいい」


 ランドルフの言葉は気楽そうに見えて、その実、厳しい現実を突きつけられた気分にさせられた。

 そしていつの日かその言葉を思い出すことになるんや。

 目の前にある騎士学校は魔法学校と同じように、城を改装して学校にした感じや。

 しかし校庭は広々としていて、あちこちで剣の訓練しとった。


「こっちだ。俺が所属している特級クラスの稽古場は」

「へえ。特級ってことは一番凄いんですか?」

「まあな。俺以外に五人しかいない」


 城の奥に進む。周りの生徒の熱気がどんどん増してくる。

 そこであたしは久しぶりにある人と再会することになるんや。

 それは衝撃的としか言いようがなかった。

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